地図を読んだ敵
三枚目の替馬札は、夏第6月第1日の第2鐘に届いた。それでも三枚からは、買った者の顔も、馬が向かった先も出なかった。
南荷出し所の西厩で、開門直後に替馬二頭が現金で売れた。買い手は商会札も村札も示していない。厩番は公開運行表の安全附表に従い、時刻、頭数、札なしとだけ即時抄へ書き、検量係が出発室のガルドへ運んだ。
売れたのは、第5月第17日の杉厩で二頭、第24日の川手厩で三頭、そして今日の西厩で二頭だった。どれも公開到着日の三日前である。
しかし、第5月に三つの加盟厩が売った替馬は四十三頭あり、そのうち十七頭は商会札も村札もない現金客だった。札を持たない旅人も、行き先を明かさない商人もいる。最初の二度の公開便は一台ずつ、襲われず城下へ着いている。ガルドは護衛側の勧告欄へ、購入者・行先不明、延期を推奨、と分けて書いた。
「運行を禁じる証拠には足りない。それでも俺は一日延ばす方を選ぶ」
「一日で何が分かりますか」
カミラが即時抄から顔を上げた。問いはガルドへ向いた。
「同じ買い手か、馬がどちらへ出たかを当たる。分からないままなら、もう一日止める」
西厩の主人は、売買抄より詳しい個人名や旅先を、公開表のためには聞いていなかった。現金客はすでに馬を曳いて出ている。一日後に分かると約束できる情報はなかった。
「留置一日で、飼葉と御者の宿が十枚。五区の荷受け変更と遅延補填が八枚」
カミラは十八枚を遅延札へ書いた。数字の下へ二本線を引き、費用の負担者欄を空けた。
「誰が払いますか。それに、到着日を出した荷を、この荷出し所へ置き続ける方が見張りやすくなります」
十八枚の負担者欄は空いたままだった。公開表の第4日第2鐘へ着くには、今日の第3鐘に出なければならない。一日止めても売買情報は増えず、荷の所在だけが長く固定される。延期して何も見つからなくても、安全になった証明にはならなかった。
リディアは、三日前という一致の隣へ、分かっていないことを書いた。同じ買い手だと示す記録も、行き先も、隊商への接触もない。警備隊への脅迫、武器の購入、通行妨害もなく、最初の二便は無事だった。
二台は二経路へ分け、護衛を前便の二人から六人へ増やす。第3日まで合流せず、そこから先も松割側と柳床側の二候補を残す。追われた形跡があれば、荷を捨てて人を戻す。
「現時点では、条件を追加して運行するよう勧告します」
リディアは勧告欄へ自分の名を書いた。ガルドの延期推奨も、同じ紙から消さずに残した。
カミラは運送人の欄へ、予定どおり出る、と署名する。ガルドは延期選好を消さず、追加条件の下で護衛を実施する欄へ名を置いた。
城下でアレクシスが署名した領内使用許可も、別紙のまま開かれた。前便の道線許可はとうに切れており、今回の荷へ流用できる余地はなかった。
五区共同買付口の指定代表が、所有する二つの荷札について、追跡と濡れ・焼損の検査へ同意した。カミラは運送人として、荷札と運行中の道標測定へ署名する。オスカーとロスには、線が身体にも手綱にも触れず、荷札の位置と道の測定箇所だけを結ぶ範囲が読み上げられた。
アレクシスの領印には、夏第6月第1日第3鐘から第4日第3鐘まで、湿地道、石折迂回路、松割側と柳床側の最終進入候補、沿道蓄積の合計八分の一まで、とある。第3日に一方を選べば、未選択側は同じ記録で閉じる。
リディアは所有者、運送人、領印、開始、終了、容量の順に確かめた。銀筆から二本の青い線が伸びる。第1車の札は湿地道へ、第2車は石折迂回路へ。人間の敵意も、まだ起きていない火も、道の外にいる誰かも映らない。
出発分はカミラへ支払い、到着分四十八枚は二本鍵の箱へ残した。カミラは硬貨を数え直さず、領会計の封と自分の受取印だけを照合した。
出門でガルドが数えた。人は十人、荷馬二頭と騎乗馬六頭で計八頭。
リディアは第2車、カミラは第1車の御者台へ乗った。ベルトがヨナスの鞍帯を引き、穴を一つ詰める。
「腕で受けるな。馬首を返して外せ」
「前回も聞きました」
「できるまで言う」
ベルトの右手甲には、新しい白糸が通っていた。サラの店札が内側へ縫い込まれ、返却期日は今月末とある。騎士団の備品ではなく、店に入る前の修繕見本らしかった。
第3鐘に二台は別れた。湿地道は水が引いていたが、オスカーの車輪が二度、葦の根へ取られた。石折迂回路では崩れた斜面を避け、ロスが荷を半分ずつ後ろへ寄せる。青い線は道標の欠けと荷札の位置を残し、ぬかるみから車輪を押してはくれなかった。
二日目の夕方、リディアの第2車は石折宿を出た。第1車がどこまで来ているか、分けた線の位置からは読まない条件になっている。合流前に片方が捕まっても、もう一方の経路を渡さないためだった。
第3日第1鐘、二台は双楡分岐へ別々の道から着いた。カミラが第1車の封を確認し、リディアは第2車の荷札を見せる。切断なし、濡れなし、焼損なし。六人の護衛と二人の御者にも欠員はなかった。
