偽リディア印
春第1月第1日の第1鐘を打つ綱が、東門の空へ持ち上がった。鐘はまだ鳴らず、露店番号交付口の戸も、荷番照合所の鎧戸も閉じていた。
昨夜の第4鐘から追っていた瓶の音は、三枚の寝具幕の奥で途切れていた。通路は荷車と寝床を避けて二度折れ、夜明けの出入りが始まるたび、吊った布も荷籠も位置を変えた。
リディアから見えるのは、行商人の背と巻いた寝具、通路の足元に置かれた籠だった。籠には正規荷番の咳薬と飲料水もあり、青い硝子だけでは対象品にならない。探索員は限定注意の荷番を掲げ、曲がり角ごとに同じ番号を読んでいた。
門前の表通りでは、二人の検査員が番号札の束を机へ並べ、別の二人が荷番照合板を拭いている。戸が開けば、売場へ出る荷はそこを通る。三重の幕の内側は、その二つの机の死角に収まっていた。
荷車の軋みが一度止まり、少年らしい声が布の奥から抜けてきた。リディアは曲がり角へ顔を向けた。
「ほら、僕もその子たちも、もう飲んだよ。平気だよ。一本売れたら、今夜の寝床になる」
先頭の探索員は声の終わりへ重ねて叫んだ。限定札を肩の高さへ掲げる。
「商務安全です。限定注意の荷番と栓を見せてください」
「青い瓶を口にしないで。荷番を確認します」
リディアも声を張った。返事はない。三枚目の布が人の肩に押されて膨らみ、すぐに細く戻った。
声のあった位置は一枚目の幕の右に思えたが、次の瞬間、荷車の後ろで靴底が土を擦った。寝具を肩へ積んだ男が横切り、三枚の布が別々の向きへ膨らむ。車輪がまた土を噛み、奥の小さな物音を細かく割った。
先頭の探索員は荷番限定札を布の結び目まで上げ、そこで手を止めた。幕の内側に対象品も売り手も見えない間は、私的な寝床を裂けない。彼は右の回り口へ入り、もう一人が左の荷籠を越えた。
リディアは右へ続いた。一枚目の先で通路が折れ、二枚目を回ると、行商箱を背負う女の身体が幅を塞いだ。女が通り過ぎるまでに、布の向こうで栓が硬いものへ当たり、細縄が短く軋んだ。
「飲まずに、瓶を外へ出してください」
探索員の声に返ったのは、瓶底が布へ置かれる音と、細縄の短い軋みだけだった。方向は三枚目の左にも、曲がり角の先にも聞こえた。
寝具を運んでいた男が肩を下げ、二枚目の幕を持ち上げた。先に回った探索員が三枚目の脇へ着く。同時に、幕の向こうで母親らしい影が立ち、三枚目の裾が内側から押された。
布が横へずれ、二つの曲がり角が一息だけ一直線になった。初めて開いた視界の中で、十歳ほどの少年は張った荷縄を握り、少女は濡れた唇を袖へ押しつけていた。いちばん小さな子が濃い青の瓶を姉へ返そうと腕を伸ばし、その肘で寝具下の包みを押した。
包みから薄青い瓶が少年の踵へ転がった。同じ動きで外れた栓は、限定注意板に描かれた刻みを上にして止まり、ほどけた布には同じ印刷荷番と、春迎え清浄水の商品札が並んで現れた。子どもにも安全という文の末尾で、リディア・エルンストの模造印がこちらを向いた。
「飲まないで。その瓶を置いて」
声を上げた時、三人とももう飲み終えていた。少女は濡れた唇を拭い、幼い子は瓶から両手を離そうとし、少年は結び直した縄から右手を抜きかけていた。
第1鐘の最初の打音が雨除け布を震わせ、直後に少年の笑顔が崩れた。
右手で口をこすり、舌を出す。息を吸った途端に咳が続き、喉を押さえた。まだ第1鐘の余韻が消えていない。
「口が、ひりひりする」
「ミロ、口を開けて」
母親が額へ掌を当て、名を呼んだ。ミロは荷縄を握ったまま身体を折り、張った縄を支えに片膝を土へつく。目は開き、呼びかけへ顔を上げた。
「エナ、ノア、こっちへ」
