封蝋を戻す手
前日の測量で付いた白墨が、まだリディアの袖口に残っていた。
春第2月第9日、第1鐘。エルンスト家の南側倉庫前で、オズヴァルトと家帳簿保管者は一本ずつ鍵を出した。鍵は触れ合わない二枚の陶皿へ置かれ、その間には、輪番公証人が持参した時刻計がある。
公証人は先に、倉庫へ入らない紙を読んだ。秋に出した限定内容開示請求には、今朝も承認票がなく、結果も届いていない。受付番号の脇に並ぶのは、審査中を示す三つの穴だけだった。追加の請求札は、外受付に一枚も置かれていない。彼は紙を閉じ、別の一枚をオズヴァルトへ向けた。
「この請求を根拠に開けるのではありません」
「所有者本人による本日限りの限定開封同意。対象は、家索引に記載された南側倉庫の封印物一件。立会いは私、鍵は家の二保持者が別々に扱います」
オズヴァルトが署名した。同意書には、開封前なら撤回できる欄があり、彼の筆が離れると公証人がそこへ終了線を引いた。
家帳簿保管者は索引票の年月、包みの寸法、差出印を外箱の札と順に照合した。照合は外形の一致で終わり、机の端には古い封を受ける白布だけが敷かれていた。
「開示範囲を越える文が見えた場合は、私が覆います。お二人は布を動かさないでください」
公証人は父と娘の椅子を机の両側へ離した。リディアの椅子には鍵皿も印箱もなく、筆さえ置かれていなかった。
「家の内で済むものだと——」
父は言いかけ、閉じた撤回欄を見た。続きを口にせず、自分の鍵を皿から取った。
リディアの前に鍵はなかった。持参した鞄にも、北書庫で見た受払簿や保証番号の結果票は入れていない。倉庫の外受付に載ったのは、索引票、所有者同意、母のものと争いのない公証済み署名見本二点だけだった。
二人の保持者が、離れた鍵穴へ順に鍵を入れた。片方が回っても扉は動かず、二本目が回った時だけ、古い留め具が奥へ沈んだ。
倉庫内の限定開封机には、灰色の覆い布が掛けられていた。中央だけに長方形の切れ目があり、索引番号と封の外形だけが見える。輪番公証人は旧封の欠け、二つの家印、封糸の通る順を声に出し、時刻を書いた。
リディアは覆い布の切れ目だけを見た。両手は膝の上で重ねた。
公証人が旧封へ刃を入れた。赤い蝋が二つに割れ、布の切れ目の内側へ落ちる。家帳簿保管者が一通だけを持ち上げ、非開示欄へ別の布を重ねた。
最初に見えたのは申請種別だった。そこには「現地俗称欄を削る改訂申請」とあった。
その下に対象登録番号と日付があり、末尾にはマリアンヌ・エルンストの名があった。公証人は二点の署名見本を左右へ離して置き、紙の傾きと末尾の運筆を一つずつ比べる。机にある比較資料は、公証済み署名見本二点で終わっていた。
一つ目の見本は家門修繕の受領書、もう一つは生前に公証された本人財産目録だった。公証人は同じ文字だけを選ばず、名の書き始め、途中で細くなる箇所、日付へ移る時の筆の上がり方まで別々に見る。比較可否は、公証人自身の欄へ一画ずつ置かれた。
母の署名の最後は、幼い日に見た献立札と同じ向きへ細く跳ねていた。豆の煮込みを嫌がったリディアへ、母が蜂蜜菓子を一つと書き添えた夜にも、その線はあった。
リディアは紙へ指を置かず、机の下で爪を掌へ押した。
「訂正の頁は」
公証人は封の索引と頁数を確かめた。頁数は一で終わっていた。
「この封の開示対象は、申請一通です。返書も、別申請も収められていません」
「申請が通った記録は」
「ここにはありません。実施されたか、何と引き換えだったかも、この一通からは認証できません」
父が何かを言おうとして息を吸った。リディアは掌へ爪を押したまま、公証人の認証抄を見た。
「マリアンヌは、家を——」
公証人は非開示布の端を押さえ、まだ何も書かれていない認証抄を父から遠ざけた。
リディアは掌の爪を離した。押していた四つの跡へ血の色が戻った。
「その先は、お父様の記憶です。この紙へは入れません」
父の口が閉じた。割れた旧封の赤い欠片へ目を落とした。
「残す項目を確認します」
公証人が新しい用紙を四つの欄へ分けた。リディアは一度だけ目を閉じ、開いた。
「署名者と日付と対象登録番号と申請の種類。この四つだけを残してください」
公証人は四欄を埋め、認証抄の末尾へ自分の印を置いた。抄にはその四項目だけが残り、新しい封筒へ入って封糸を掛けられた。
それから原物が先に戻された。家帳簿保管者が旧封を切った時刻と、新封番号を索引へ並べる。新しい赤い蝋を落とし、自分の家印を押した。オズヴァルトが二つ目の印を反対側へ置く。
蝋が固まるまで、二本の鍵は皿に残った。表面の赤が鈍くなってから、封印物は倉庫棚へ戻される。家帳簿保管者が一つ目の鍵を回し、オズヴァルトが二つ目を回した。それぞれの鍵を自分の革袋へしまった。
第4鐘を過ぎる前、輪番公証人は認証抄の封筒を自分の鞄だけに収め、王都民事記録院まで携行した。
受領窓口のヘルミーネ・ザールは、差し出された封筒より先に、原物再封票と二鍵返還時刻を読んだ。四項目抄が完成した後に家の原物が外へ残されていないことを照合すると、封筒の外形、糸、輪番印だけを受領面へ写した。
オズヴァルトが保管先を尋ねると、ヘルミーネの答えは閉架番号で終わった。
「家の原物とは別です。ご家族の申出だけで抜き取りも訂正もできません。後の閲覧には、後の権限を確かめます」
「時刻を先に確かめてください」
ヘルミーネは受領票をリディアから読める向きへ回した。第5鐘前。受領対象は四項目認証抄一通。索引番号の次には、家資料と同じ棚へ入れない別保管箱の番号があった。
リディアが読み終えると、ヘルミーネは票を元へ戻した。封筒を箱へ入れ、蓋を閉める。鍵が一度だけ鳴った。
窓口を出たリディアの手には、写しも鍵もなかった。掌には爪の跡だけが薄く残っている。
南側倉庫の封蝋はもう冷え、艶を失っている頃だった。リディアは民事院の外階段を下りた。




