カミラ・レイスは安売りしない
カミラ・レイスは、日没までに署名がなければ日常薬二箱を別の町へ売ると言った。
リディアたちが二日かけて着いた南荷出し所には、幌を閉じた荷車が三台並んでいた。カミラは一台目の車輪へ腰掛け、北へ積む品目を読み上げる。
清潔布四梱、日常診療用薬二箱、針箱一つ。越冬薬草八束、保存油二樽、補修縄。薬草は四束ずつ二台へ分け、同じ荷を一度に失わない積み方にしてある。
「薬は残り二日分と聞きました」
カミラは二十八歳。栗色の髪を高く結い、外套の袖を肘まで上げていた。乾燥具合を見るたび、爪の背で梱包縄を弾く。エリオの会釈には、一台目の荷札を差し出した。
「高熱と術後の方へ絞り、第13日の第1鐘まで延ばしました」
リディアが答えた。カミラは日付を荷札の端へ書いた。
「この三台なら、第13日の第2鐘より四半刻前に城下です。第1鐘に最後の薬を使い、次は第2鐘と聞きました。途中で遅れれば、その一回を欠かす。だから、今日売れなければ南へ戻します。薬を荷台で待たせる方が損になる」
別の町にも買い手がいて、王都商会が北向けを止めた分、南では不足の噂が回っている。
カミラは一台目の箱を開けた。中の薬包には、南の薬師組合の封と乾燥日がある。リディアが銀筆を出すと、その手を箱の外で止めた。
「光で通ったことにしないでください。ここの封は発送者の封です。使えるか決めるのは、そちらの薬師でしょう」
「荷札の照合だけです」
「なら、そう書いてから」
リディアは試験欄へ、品目、箱数、封の一致まで、と範囲を入れた。カミラ自身が荷主として三箱だけを開封対象に選び、南倉の責任者が確認印を置く。二つの印を確かめてから、リディアは銀筆で封の番号を映した。
銀筆の光は箱へ入らず、封の番号だけを帳面と同じ位置へ並べた。カミラは三箱を閉じ、縄の結び目に別々の朱を付ける。
「北でこの結び目が違えば、その場で開けてください。全部が同じなら、ミナさんと外科医が中を見る」
カミラは番号の並びだけを確かめ、次の箱へ手を移した。
荷出し所の事務室で、カミラは価格表を三部置いた。自分、領、荷出し所の側へ、一部ずつ滑らせた。
品の基礎価格は銀貨二百四十枚だった。南回りの橋と雨、王都営業免許の再審査を含む危険手当が六十枚加わり、合計は三百枚になる。百八十枚を前払いし、残る百二十枚は受領後三十日以内に払う。
「王都で買うより高い」
アレクシスは、二百四十と六十を分ける罫線へ指を置いた。
「王都は売らないのでしょう」
「南市の相場と比べても高い」
「南市で売れば、石折橋を渡らずに済みます」
カミラは六十枚の内訳を出した。遠回りの飼葉、橋守、予備の防水布、戻り荷が空になる損、王都商会から南倉の貸付を切られた場合の一月分。免許を失う全額までは載せていない。
「安くして二便目が出せなくなる値は、救援と呼びません」
リディアは、前払いを百五十枚へ下げる案を出した。残る三十枚を最初の宿で渡し、薬二箱を先に北へ回す。
カミラは南倉の支払札を三枚並べた。薬師組合へ八十枚、布問屋へ四十枚、御者と馬の支度へ六十枚。どれも今日、積み出す前に要る。
「私が問屋へ、患者が待つから三日だけ貸して、と言えばよいですか」
「その三日分の利を、危険手当へ足すことになります」
「なら、先に出した方が安い」
リディアは、机に並んだ三枚の支払札をもう一度見てから、返金条件を読んだ。
受領前に雨や崩落で失った荷は南方商会が負う。領の警告が消えていた場合はヴァルハルト負担。御者が指定道を外れた時は商会負担。王家または第三領が道を閉じた時は、双方で遅延費を協議する。
「受領前の天候損を、すべて負うのですか」
「だから六十枚を取ります。それでも荷が半分落ちれば赤字です」
