空いた批准席
公開受理板には、同じ時刻の番号が二つ並んでいた。春第3月第10日、第1鐘。独立監査局の利益相反受理口で、リディアは自分の封書を係へ渡した。予定した私的面会と調整私信を再開したこと、相手が白鹿案件のヴァルハルト側交渉者であること、関係が変わった時刻を、自分の本文にだけ書いてある。
係は封を裏へ運び、公開板へ一枚目を掛けた。木札の下端に、本文を別箱へ収めた穴が一つ開く。
I-10-1。リディア。第1鐘。
その隣には、すでにI-10-2、アレクシス、第1鐘とある。下端には、本文を別箱へ収めた穴が開いていた。
係はリディアの本文と時刻を確認し、二枚目の閲覧札を受理窓へ置いた。彼が何を関係と書き、どこまで回避すると申し出たかを知れば、同じ文へ揃えたくなる。リディアは板へ伸ばしかけた手を下ろし、閲覧札を係の側へ押し返した。
「相手方の本文を請求しますか」
「しません。次の作業台へ、私の申告が届いたことだけ送ってください」
係は一枚目の受理時刻だけを転送札へ写し、リディアの封書を元の箱へ戻した。
第11日、両岸共同作業台には椅子が六脚あった。レオンハルトは、アレクシスの名札が残る交渉席と、派生図の著者欄にあるリディアの名を交互に見た。
「申告を二枚出しても、この二人が条文と軍道附属書を作り、一人が最後に批准するなら、私は進めません」
エーファは反論せず、副署印を伏せた。印箱の下から出したのは、春第3月第8日第2鐘の登録印を持つC-3-8だった。関係変化の申告が二件揃った時だけ開始する欄に、前日の受理番号が一つずつ差し込まれる。
交渉席からアレクシスの名札が外れ、LA-8の本人名札が置かれた。隣の批准席には、兼務できない別人のPA-8が入る。どちらも第30日夜で終わり、本人を別の者へ差し替える欄は閉じられていた。
アレクシスは名札を取り返さなかった。外された職務札を一枚ずつ受け取り、返納時刻へ自分で署名した。
「原図の秘匿まで、回避票で緩めるつもりはない」
「開ける者は残ります。あなたが開封理由と派生項目を一緒に決めないだけです」
エーファは印を伏せたまま答えた。アレクシスは軍議庫鍵を腰から外さず、白鹿案件の理由札だけを返納束へ加えた。
「原図を開ける理由は」
レオンハルトが尋ねると、軍議庫の二保持者札が作業台の外側へ移された。派生物を作る軍用図工の票と、開示項目を決めるガルドの票も重ねずに置かれる。アレクシスが持っていた条文、批准、費用、派生項目、四十五日見直しの札は、彼の前からなくなった。
リディアのD-2閲覧札は返納箱へ入った。軍道由来附属書の著者欄にも終了線が引かれ、軍用図工とガルドが通常職務で第15日まで確認する六日札だけが残る。
線が姓名の上を通った時、リディアの指は自分の技術筆を握ったままだった。筆軸に付いた灰墨が親指へ移り、署名の末尾だけが線の下に見えた。
事故後に足した斜面方向は、自分が不足を認めて作った項目だった。返納箱の蓋が閉じる前にもう一度読みかけ、リディアは筆を民生測定表へ戻した。
「民生側の斜面測定は続けます。追加で、東側の三列も——」
領会計吏が費用表を自分の側へ引いた。三列分の人足と器具には、どちらの六十銀貨票にも承認がない。
「測る理由は技術欄へ。払う票がない費用は、ここから先へ出しません」
リディアは広い斜面欄を消した。アレクシスの方を見ても、彼の前に費用札はなかった。
「必要なら、次の費用票へ出し直します」
「その時は、測る範囲と払う側を一緒に持ってきてください」
会計吏は消された三列へ会計印を置かず、自分の六十銀貨票だけを閉じた。
エーファは代理を選ばず、C-3-8の開始時刻へ副署した。伏せていた印を一度だけ押すと、作業台中央の批准席から持ち主のいない椅子が一脚、壁際へ運ばれた。
第12日第4鐘。リディアは前日に消した三列分の民生測定費票を未承認のまま会計返却箱へ戻し、自分の受領控えが出るのを待っていた。城下領補償口の月次回答窓へ、泥の乾いた長靴が止まった。
フリーダは城下の仮住居から歩いて来ていた。手に持つ三枚のうち、乾燥倉代と仮住居代には受領印があり、一年分の種麦損失欄にはまだ支払印がない。
長靴の片側には、低地から持ってきた古い麻紐が巻かれていた。仮住居の靴置きで他人の物と混ざらないよう、自分で結んだ印だった。
受理係は、旧低地補償起票F-44、当時の会計任命票、現行票を台へ離して置いた。三つの署名を本人の前で照合してから、初めて名を呼ぶ。
「領会計吏、ヘルガ・ヴォルフ」
「本人です」
ヘルガはインクの染みた親指をF-44の角へ置いた。受領係から渡された白鹿基金六十銀貨の在高票は、補償票と重ならない場所へ退ける。
フリーダは受領済みの二枚を左へ、種麦の一枚を右へ離した。右の紙だけを、指二本で台へ押さえる。
「この二枚で、一年分の種まで済んだことにはしないで」
「しません。白鹿の保守費から、こちらへ支払った形にもできません」
「いつ、額が出ますか」
ヘルガは空欄へ印を押さなかった。既存補償口の照会番号を確かめ、次の月次回答日だけを小札へ書く。
「今日、私が確かめられるのは別債務であることまでです。額と支払日は、回答が来てから」
「次の播き時までに間に合うかも、まだ答えられないのね」
ヘルガは返事の代わりに、未回答の穴を小札へ一つ開けた。支払済みの二枚には穴を増やさない。
会計返却口からリディアの番号が呼ばれた。彼女は未承認印のある費用票だけを受け取り、フリーダへ待合の席を譲った。
第5鐘前、フリーダは二枚と一枚を別々の布へ包んだ。礼を言わず、次の回答日の札を長靴の内側へ入れ、仮住居までの道を歩いて戻った。




