王太子の正しい反論
第2鐘の余韻が消える前に、ユリウスは証人席へ着いた。王太子の紋を置く台はなく、近衛も扉の外に残っている。
事実提示官が最初に出したのは、祖父の時代から王宮に保管されてきた月別記録だった。王家の一行命令が届かなかった月と、死者数が増えた月には重なりがある。ユリウスが幼いころ、地方の印を王家へ集める根拠として繰り返し読んだ紙だ。
「これは、中央指揮の必要を示します」
彼はいつもの順序で答えた。国が一つの命令で動けなければ、領境で水門も薬倉も閉じる。病も飢えも、十の返事を待ってはくれない。
輪番審理長は反論せず、記録の余白を指した。
「命令が届かなかった月に、他の条件は同じでしたか」
「同じだったという記録はありません」
「死者を、王家直轄、領主統治、疫病、戦闘に分けた表は」
「この綴りにはない」
命令不着と死者増は同じ月にある。そこから先を埋める数字は、ユリウスの手元にもなかった。彼は中央の必要を取り下げなかったが、因果と記すことには同意しなかった。
次に、係が机を避けて床へ大きな布図を広げた。東石橋と、通常の東出口、布商の荷庭へ抜ける西の私有門が、白い線で描かれている。壁には亀裂確認、放水鐘、通常出口の詰まり、私有門開放の時刻札が、まだ裏返したまま掛けられた。
ユリウスは証人席を離れ、図の東詰へ靴を置いた。長靴の裏に、あの日の泥が残っているはずはない。それでも白布の石橋には、濡れた石粉と粉袋の匂いが戻ってくる。
提示官が最初の札を返した。ヘニングが亀裂へ親指を入れた時刻と、四半刻もないという現場判断がある。ユリウスはその時点で見た黒い割れ目まで歩き、そこで止まった。
「この時、二つの出口を知っていましたか」
「東の通常出口と、西の荷庭へ続く木戸を知っていた。西が施錠中であることは、トーマの報告で知った」
二枚目の札が返る。製粉水路の放水鐘。三枚目には、東側へ見物人が詰まり、最後尾を四半刻以内に出せない可能性が記されていた。
ユリウスは東出口へ一歩進み、混雑位置で止まった。あの日も、王太子を見るために残った人々の顔がこちらを向いていた。橋が割れる音は、まだ誰にも聞こえていなかった。
「鍵主と市場代表を待つ時間は」
「走者の往復で約十分。現場が示した残りは四半刻未満だった」
「その時、補償方法は決まっていましたか」
「決まっていない。私有門を壊す権限の照合も終わっていなかった」
「何を命じましたか」
ユリウスは西の私有門へ向きを変えた。
「門を破れ、と命じた」
既存の退避命令書が示される。彼の名、近衛四名、アレクシスの頷きを受けて続いた辺境騎士。別の指揮系統にいた二隊が、一つの短い命令で同じ木戸へ動いた時刻がある。
四枚目の札が返り、私有門の開放時刻が現れた。ユリウスはその位置まで進む。床図の西路地は細く、手押し車を通せば人の肩が詰まる幅だった。
「結果は」
「橋上の死者は零。取り残された者も零と、両岸で確認された」
ユリウスは、私有門の開放時刻と死者零の行を順に追った。鍵主を待たずに門を壊したあと、近衛と辺境騎士は同時に動き、二つの出口から橋上の人を出している。命令時刻から死者確認まで、札の時刻は途切れていなかった。
係が、白布の上へ十二枚の露店札を置いた。続いて手押し車二台の札、布商の木戸、東石橋の破損票が、それぞれ別の位置へ並ぶ。補償申請のうち、完了印のない紙も隣へ置かれた。
「ハンナ・ロウ」
ユリウスは香辛料売りの札を読んだ。
「マルタ。粉袋を置いて出た。十二軒の商品、手押し車二台、布商の木戸、橋を失った。祭も中止になった」
ユリウスは、香辛料売りの札を死者零の記録へ重ねなかった。白布の間は空いたままだった。
提示官は橋の図を巻かず、別の既存記録を開いた。婚約解除の夜、大広間で交わされた逐語控えだった。神官長が灯の状態を警告し、婚約と職務を分けて一夜の留任を求めた箇所へ印がある。
「あなたは、中央の速さが必要だと述べました。では、この警告に対して速く技術確認を命じましたか」
ユリウスは、床図の亀裂確認位置へ戻ろうとした。審理長が手で止める。大広間で彼がその時に知っていたのは、灯の状態がよくないという神官長の言葉と、リディアが保証を解除し始めたことだけだった。
「命じていない」
「何を優先しましたか」
逐語控えには、当時の自分の返事も残っている。決めたことを翻せば、王家が一人の令嬢に脅されたと見られる。
「公の場で決定を変えないことを優先した。既存の移管制度が続くという前提も、確認より先に置いた」
「警告が誤りだと判断したのですか」
「判断する確認をしていない」
記録官は発言者欄へユリウスの名を置き、神官長の警告、技術確認命令なし、決定維持の三行で止めた。隣では、東石橋の命令時刻と二隊の移動記録が開いたまま乾いていた。
第4鐘まで、あと半刻。ユリウスは壁に残った最後の時刻札を自分で外した。私有門が開いた鐘と、命令書の受領鐘が両面に記されている。
札を壁へ戻さず、独立公証記録官へ手渡した。その時、廊下の先にある王宮受付箱で、次の受領鐘が鳴った。




