王都に残る条件
挨拶を終えたヨアヒム・シュタインベルクは、許可を得てから空いた主食堂を七歩ずつ二度横切った。
春第2月第12日、第1鐘。長卓の跡だけ白い床で、彼は南窓へ背を向け、入口までの奥行きをもう一度目で測った。
「同じ奥行きなら、閲覧机を六台置けます。午前は写しを読む席、午後は水利模型に光が入る」
彼は靴先だけで机の位置を示した。
第6日にオズヴァルトが面談を申し込み、ヨアヒム自身が第9日に今日の枠だけを受けた。求婚の返事も、債務の肩代わりも、父同士で決めたものはない。
彼は持参した薄い配置図を南窓の下へ置いた。書かれているのは、公開済みの水利様式と匿名化された事故要約を読む席、規格を比べるための模型台、一般閲覧者が原案へ異議を書ける受付だった。
「公開標準・政策研究所、と呼ぶつもりです」
「決まった手順を地方へ配る場所ですか」
「手順が合わなかった事故も集める場所です。標準を一冊にして売るだけなら、王都商会の目録と変わらない」
ヨアヒムは事故要約の一枚を裏返した。人名も住所もない面に、規格の異なる栓が同じ径として扱われた時刻だけが残っている。
「あなたの仕事には、失敗した版が消されていない。そこが必要です」
リディアは、空いた食堂へ六台の机が並ぶところを想像した。全国監督中でも、技術説明と原案作成はできる。王都にいれば監督者も資料庫も近く、家の縮小を毎月の利息だけに任せずに済む。
「六台のうち、一台はあなたの席ですか」
「固定席にはしません。私も家名の席を与えられて、そこから動けなくなる暮らしは知っています」
ヨアヒムは二番目の机を靴先で示した。そこだけ南窓の光から半歩外れていた。
「朝に先に来た者が窓際を使う。そのくらいの決まりから始めたい」
冗談めかして笑ったが、「私も家名の席を」と言った時だけ、笑みは薄かった。配置図の研究責任者欄には、ヨアヒム自身の名が記されていた。
ヨアヒムが次の話は本人同士で、と言うと、父は小食堂へ退いた。
第2鐘、二人は南窓際の小卓へ移った。主食堂の扉が閉まり、父の靴音は小食堂の方へ遠ざかった。
ヨアヒムは最初に、資金確認の封をリディアから読める向きへ置いた。レンナー商業信託からすでに本人へ分配された残高。家の金庫でも、信託元本でも、父名義の金でもない。処分者の欄にはヨアヒム一人の名がある。
「私が負える上限は七百二十銀貨です」
「借入第27号は元本六百です。期限後の一部弁済は二十一銀貨、未払利息もあります」
「承知しています。信用組合が同意すれば、確認残高をその上限までで私が取得し、七年に組み直す。北書庫別棟と西倉庫賃料権は担保から外しません。支払期限を守る間は、占有の移転を求めない」
「未払三銀貨と、年六パーセントは」
「同意前に消えません。取得が成立しなければ、何一つ動きません」
信用組合の同意欄は空白で、オズヴァルトとの新しい債務契約番号もなかった。
「婚姻を断った場合、この案だけを進めますか」
ヨアヒムは窓から床へ落ちる光の幅を見た。朝より短くなった長方形が、二人の椅子の間で止まっていた。
「進めません。研究所と家庭と返済を、私は一つの生活として望んでいます。債権だけを取得すれば、あなたの家の貸し手になる。共同設計者を得る話とは別になります」
「私が研究所を辞めたら」
「婚姻を続けるかは、その時に二人で決める。ただし、借入の返済を理由に勤務を命じる条項は置きません」
条件書では、リディアは王都に住み、公開標準と政策研究に携わる。地方から届く資料を読み、必要なら説明者を呼ぶ。三年間、新しい地方現地監査を受任しない。既に受けている全国監督や、適法な技術説明まで止める条件ではない。
「三年なのは」
「研究所を立ち上げ、家の信用を予測できる形へ戻すまでです。現地監査は、帰る日も、持ち帰る危険も先に決められない。私はそれを家庭の常態にしたくない」
条件書の参照欄には、出立先を伏せたまま襲撃された便と、患者の住所が公開原稿へ混ざりかけた一行が記されていた。
配置図の南窓は明るく、資金案には七年の期限と七百二十銀貨の上限があった。リディアの視線は配置図の外へ動いた。
毎朝同じ窓で机を選び、帰宅鐘の前に仕事を閉じる。泥のつかない靴で食卓へ戻る暮らしを、リディアはしばらく配置図の上に見た。
「研究所の仕事を軽いとは思いません」
「そう思っていただく必要はありません」
「安全だから嫌なのでもありません」
ヨアヒムは配置図の端から手を離した。
「私は現物を見に行きたい。壊れた管や、冷たい寝台や、読めない札の前で、自分の考えを直す仕事をやめたくありません」
「三年後に戻る道もあります」
「三年、現場を選ばない約束はできません」
ヨアヒムは長く息を吐き、資金確認の封を自分の側へ戻した。
「条件を変えれば、別の生活を望んだふりになります」
婚姻協議と債務案を同時に撤回する、と彼は告げた。資金確認の封を閉じ、留め紐を掛けた。
第4鐘、リディアは東翼の旧私室へ入った。
窓掛けを外した部屋には、王都用の薄い靴と、旅に使った仕事靴が並んでいる。薄い方なら研究所の磨かれた床を歩ける。仕事靴には、乾いた白石の泥と、北東境界の赤土が溝に残っていた。
監督札と単独決裁禁止の札は、鞄の革差しに残っていた。リディアは薄い靴を旅箱の底へ置き、仕事靴を一番上へ載せた。
第5鐘前、ヨアヒムは帰り馬車の脇で、オズヴァルトへ撤回を告げた。御者は荷台を空のままにし、手綱を緩めて待っていた。
「信用組合へは何も出しません。私の資金も動かしません」
父の視線がリディアへ移る前に、彼女は言った。旅箱の蓋はまだ閉めず、仕事靴が一番上に見えていた。
「私が断りました」
オズヴァルトは「分かった」と答えた。門外で、馬車の車輪が回り始めた。




