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道のない危険図

黒筒は、内扉の向こうから一寸も出てこなかった。


春第2月第20日、第1鐘。ヴァルハルト軍議庫の前室で、アレクシスとガルドは原図保持者の鍵を別々の受領皿から取った。リディアとレオンハルトが待つ椅子は、閉じた内扉よりこちら側にある。


「十二枚を順につなげるな」


アレクシスは軍用図工へそれだけ告げ、ガルドと内側へ入った。扉が閉じた後の黒筒も、原図を開く手元も、リディアには見えない。


しばらくして、受渡し窓から先に出たのは原図開封票O-20-12だった。二保持者による開封と再封、軍用図工の年次秘密票、ガルドが許した転記項目の三欄に時刻があり、原図の持出欄には終了線が引かれている。


次に、D-1と記された十二枚の灰色方眼が出た。道は一本もなく、非連続の方眼ごとに危険の種類、最大荷重、季節、有効期限だけがある。方位をつなぐ印も、出口も、軍用地点もなかった。


「上流だけ精度を落としたなら、受け取りません」


レオンハルトは封の前で腕を組んだ。ガルドが窓の内側から、両岸とも同じ四項目であることを読み返す。リディアが確認できたのも、十二枚の外形とその四項目までだった。


「十二枚の順も伏せるなら、下流だけ古い危険を渡されても分からない」


「順を持たせれば、進入角が読める」


アレクシスは内扉から戻っても椅子へ座らなかった。レオンハルトは自国側の危険数を増やせとは言わず、同じ季節と有効期限で切られていることを封面へ書かせた。


軍用図工が初版を封S-20-1へ入れた。軍議庫使番はそれを自分の境界宛袋へ収め、第2鐘の出発時刻を付ける。リディアの鞄には図も鍵も入らなかった。


翌第21日、第2鐘。認証済み民生保守路には、交換用の巻き棒を載せた標準荷車が置かれた。ヨハンと対岸水番は試験場の派生図箱へ別々の鍵を差し、二本が揃ってからD-1を開いた。封面のB-20-1には、前日第5鐘の受領時刻と二人の名だけがあり、O-20-12の二保持者名は写されていない。別冊H-20は箱へ入れず、独立監査局の携行係が閲覧理由、開始、返却を自分の冊子へ記した。


レオンハルトは十二枚を床へ並べず、一枚ずつ箱の縁で回した。湿潤斜面の印は両岸とも同じ記号だったが、水が来る向きも、濡れ始めた時刻もない。彼が照合方法を尋ねても、ヨハンは記号の読みを返すだけで、試験の開始時刻までに新しい欄は作られなかった。


D-1の方眼は、春季の軟弱地と最大荷重を示している。リディアはヨハンと車軸幅を測り、荷を上限より一段軽くした。これなら第3鐘までに往復できると見込んだ。


泥の表面には薄い乾き皮があり、測り棒は最初の指幅で止まった。リディアは二箇所だけを刺し直し、方眼の「春季軟弱」と荷重欄を優先した。


先導した対岸水番が、斜面の手前で泥を長靴の踵から落とした。


「昨日の昼から、ここだけ水が引いていない」


リディアが荷車の停止を告げるより早く、谷側の片輪が泥へ沈んだ。


ヨハンが曳き手を外へ押し、対岸水番が後ろの楔を踏み込んだ。荷台は傾いたまま止まり、巻き棒は縄の内側に残った。


六人で空荷まで戻した時、車軸の鉄輪は一箇所だけ平たく曲がっていた。路所有者側の修理係は指を二本入れて歪みを測り、四銀貨と書いた札を鉄輪へ結んだ。


「四枚をここへ使えば、東の歩板は今月替えられない」


修理係は値を下げず、春の保守割当から出す欄へ自分の名を書いた。ヨハンは歩板の延期札も受け取り、腰の作業束へ差した。


「方眼の危険種だけでは足りませんでした」


リディアは事故票A-21-1の要件不足欄へ自分の技術意見番号を書いた。負傷欄には零、保守予定には一日遅延が入る。共同基金にもルメリア側にも、四枚を移す欄はなかった。


アレクシスは街道脇の軍道封鎖杭へ視線を向けたが、手は掛けなかった。


「原図を開けば、乾いた進入角は分かる」


「その道を使った時点で、この試験の答えではなくなります」


リディアが返すと、彼は封鎖杭から一歩退いた。第3鐘を過ぎ、六人は巻き棒を人が持てる長さへ分けた。


一人につき一本。二人が予備の締め具と縄を持ち、泥の深い箇所では先頭を入れ替える。荷車なら一度で済む距離を、足場を踏み直しながら運んだ。


対岸水番は翌日の保守枠を失いたくなく、肩当てを自分の班から二枚出した。ヨハンは六人目へ入ろうとしたリディアを止め、測り棒を渡す。


「持てば早く着く。測らなければ、次も同じ穴へ入る」


リディアは巻き棒から手を離した。六人の踵が沈む深さを、谷側と山側で一歩ずつ記した。


リディアは道線のない透明紙へ、谷側から上る湿りの向き、前日から続く含水、実際に沈んだ荷重を書いた。民生実測層M-21-1には原図の座標も、軍道への接続もない。


第22日第2鐘、D-1、A-21-1、M-21-1は別々の封で境界を発った。リディアたちも同じ時刻に出て、第5鐘に城下へ帰着する。曲がった鉄輪だけは修理係の荷台へ残された。


第23日第2鐘、軍議庫から発行控えが届いた。O-23-13には開封と再封の時刻、D-2には湿潤斜面の向きと持続時間だけがあり、封S-23-1は第2鐘に閉じられている。使番の翌朝便に付く境界受領B-24-1は時刻欄が空いたままで、別冊H-20も境界箱へ移されていなかった。リディアはB-24-1の空欄を確かめ、発行控えを事故票の封へ差し入れた。


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