鍵簿にない名前
三日かけてヴァルハルトへ戻ったリディアの前で、彼女が下書きした監査局の扉は内側から鍵を掛けられていた。真新しい鍵穴には、誰かが今朝使った油だけが光っている。
春第1月第17日。旧塩秤検査別棟の入口には、昨日までなかった真鍮の鍵簿が下がっている。受領者の欄を上から読んでも、リディア・エルンストの名はなかった。局長候補のローヴェンも、領主のアレクシスも同じだった。二本の鍵には、会計担当と記録担当の仮札だけが下がっている。
王都を出たのは第13日の第1鐘だった。通常馬車の三つの宿駅印と、第16日の到着印は旅程どおりに揃っている。道中、リディアは移行索引の革タブを何度も数え、着けばどの担当へ何を渡すかを書き足していた。新局の未決一覧も、膝の鞄に入れたまま、一晩越して持ってきた。
別棟の窓には、以前の塩秤票を剥がした四角い跡がある。そこへ独立局の小さな札が掛かり、入口も領会計の廊下から切り離されていた。自分が案を作った時には、開設初日にこの扉の内側へ立つつもりでいた。
「何を手伝えますか」
扉脇の受領台にいたイルゼ・ヴェインは、記録法務家の資格票を首から下げていた。長い説明はせず、リディアの鞄と廊下の札掛けを順に示す。
「移行索引は受領台へ。待機札は廊下三番です」
委員会室の机には五つの印座があった。扉が開いた時に見えたのは、イルゼの記録法務家票、登録院資格部門、公証人会、成年住民から届いた四枚だけだった。暫定令に書かれた五つの推薦口は、誰かが都合よく増やせる席ではない。ヴァルハルト外から輪番で入る地方代表の座には資格票がなく、椅子の背へ空席札が掛かっていた。
アレクシスは別棟の入口まで来ていたが、領主印を持ち込まなかった。リディアにも、ローヴェンにも委員札は渡されていない。
ローヴェンは候補者用の革挟みを閉じ、二枚の紙をイルゼへ返した。
「候補説明と記録閲覧を辞退します」
「辞退の対象を確認します。任命結果の受領まで、廊下三番へ」
彼は投票票を持たずに出てきた。三番札を受け取ると、リディアの隣ではなく、窓を一つ隔てた長椅子へ座った。
第3鐘までに四枚の資格票が照合された。旧別棟には独立した入口、局印、予算簿、二本の建物鍵が置かれた。給与簿には局長の任期と額が先に入り、領主執務室へ戻せる予備印の欄は斜線で閉じられた。四人が一票ずつ投じ、ローヴェン・ハルトの任期は今日から冬第12月末までと決まる。任期後に王国監査局の元の席へ戻す、という行は任命票にない。
「受けます」
ローヴェンは結果票を読んでから署名した。イルゼは二本の鍵を局の会計担当と記録担当へ一本ずつ渡した。局長にも、単独で開けられる鍵は残さなかった。
リディアは鍵簿へ手を伸ばさず、移行索引と未決一覧を受領台へ置いた。索引にあるのは既存の受領番号、現在の保管先、回答期限、まだ届かない返送票だけで、証言本文も鑑定結果もない。採用候補、給与簿、封印対象の決定欄は含めず、人を雇う名も、局印を使う名も、最終判断の名も書かなかった。鞄に戻す控えにも、同じ上限を記した。
イルゼは二冊を開かず、表紙の番号だけで受領した。返されたのは空の鞄と、廊下三番の待機札だった。リディアの局鍵は零のまま、鍵簿の今日の日付が次の頁へ移った。
同じ日の夕方、これまで四項目抄を保管していた王国側の指名監査官が、旧封の番号を読み上げた。テレーゼは新しい受取票の頁数と時刻を復唱し、独立公証人が二つの封を離して見た。旧封が閉じた時刻と、新局の別封へ入った時刻は、それぞれ別の欄へ記された。
