守るために隠した
王国監査局宛ての封筒が城門を出るまで、リディアは事故室の窓から目を離さなかった。夏第6月第5日、第3鐘。サラの申立ては、定期便ではなく受領時刻が残る外部便へ載せられた。領側は止めず、写しを求めず、便名と封筒番号だけを事故記録へ入れる。
原本保全の箱には、公開表、三日分の替馬売買抄、南荷出し所の出門帳、双楡分岐と松割坂の現場札、越境騎手報告の封印要約がある。血のついた制服と矢じりは医療封へ、焼けた荷札は商会封へ分けた。
公開運行表は、その日のうちに停止した。同じ日の領評議会には、表だけを止める案と、地方契約線まで止める案が出た。
ヴァルハルトの地方契約線は、白石、南井戸、西製粉、北門、南市場の五区で動いている。水量、粉車、道標、荷札。どの線も人を運ばず、未来を示さない。開示範囲をリディアとアレクシスの二人で決めていた箇所が、各運用票に残っていた。
領評議会は、外部監査が来るまで五本を自主停止する案と、現行権限のまま続ける案を並べた。決定期限は第7日第1鐘。停止する場合、翌朝から手動の水量測定、製粉枝水の見回り、北門と南市場の道標巡回を一日十勤務増やす。週に十五枚かかる。
北門の責任者は、十五枚を払えば同じ安全が買えるのかと尋ねた。手動案に記された十勤務を、一つずつ指で数えていた。
「同じにはなりません」
リディアは手動案の余白へ書いた。夜間の警告は遅れ、見回りの間は空白になる。一方で継続すれば、外部の事故調査が始まる前に、同じ領印と同じ契約官が判断を続ける。
誰もその場で票を置かなかった。低所得補助は受領者零のまま動かせず、代替便もない。共同買付の焼失、南方商会の設備損、エリオへの返済は、それぞれの帳面に残した。
ベルトの死亡補償、店の秋仕事、葬送費にはまだ数字がなく、サラの外部申立ても受領待ちだった。ガルドは副長代理を指名せず、ヨナスとエルクの勤務欄を空白にしていた。
第6日の朝、五区の責任者へ事故資料の要約を渡した。斥候の名と軍道座標は伏せたが、越境騎手の警告が護衛へ送られなかった時刻は伏せない。公開表を選んだ四区と反対した北門、領主の異議、リディアの運行勧告、カミラとガルドの選択も載せた。
マルタは、自分が正確な鐘を求めた署名を長く見た。停止案の費用を西製粉の負担へどう分けるかを持ち帰る。エッダは南井戸の夜番を一人増やせるか、水番表だけを写した。
リディアが最後に入ったのは、アレクシスの記録室だった。昼の第4鐘前で、扉は開いていた。書記が一人、壁際の机へ座る。今までなら夜に二人で広げた紙を、今日は綴じたまま持ってきた。
机の端には茶が二客あった。どちらからも、もう湯気は上がっていなかった。
「斥候報告を、なぜ私へ送らなかったのですか」
事故室でも聞いた問いを、今度は職務記録として置いた。書記が時刻を書き、アレクシスは答える前に自分の文書を開く。
「北西の斥候源を守る必要があった。座標を出せば、巡回の隙間も出る。隊商との関係がない警告を送れば、あなたは止めるかどうかを選ばされる」
「選ぶのが、私の仕事でした」
「あの時は、根拠を渡さず責任だけ負わせると思った」
「それを決めたのも、あなたです」
書記の筆が止まり、また動いた。アレクシスは、第29日に出した北西迎撃命令を表へ返した。村を空けないための人員数と、早馬を南へ出さなかった時刻が同じ紙にある。
「守ったつもりだったのは、斥候だけではない」
リディアは続きを待った。壁際では、書記の筆だけが紙を擦っていた。
「軍務報告をあなたの契約記録へ入れれば、王宮は地方線を軍用へ転じたと主張できる。あなたの再審査にも使われる。関係が確かでない間は、私の封の中へ置くべきだと考えた」
「私は、公開表を止めませんでした」
リディアも自分の紙を開く。最初の二便が着いたあと、正確な鐘は危険だという異議を、五区へ再審議として戻さなかった。列が減り、予約札が使われ、南市場の前金が集まった。異議と領印が同じ紙にあるため、アレクシスへもう一度尋ねる必要はないと決めた。
「反対記録があるから、危険も共有できていると思いました。もう一度選ぶ機会が要るかは、あなたにも五区にも尋ねなかった」
アレクシスは、異議の横へ押した自分の領印を見た。赤い印影へ、窓から差す夕方前の光がかかっていた。
「印を押した責任は私にある」
「はい」
リディアは新しい連絡規則を机へ置いた。やり取りは職務時間内に限り、記名文書には受領時刻と立会人一名を残す。口頭で決めた場合は、その場で記録し、署名が揃うまで起動判断へ使わない。軍務資料は開示できる範囲と、開示できないため判断から外す範囲を同じ紙へ残す。
「雇用契約は続けます」
アレクシスが言った。書記の前で、臨時契約官雇用第一号の原本をリディアの側へ向け、その隣へ空の更新票を置いた。
「報酬、住居、解除権も変えません」
「それも文書へ」
書記は更新票の上端へ「ヴァルハルト臨時契約官雇用第二号」と記した。署名欄へ夏第6月第6日、発効欄へ第一号の満了時刻、満了欄へ王暦219年春第2月第1日の同時刻を写す。アレクシスが領主欄へ署名し、リディアも契約官欄へ名を書く。
書記が更新票二部へ同じ受領時刻を記し、監査用写しの封とともに持って退出したあとも、二客の茶は机に残った。リディアは自分の分へ手を伸ばさず、持ってきた資料を抱えた。アレクシスも引き留めなかった。
第6日夜、評議会の壁には二枚の案が掛かっていた。一枚目は、五本を自ら止め、十勤務と週十五枚を引き受ける案。二枚目は、同じ権限のまま、王国監査局の到着を待つ案だった。どちらの下にも、まだ署名はない。期限の第7日第1鐘だけが、赤い字で残っていた。




