初荷の南回り
城下で次の解熱薬を使うまで二日半、三台目の車輪は最初の泥溝で半分まで沈んだ。
御者ロスが馬を進ませようとすると、ガルドが笛を一度鳴らした。停止の合図だった。
「引かせるな。轍を掘る」
警告線の街道石は青い。道が通行許可の範囲にあり、線が切れていないことを示す色で、泥の深さまでは持ち上げてくれない。ベルトと先頭の御者オスカー、二台目の御者が平石を運び、後輪の前へ噛ませた。カミラは一台目の防水布を確かめてから、自分でも泥へ降りた。
「半刻遅れ」
カミラは損失札を開いた。半刻、と時刻欄へ書いた。
「取り戻せますか」
「次の坂で急がせれば、別の車輪を失う」
ガルドは南回りの地図を見た。次の坂から宿までを、指で測った。
「今夜の宿を短くする。馬を替える」
御者の休息を削らず、宿で荷を置く時間を削る。カミラは宿賃が増える行へ自分の印を置いた。リディアも、泥溝の位置と灯の色を記す。青だった事実は残すが、安全だったとは書かなかった。
第10日の夜、三台は南風宿へ着いた。薬箱と布の封は乾いている。越冬薬草は二台へ四束ずつ。ミナが待つ城下まで、まだ二日ある。
翌朝になった。雨脚は、前日より強まっていた。
石折橋へ着いた時、水面は橋守の通行限界より手幅一つ下だった。橋守ドメンは上流の白泡と、石脚の目地を交互に見た。
「一台ずつ。前が向こうの坂へ出るまで、次を入れない」
橋札へ書かれたのは、現在の目盛りと、雨が止んでいないことだけだった。ガルドが通行を決め、カミラが荷主として同意した。リディアは前日に得た三日期限と、沿道蓄積八分の一の領印を確かめる。
測定線を橋脚へ延ばすと、石面に青い筋が出た。中央の継ぎ目だけが黄色い。橋板は濡れ、縄を張った欄干は人の腰より低い。
オスカーの一台目が渡った。
カミラが御者台で車輪を見ている。清潔布四梱と日常薬二箱、針箱が対岸へ着くまで、誰も次を動かさなかった。
二台目は越冬薬草四束と保存油一樽を積んでいる。橋の中央で左輪が滑ったが、御者が馬を止め、ベルトが外側から輪止めを入れた。黄色い筋は変わらない。二台目も対岸へ出た。
ロスの三台目が橋へ入る直前、上流で木の折れる音がした。
ドメンが水面を見た。白泡の向こうから、枝を抱えた流木が横向きに回ってくる。
「待て!」
ロスは馬を止めた。前輪はすでに橋板の上、後輪は土道にある。引き戻そうとした馬の蹄が泥で滑り、荷車が斜めになった。
最初の流木は橋脚を外れた。次の太い幹が、水面下で何かへ当たる。橋の腹から短い音がして、測定線が黄色から赤へ変わった。
「戻せ!」
ガルドの声が、雨音を切った。赤い測定線は、橋の中央へ伸びていた。
ロスが手綱を引く。馬は後ろへ下がれず、首を振った。右の後輪が橋板の端を割り、車軸まで落ちる。反動でロスが御者台から投げ出された。
片足が引き綱へ挟まった。馬が一歩動くたび、ロスの身体が轅の下へ引かれる。
ベルトが対岸から橋へ走った。ガルドは岸に残ったカミラ、オスカー、二台目の御者を続かせず、オスカーだけを指した。
「救助綱を渡せ。二人は岸で待て」
「荷を下ろせば、車輪を上げられます」
リディアは四束の留め縄を見た。二人で外せば運べる。けれど橋脚の赤い筋は中央まで伸び、次の流木が上流で回っている。
「間に合わない」
ガルドは斧を抜いた。刃を、荷台の留め縄へ向けた。
「馬と御者を出す。荷台を切れ」
四束は、焼失後に残った不足を埋める半分だった。ここで捨てれば、冬の棚はまた空いたままになる。
オスカーが救助綱を橋上のベルトへ投げ、ベルトが端を受けた。カミラは岸で待てという命令を破り、その綱を伝って三台目へ戻った。ガルドが止めるより先に荷台へ乗り、箱を抱える代わりに補修縄を投げ下ろす。
「これは人に使う。薬草は切る」
ガルドの斧が左の留め縄を落とし、カミラが右を切った。薬草四束が荷台の奥へ転がる。
ベルトは轅の下へ膝をつき、ロスの長靴へ食い込んだ綱を探った。借りた手甲の革が水を吸い、右手の動きが遅い。
「足を抜け。靴は捨てろ」
「引っかかって」
「足首を曲げるな。俺が切る」
ロスが身体を起こしたところで、馬がまた滑った。ベルトの右前腕が轅へ当たり、古い爪痕から血が細く滲む。それでも斧を持ち替えず、引き綱だけを切った。