もう一人の母親が少女と幼い弟を引き寄せた。成人医療担当の二人が通路の奥へ入り、一人がミロの口と呼吸を見ながら、二本の瓶を指した。
「薄い方を飲んだのは」
「ミロです。薄い方を、ごくっと大きく一口。飲んですぐ、あの縄を結び直しました」
エナを抱いた母親が、息を継がずに続けた。
「その間に、エナが濃い方を小さく二口、ノアがほんの一口です」
返事を聞き終えると、一人がミロと荷縄の間へ腕を差し込んだ。母親が指を一本ずつ開き、結び目より手前から縄を抜く。咳のたび右掌の白い筋が曲がり、ミロは顔を横へ向けて空の胃をえずかせた。
もう一人が敷布を三つに分ける衝立を開いた。エナは唇を結んで堪えたが、腹を抱え、敷布の端へ顔を向けて吐いた。さっきまで咳で上下していた肩が、今は腹の痛みに縮んでいる。
ノアは姉のそばへ行こうとして二歩で止まった。頬から色が抜け、姉へ伸ばした手が空を探る。
「床が、動く」
成人医療担当がノアを別の敷布へ座らせた。吐き気に唾を飲み込み、やがて少量を吐く間も、目は姉の袖を追っていた。額へ当てた布は脇へ置かれ、両手は膝の上で静かに重なった。第1鐘から半鐘の砂が落ち切る前だった。
成人医療担当は衝立を三枚開いた。ミロは右、エナは中央、ノアは左へ運ばれ、各家族の足元に別の水桶が置かれた。商品札の安全という文字が、誰も立たない値札台へ残った。
客の母は子の肩を抱き、開いていない財布を外套へ戻した。売上を入れるはずだった革袋も、昨夜のパン皮も床に残り、ミロの母は衝立へ移った。雨除けの外では、ようやく露店番号交付口の留め棒が上がり始めていた。
商務安全官の限定注意板は、雨除け入口ですでに書き換えられていた。偽契約番号、印刷荷番、二種類あるうち対象となる栓の形。対象外の正規契約札とほかの青瓶には停止色を置かず、走者が同じ三項目を書いた札を丸め、リム枝村方面の便袋へ差した。
リディアは開いた瓶の間へ手を伸ばしかけた。商品札には、安全という大字の下に、使用量も濃度も対象年齢も記されていなかった。その動きより先に、ローヴェンが通路の入口で案件札を開いた。
「王国監査案件、春一月第一日、東門第百八号。利益相反回避開始、第1鐘後十四分」
数字を読み終えるまでに、白い縄が雨除けの支柱から解かれた。
リディアは瓶へ触れず、手を止めた。自分の印を模した紙も、倒れた値札も、子どもを支える腕も視界の奥に残し、開いた腕を身体へ戻す。登録札の赤い監督片が外套の内側で胸骨へ当たった。
一歩、通路の外へ下がった。白縄が靴先の前を横切り、係の手で隣の支柱へ渡された。
雨除けの奥から、三枚の衝立の上端が見えた。一枚ずつ違う間隔で揺れ、白い袖が右へ入り、灰色の袖が中央へ移った。入口の係は何も読み上げず、外にいた人々をさらに二歩下げた。
別の係が空の木箱を抱えて入り、しばらくして覆い布を持って戻った。市場書記の腕章も入口を通り、その両手は雨除け布の奥へ消えた。
第2鐘には、限定注意の走者が東門を出た。第3鐘、医療幕の外へ湯を運ぶ荷車が入り、空桶を積んで戻った。桶の縁の湯気は白縄の手前で風にほどけた。
雪解け前の風が、白縄の中央を何度も押した。縄が弛むたび、無言の係が支柱を一つ外側へ動かす。リディアの立てる場所は、雨除けから少しずつ遠くなった。
第4鐘が近づくと、医療幕の灯が三つとも点いた。扉布の隙間を人影が横切り、閉じた裾が地面を擦った。
リディアの右手は、まだ何かを受け取る形に開いていた。
係が最後に白縄を張り直した。伸びた指先と、名を印刷された札の残る雨除け奥との間で、縄がまっすぐに震えた。




