書き違えた一行
ミナは誤った一行を囲まなかった。右手の指で文字を隠し、左手で配布保留札を釘から抜いた。
春第1月第23日、第1鐘前。治癒所へ渡す公開相談担当者名簿は、まだ一部も掲示されていない。配布台には城下掲示、治癒所、五区受領口へ出す札が下がり、走者は出発順に外套を着始めていた。あと半刻遅ければ、同じ束が別々の門から出ていた。
「これは担当者の束です。戸番が入っています」
ミナはそれだけ言った。右手で一行を隠したまま、抜いた保留札を配布台の横木へ掛け、残る札も一枚ずつ裏返した。外套を着た走者たちが、横木の前で足を止めた。
リディアは通常筆を取った。人名欄へ入った一行を二本で消し、正しい版へ直せば、門の外へは何も出ない。
「まだ出ていません」
「出る束でした」
ミナの声は投薬時刻を読む時と同じだった。指先は一行を隠したままで、リディアの筆が近づくと束の縁を持ち上げた。
原稿受領台が二人の間へ差し込まれた。テレーゼは紙の外側から、折れ、頁数、時刻の順に読む。指先の乾いた布で角を支え、三頁を開いたまま受領台へ置かせた。
「左上角、折れ一つ。全三頁。第三頁、未訂正。第1鐘前十五分」
「一行だけです。私が——」
まだ出ていない、と同じ言葉を続けそうになった。ミナが止めた指の下では、街区と戸番の形が消えずにある。
「私が書きました」
リディアは筆を置いた。テレーゼが三頁を原状のまま受領布へ移し、時刻と頁数をもう一度読んだ。筆圧の深い箇所へ別紙を挟み、訂正前原稿の受取番号を布の外へ縫い留める。ミナは配布保留札を受領台へ渡すと、治癒所の投薬盆へ戻った。
住所確認に使った連絡索引は、白い担当者名頁、青い送達先頁、光を通さない覆いの状態を利用票へ記し、以前からの保管者へ返された。青頁の一行は読み上げない。訂正版は別の登録作成者が新しい版番号で作り、監督者が白頁と覆いの復帰を声に出してから副署した。配布札は新しい版の頁数と照合するまで裏返したままで、テレーゼが受けた三頁に正しい文字を上書きしなかった。
同じ日の第2鐘、受領回廊には二つの台が並んでいた。曲がり角を挟まず、片方から三歩で次へ届く。
壁の公開日程板には、無言の書記が一通の召喚状を掛けていた。前月から続く政策受理番号で、発行は第22日、受領は今日の第1鐘前。名簿の誤記が見つかる前に届いた紙だった。
本文には三つの日付が初めから印字されている。春第2月第4日、地方任命文書と公開相談担当者名簿様式の初回説明。第8日、指定記録の照合後に補充質問。第13日、本人供述欄と提出記録の最終確認。公開宿泊と定額の食事は第4日から第13日まで評議会負担とあり、それ以外の旅費欄はない。
リディアは日程板の前を通り、最初の台へ立った。登録院資格側の正規受理書記は、白い自己事故報告用紙と通常筆を置く。
何を見たか。どの頁を適法に開いたか。何を戻したと確認しなかったか。公開前に誰が止めたか。リディアは一欄ずつ書いた。住所も対象者名も写さず、覆いを戻した確認と白い名前列へ戻った確認を一回省いた、と記す。
未配布という欄には、偶然の結果、とだけ置いた。出ていないから損害零と決める欄も、発見者の判断を自分の功へ含める欄もない。ミナが抜いた配布保留札の番号と時刻は、本人説明とは別の発見欄へ写した。四頁目の本人説明には、「私が書きました」と同じ主語で署名した。
受理書記は内容を評価せず、本人提出、頁数四、受領時刻を記した。全国資格の欄へ処分期間を書き込む権限は、その台にはない。
リディアは三歩進んだ。隣の地方任命文書受領台には、アレクシスが立っていた。昨夜のうちに対象と期間を分けた停止文書が二部ある。
「止めるのは、ヴァルハルト現地での運用署名です」
彼は対象欄を指し、第一行から読んだ。
「今日の受領時刻から、復権決定か雇用第二号の自然満了まで。早い方で終わる。報酬、住居、調査、測定、原案作成は残す」
「私が同意しなければ」
「任命者として停止する。あなたが書くのは同意ではなく、受け取った時刻だ」
アレクシスは任命権者欄へ署名した。リディアは受領欄へ自分の名を書き、立会書記が第2鐘の時刻を別の手で入れる。二人の筆跡の間へ受領時刻が入り、雇用解除欄、登録失効欄、住居返納欄は使われなかった。
「現場へ出ない、という意味ではありません」
アレクシスは残る業務の列を折らずに示した。
「測る。調べる。案を書く。最後の運用署名だけを、登録済みの代行者へ渡す」
リディアは返事の代わりに、受領した停止文書の対象欄をもう一度読んだ。署名できないことと、仕事があることが、隣り合う二行で残った。
二台の間を戻っても、最初に出した自己事故報告は地方文書へ綴じられない。リディアはそれぞれの受領札を別の革挟みへ入れた。
第24日、青瓶事件の証拠移管が予定どおり終わった。第21日に出た箱の番号、三日分の継送印、到着時刻をテレーゼと独立公証人が照合し、銀筆とは別の二鍵庫へ入れる。運搬票と新局側の受領票も同じ綴りへ重ねなかった。第22日に着いていた銀筆の細箱は開かれず、使用回数は零のままだった。
自己事故報告を載せた早馬は第25日に王都へ着いた。受理札の写しが戻り、資格評議部は第26日に三名以上で決めた。リディアが知れたのは、発着鐘と、封じられた決定番号だけだった。
第27日、第4鐘。認証決定が新局の受領口へ届いた。
現在の六暦月に三暦月を加える。監督期間は合計九暦月。最も早い満了審査は、秋第9月。
決定票は地方停止文書の期間を延ばさず、雇用第二号の満了日も書き替えなかった。全国の監督とヴァルハルト現地の委任は、最後まで別番号だった。
ローヴェンは局長として受領番号だけを照合し、決定者欄には触れなかった。テレーゼも、原稿受領票と全国決定を同じ箱へ入れない。ミナの名は、発見と配布停止の時刻にだけ残った。
地方の現場では、次の水量札を出す刻限が来ていた。登録済みの代行契約官が監督者とともに作業台へ立ち、現地署名用の白墨を待っている。
リディアは腰の革差しから白墨を抜いた。水量札へ引く一本分だけ角が平らになり、側面には南井戸の泥色が薄く残っている。代行契約官は両手で受け、監督者が受渡し時刻を読んだ。
その人は白墨と次の水量札を持ち、作業場へ出た。監督者も一歩後ろから続く。リディアは戸口を越えず、外で白い線が引かれる音を聞いた。