柳床宿から届いた道況札には、赤礫坂で石が落ち、二頭立ては一台ずつしか通せないとあった。松割側は前夜の雨が少なく、橋目盛りも通行内だった。ガルドとカミラは松割側を選び、時刻と理由へ名を置く。リディアが未選択の柳床側を閉じた。
分岐の南には、雨で薄くなった蹄跡が幾筋もある。ガルドは新しい二本を見つけたが、片方は第1車の轍に重なり、もう片方は林の方へ戻っていた。一日に十頭以上が通る場所で、先に見た三枚と同じ馬かは分からない。
日が落ちる前に松割宿へ着き、馬へ水だけを飲ませた。城下までは残り一夜。宿から馬で四半刻の松割坂へ入るころ、月は雲の後ろに隠れた。
道幅は荷車一台半。右は切り立った林、左は浅い沢へ落ちている。ガルドが先頭、ハインとオルドが両側。第1車、第2車の後ろにヨナスとエルクがつき、ベルトが最後尾を取った。
坂の上で、陶器の割れる音がした。
第2車の幌へ油火が広がった。保存油の樽ではない。外から投げ込まれた火壺が、幌の上で砕けている。
ロスが手綱を引いた。荷馬の首へ弩矢が刺さり、馬体が轅の間で跳ねた。車体が右へ振れ、燃える幌が林の枝へ触れる。
「前へ出すな! 馬を切れ!」
ガルドの声に、ベルトとロスが引き革へ走った。ロスの手が先に留め具へ届き、ベルトが馬の首を押さえた。
二射目は沢側から来た。ヨナスが手綱を持ち替えた瞬間、左前腕を貫いた。弩矢の軸が腕の両側へ突き出し、落とした剣が石へ跳ねる。
エルクが馬を寄せてヨナスを庇う。次の矢が左腿の外へ入り、彼の脚を鞍へ縫い留めた。
「降りろ。西の石垣へ集めろ」
ガルドは敵を追わせなかった。ハインとオルドが二人を馬から下ろし、カミラがヨナスの腕を肩より高く固定する。リディアは道線の容量を火元測定へ回した。第2車の荷札が赤く染まり、焼損が起きた場所だけが遅れて浮かぶ。
林の中にいる人数は出なかった。
オスカーが第1車を坂下へ返そうとする。沢側の暗がりから、別の火壺が飛んだ。第1車の前輪で割れ、油が車軸から幌へ走る。清潔布が火を吸い、乾いた薬箱から黒い煙が上がった。
「水を」
リディアは言いかけて、カミラに腕を引かれた。カミラの空いた手は、ヨナスの焼けかけた袖を指していた。
「薬へ煤が入った。濡らしても売れません。人へ使って」
革袋の水は、ヨナスの火傷しかけた袖と、エルクの脚の周りへ使われた。燃える第2車が道を塞ぎ、ロスとヨナスは坂上側へ残っていた。ハインが二人を支えるたび、林から矢が石垣へ当たる。こちらが動く位置を、暗がりの射手に読まれていた。
ベルトは騎乗馬へ戻った。第1車から外れた荷鐘を鞍の後ろへ結び、北側の林道を見た。
「俺が音を持っていく。ヨナスとロスを下へ」
「待て。二人ずつ盾で戻す」
ガルドが止めた時、燃えた荷馬が轅を蹴った。第2車が半歩ずり落ち、ロスが石垣との間へ押される。
ベルトは返事をしなかった。
馬腹を蹴り、荷鐘を鳴らして北へ上がる。暗がりの弩が一斉に向きを変えた。最初の二射は外れ、枝を裂いた。三本目が馬の尻へ浅く当たり、馬が跳ねる。それでもベルトは北へ寄せ、坂上の射線を自分の方へ引いた。
「今だ!」
ガルドが走る。ハインがヨナスを抱え、オルドとロスが燃える轅を越えた。エルクはカミラの肩を借り、右脚だけで石垣の陰へ滑り込む。
北で荷鐘が止まった。
ベルトの馬だけが、手綱を引きずって戻ってきた。鞍は空だった。
ガルドがオルドへ残留指揮を渡し、ハインと林へ入る。追撃の弩は二射で止まり、蹄の音が道の外へ遠ざかった。
ベルトは坂上の窪地に倒れていた。右下胸から脇腹へ弩矢が入り、折れた軸が外套の下に残っている。白糸の手甲で傷を押さえようとしていたが、息を吸うたび指が浮いた。
「抜くな」
ガルドが膝をつき、畳んだ外套で軸を固定した。ベルトは返事の代わりに、坂下を見ようとした。
「ヨナス」
「腕だ。生きている。エルクも腿だ」
「御者は」
「二人ともいる」
ベルトは一度だけ目を閉じた。敵の蹄を追う者はいなかった。二台は道の中央で燃え、火が弱まった頃には、薬箱も布も針包も、薬草も油樽も、煤と消火の水を吸っていた。第2車の荷馬は矢傷と火傷で動かなくなり、ガルドが苦しみを終わらせた。
オスカーが一人ずつ名を呼び、ロスが震える声で十人分の所在を数えた。九人分の声が返り、ベルトの胸だけが浅く上下していた。
リディアは焼けた荷札を閉じた。二台とも使用不能と判定し、煤で黒くなった受領欄へ、未達、と書いて、到着時の四十八枚に横線を引いた。
事故票には、商品百二十枚分の所有者は五区共同買付口、焼けた荷車二台と死んだ荷馬一頭の所有者は南方商会と記した。
担架代わりの幌へ移した時、ベルトが目を開けた。唇の端に薄い血がついている。
「今日は、第何日だ」
「第3日です」
リディアが答えると、彼は息を二度に分けた。折れた矢軸が、浅い呼吸ごとに外套の下でわずかに動いた。
「敵は」
声が途切れ、ガルドが顔を寄せる。ベルトは目だけを開けたまま、次の息を待った。
「敵は、なぜ時刻を知っていた」




