白い花を返す夜
公開日程板の三つ目の欄へ履行印が押された時、アレクシスは白い花を渡した夜と同じ外套で、一般聴取者の出口から一人で出てきた。春第2月第13日、第3鐘。日程板には同じ政策受理番号が一つだけあり、その下に第4日、第8日、第13日が発行時の文字で並んでいた。初回説明、指定記録照合後の補充質問、本人供述欄と提出記録の最終確認。最後の欄へ時刻印が加わり、三つが揃った。
リディアは評議会室の内側を知らない。第4日の地方任命文書と名簿様式、第8日の補充質問、第13日の確認を、アレクシスがどう答えたかも聞いていない。彼が王都へ十夜残った根拠は、板の三日程と公費宿の受払札だけだった。
出口係が聴取者札を受け取り、公費宿の最終食事券を一枚返した。アレクシスは受領した控えを自分の書類鞄へ入れる。明朝の帰領便には一人分の座席札が掛かっていた。
公費宿の精算札は、十夜分の部屋と定額食事で閉じられていた。
「終わりましたか」
「三つとも終わった。追加の日程はない」
アレクシスは食事券を折り、書類鞄へ収めた。リディアは手袋の内側で指を曲げた。
「私に、少し時間をください」
アレクシスは頷き、彼女と並んで一般出口から評議会公費宿の中庭へ入った。人の通る回廊から外れた石椅子の前で止まった。
第4鐘前の中庭には、夕食用の薪を運ぶ者が二人いた。壁際の荷を置き、別の戸から厨房へ消えると、中庭には二人の靴音だけが残った。
リディアは椅子へ座らず、手袋の中で乾いた花束を確かめた。固い麻紐は、受け取った日の結び目を保っている。
「昨日、縁談を断りました」
アレクシスが初めて顔を上げた。鞄の留め金から指が離れた。
「縁談」
「ヨアヒム・シュタインベルクとの話です。王都の研究所と、家の借入を七年へ組み直す案がありました。私は断りました」
彼の目が一度、リディアの鞄へ落ち、すぐ戻った。
「知らなかった」
「はい。ご存じなかったことを確かめたかった」
「昨日、家へ行っていない。評議会からも聞いていない」
「分かっています」
「もし私が先に話していたら、あなたは何を望みましたか」
アレクシスの指が鞄の留め金へ触れ、外れたままの革紐を直そうとして止まった。
「断ってほしかった」
アレクシスの喉が一度鳴った。
「戻ってほしかった」
リディアは続きを待った。
「ヴァルハルトへ、ですか」
「そうだ」
「仕事がなくても」
彼の口が閉じた。地方雇用は満了し、リディアに新しい役目も部屋もない。契約官として戻るには、別の任命と監督が要る。
「私の近くにいてほしかった」
中庭の向こうで薪が一本崩れ、厨房の者が積み直した。
「なぜ、言わなかったのですか」
「元雇用主が言えば、選ばせる言葉ではなくなる」
「それだけですか」
視線が一度、石床へ落ちた。
「断られるのが、怖かった」
リディアの胸元で、登録札の革鞘が息に合わせて動いた。鞘の縁を指で押さえた。
「私を政治に使おうとしたことはもう知っていますが、いま聞いているのはその話ではありません」
「分かっている」
「何も望まない顔をしていれば、私が戻らなくても、あなたは尊重した人でいられます。私が戻れば、待った人でいられる。どちらでも、拒まれた人にはならない」
「そうだ」
彼の靴先は動かなかった。
「白い花を持ってきた日もですか」
「第2鐘から話せた。話せば、あなたが答えると思った」
「断るかもしれないとは」
「分かっていた。だから旅程の話をした」
「望むことを、悪いと言っているのではありません」
リディアは花束を外套越しに押さえた。乾いた茎が、布越しにも硬かった。
「私に拒む機会を渡さないまま、それを尊重と呼ばないでください」
「呼ばない」
手袋を外した。白い乾燥花の束を掌へ出す。麻紐の下で茎が擦れ、一本だけ乾いた音を立てて折れた。
「お返しします」
アレクシスは片方の掌を平らに開いた。リディアは固い紐ごと一束をそこへ載せた。折れた一本も、指先で拾って同じ掌へ置く。
「私が知らせるまで、私用で訪ねないでください」
「分かった」
「予定外に声をかけないで。私信も、贈り物も受け取りません。公務があるなら、正規の窓口へ」
「分かった」
「私が呼ぶまで、来ないでください」
アレクシスの掌は開いたまま、乾いた花と折れた一本を受けていた。
「あなたから知らせがあるまで、そうする」
明朝の帰領便の座席札は、一人分のまま公費宿の掲示に残っていた。
第5鐘の前、外門へ続く灯廊で、点灯係が端から油を絞った。灯が一つずつ小さくなる。
外門の門衛が一人分だけ通行札を受け取った。門板の隙間から夜気が入り、外套の襟を冷やした。リディアは手袋を着け直し、空になった右手を外套のポケットへ入れた。
最後の門灯が消える前、門板の隙間に、開いたままの掌と折れた白花だけが見えた。リディアが角を曲がると、背後から追う足音は一歩も増えなかった。