ベルトが救助綱をロスの胴へ回す。カミラは切った縄を捨て、同じ綱を伝って対岸へ戻った。オスカー、二台目の御者と三人で引くと、ロスの身体が橋板を滑った。ベルトは最後に馬の引き革を轅から外した。馬が自由になると、泥の岸へ横倒しになり、すぐ脚を畳んで起き上がった。
「橋から出ろ!」
ガルドの声と同時に、二本目の流木が石脚へ当たった。
三台目の後輪が抜けた。荷台が欄干へ傾き、保存油の樽と薬草四束が一緒に川へ落ちる。幌が水を含んで引かれ、空になった車体も車軸から折れた。
ベルトが対岸へ飛ぶ。カミラとオスカーが外套を掴み、引き上げた。
橋板は半分残った。赤い筋は消えない。三台目だけが、濁流の曲がりへ流されていった。
ロスは片足の靴を失い、踵に縄の傷を負った。骨は折れていない。荷馬三頭、御者三人、護衛と同行者は全員いる。ベルトの腕は古い傷が開いただけで、ミナに見せるまで清潔布を巻くことになった。
「失ったのは、薬草四束、保存油一樽、荷車一台です」
カミラは濡れた損失札へ書いた。補修縄は救助に使い、岸へ残っている。
「南方商会の負担です」
「警告は出た」
リディアが言った。カミラは赤い橋脚を見た。
「出た時には車輪が橋にあった。消えていたとは請求しません」
残る二台を石折宿まで進め、封を一つずつ見た。日常薬二箱は乾いている。清潔布も使える。二台目の越冬薬草四束と油一樽が残った。
「次も六十枚では?」
リディアが尋ねた。カミラは仕入れ札と失った荷を計算した。
「九十六枚です。今日の損を次の基礎価格へ混ぜません。橋守を増やし、荷を二経路へ分ける費用として出します」
「次が買えなくなるかもしれません」
「六十枚なら、南方商会が次を出せません」
カミラは今回の三百枚を書き替えなかった。届いた品と護衛費だけを受け取り、失った四束と樽は自分の帳面へ入れる。
夜、宿の軒下でベルトが借り物の手甲を外した。濡れた革紐が切れ、もう右腕へ留まらない。鞍袋から、白糸の切れた古い手甲を出す。灰角獣に裂かれたまま、直していなかったものだった。
ガルドがベルトの腕を見た。古い爪痕の上で、血は止まっていた。
「サラに出せ。今度こそ直させろ」
「店へ入る人間の物なら、直すと言われています」
「願い書は」
「机の中です」
灰角獣の夜にも、ベルトは同じ答えをした。その時は、引き留められる話として笑う余地を残していた。ベルトは古い手甲を膝へ置いた。
「でも、迷っている話ではありません。帰ったら出します。今季で辞めて、サラの店へ入る」
ガルドはベルトの古い手甲へ目を落とした。
「帰城日の第3鐘。俺の机へ持ってこい」
「受け取るんですか」
「机の中にある紙は、勤務表から人を外さない」
ベルトは切れた白糸を指で揃えた。古い手甲を鞍袋へ戻した。
翌朝、橋守は流された薬を拾って使わないよう、品目と数量を事故掲示へ出した。越冬薬草四束、保存油一樽。カミラ、ガルド、リディアが事故時刻と一緒に署名する。公開しなければ、下流で濡れた薬草が売られる。
写しを持つ早馬が、一行より先に城下へ向かった。第13日、第2鐘の四半刻前、二台は南門へ入った。
先頭の荷札には三台とある。トーマは門帳の到着欄を二本で止め、三本目へ太い朱線を引き、橋守の損失札を綴じた。
トーマは一台目の札を見て、ほかの荷を北路地へ止めた。日常薬二箱だけを治癒倉庫へ直行させる。ミナとルッツは洗浄台を空け、二つの封、乾燥、薬包の匂いを確かめた。
第1鐘の薬はすでに使い切っている。次の投薬は第2鐘。最初の一包が検品盆へ載った時、鐘楼の綱を引く者が階段へ入るのが窓から見えた。まだ鐘は鳴っていなかった。
越冬薬草は四束だけ受領された。開始予定四十八束に対し、倉庫は四十四束だった。
治癒倉庫の外には、薬舗から続く列ができていた。事故掲示の写しを読んだ宿屋は従業員の冬分を買い、幼い子のいる家は一包ずつ余分に求め、南へ売り直す商人は束で値を聞いている。
薬舗の主人が、最後の乾燥束を秤へ置いた。一人の買い手が三家分だと言って代金を出し、後ろの者が本当かと声を上げる。主人は家族の数を確かめる札を持っていなかった。
秤の皿が空になる。店先の在庫板が、残りなしへ裏返された。