カミラは次の条件へ進んだ。南方商会とカミラの名、品の用途、支払い上限を、積み出す前にヴァルハルト領の名で公表すること。
「秘密に運べば、王都商会は私が共同在庫を抜いたと書けます。北の治癒所向けだと領主が認めれば、公益取引だと争える」
「出発時刻と道まで公表すれば、荷を待たれます」
ガルドが地図へ手を置いた。彼とベルトは、三台を迎えるため騎馬で南へ来ている。
「道と時刻は出しません」
カミラはガルドの手を見た。地図に載せた道を、価格表で覆った。
「私が欲しいのは、隠れていない買い手です。荷の居場所を市へ教えることではありません」
リディアは公開欄と関係者欄を分けた。供給者、用途、最大三百枚は公開。出発日、石折橋、宿、警備交替は、カミラ、御者三人、ガルド、ベルト、アレクシス、リディアだけが読む。
そこまでは、条件を詰められた。エリオが自分の取引控えを机へ出した。
「カミラの荷は、乾燥日と仕入れ先まで私が照合します。前の商談でも――」
「あなたは私を保証しないで」
カミラの声は変わらなかった。エリオだけが、置いた控えへ手を戻す。
「いま、その話をしますか」
「この領があなたの目を担保にするなら、今です」
三年前、南の川が溢れ、カミラの清潔布便が二日遅れた。王都商会にいたエリオへ、倉の取り置きを頼むため、彼女は到着時刻を先に教えた。
翌朝、王都商会は南市に残る乾いた布を買い集めた。遅延が公になると、四割高い値で治癒院と宿へ売った。エリオは到着情報を上役へ渡し、その季節に一つ上の机へ移った。
カミラの布は、二日遅れて着いた時には買い手を失っていた。乾燥倉を一月借り、値を落として農村へ売った。潰れはしなかったが、御者二人を冬まで雇えなかった。
「値を決めたのは私ではありません」
エリオは、言い終える前に帽子を取った。
「そう言ってよい立場でもない。なぜ到着時刻を聞かれたか、分かっていました」
「利益は?」
リディアが尋ねた。机に置かれたエリオの控えは、まだ開いていた。
「昇給と、南荷の仕入れ枠です。現金を直接受け取ってはいません」
カミラの手元に証拠の帳面はなかった。今日の契約を取り消す要求も出さなかった。
「エリオを外せとは言いません。彼の保証だけで、私の荷を信じたことにしないでください」
「なぜ、今まで私たちへ話さなかったのですか」
エリオは帽子の縁を見た。指が一度、古い折り目を潰した。
「話せば取引が減るからです」
リディアは彼の控えへ承認を置かなかった。カミラの品はミナとルッツが受領時に検品し、仕入れ印は別の南方書記と照合する。エリオは価格比較と荷下ろしだけを担当する。
エリオは、自分の荷車三台を追加担保に出すと言った。帽子を机へ置き、窓の外の三台を示した。
「出せません」
リディアは前の試験取引を開いた。三台と南市の倉札は、越冬薬草第一便の返金担保としてまだ封じられている。祭後の継続審査を終えるまで、別の契約へ重ねて置けない。
「解除を急げば」
「エリオさんの便が終わったことにして、カミラさんの便へ同じ物を置くことになります」
エリオは自分の署名を見て、荷車案を引っ込めた。
日が西の屋根へ近づく。会計吏が、ヴァルハルトから持ってきた現金を数えた。
用途を変えられる銀貨は百三十二枚。冬備えの前金、東石橋の仮払い、部分参加契約の共通費を残すと、そこまでだった。
「前払いに四十八枚足りません」
リディアが言った。カミラは価格を下げなかった。
「橋の仮払いを使うなら、その人たちが私の取引へ出資した署名をください。なければ受けません」
アレクシスは残高表を閉じた。窓の外の三台を見た。
「四十八枚は私が出す」
リディアが顔を上げる。アレクシスの視線は、三台から動かなかった。
「残金の担保も、私の資産から置く」
カミラは、何を、いつまで、どこで換金できる資産かと尋ねた。