その受領列の最後に、医療鎖から秘匿区分つきの経過通知が一通届いた。外票に出たのは、予定診察実施、作業時細動残存、原因未確定、回復時期不明の四欄だけだった。患児名と診察原本は医療側に残り、リディアが未決一覧へ写したのも、新局の受領番号と照会期限だけだった。
銀筆の細箱は王都の中立公証金庫にあり、青瓶事件の箱は別の保全庫にある。どちらも、この受領台には載らなかった。
第18日、サラは縫製籠を腕へ掛けて別棟へ来た。籠の隙間から、濃紺の布と裁ちばさみの柄が見えている。
行政契約相談室の前でリディアが椅子を引くと、サラは籠を床へ置いた。扉の内側には、縫い目の粗い遮音布が垂れていた。
「外で待ちます」
サラは返事をしなかった。布の端を自分で引き、木枠の隙間を塞いでから扉を閉める。内側には行政契約担当と独立書記が入り、リディアの待機札は廊下に残った。
相談は二刻近く続いた。廊下の向こうで仕立屋の使いが一度時刻を尋ね、リディアは相談室の中へ声を掛けず、壁時計だけを示した。サラが出てきた時、縫製籠の位置は入室前と同じだった。彼女はリディアへ条件を話さず、扉脇の公開札だけを自分で釘へ掛けた。
有償・非議決、被害当事者手続審査員。サラは札の傾きを親指で直してから、釘の頭を一度押した。
既存の申立てを取り下げるとも、誰かを代表するとも書かれていない。勤務回数と金額と守秘欄は、公開札の裏へも写されなかった。無償の協力札ではなく、局の給与簿に別の支払番号が一つ増えている。サラは籠を持ち上げ、店へ戻る時刻を壁の時計で確かめてから廊下を出た。
第19日、銀筆は王都の中立公証二鍵金庫を出た。発送票には通常三日便とあり、三つの宿駅で一人ずつ受領者が替わった。第22日、封糸を切らないまま新局の二鍵庫へ入り、リディアが見たのは到着時刻を読み上げるテレーゼと、閉じた細箱の外傷欄だけだった。
青瓶事件の移管は第21日に別の保全庫で始まった。箱数も車輪も受領票も銀筆とは異なり、完了予定は第24日である。第22日の銀筆到着を、青瓶の受領済みとは数えなかった。
その間、リディアは監督者の向かいで、最初の公開相談担当者名簿を作った。公開してよい担当者名は白い頁、送達先の住所は青い頁に分かれ、青頁には光を通さない覆いが掛かっている。
治癒所へ出す一人について、送達先の形式を確かめる必要があった。利用票へ目的を書き、監督者が覆いを上げる。リディアは青頁の一行を読み、街区名の略記を使えないことと、戸番の位置を確かめた。声にはせず、利用票の照合済み欄へ通常筆で印を置く。
本来なら、覆いを元へ戻したことと、筆先が白い名前列へ戻ったことを、一回ずつ指で確かめる。
廊下で到着鐘が鳴り、監督者が銀筆の受領時刻へ返事をした。返事を聞きながら、リディアは青い頁を閉じたつもりで白い原稿の次の枠へ通常筆を進めた。先ほど目で追った順序が手に残り、人名を書く幅の中に、街区と戸番を並べる時の形が一行だけ入った。監督者が席へ戻った時、彼女は次の名前へ進んでいた。
連絡索引は利用票と一緒に元の保管者へ返した。作成を終えたと思った公開束は、治癒所掲示分の最初の受領者へ回された。
第23日、第1鐘前。ミナは束を閉じず、白い名前欄を一行ずつ見ていた。
三頁目で、指が止まった。
人の名が入るはずの枠に、街区と戸番の並びがあった。ミナの指先はその一行を覆い、もう片方の手は開いた束の端に残った。




