封鎖状
解熱薬の棚から五日分を取り分けたあと、ミナは残りを空箱ごと床へ下ろした。
夏第5月の治癒倉庫では、洗浄台の水音が朝から絶えない。可動寝台は祭の時より傷が増え、風除けの板には雨染みが広がっていた。水車は回っても粉代は一・一二倍。東石橋の代わりに使う渡し舟が遅れ、薪と布の到着も半日ずつずれている。
ミナは薬包を一回分ずつ並べた。隣でルッツが、直近七日の投薬帳を読み上げる。普段どおり使えば五日。高熱と術後の患者だけに絞れば、第13日の第1鐘までは保つ。
「予防の分と、痛みが落ち着いている人の分を止めます」
ミナは止める側の盆を、ルッツとの間へ押した。自分の手元だけには置かなかった。
「私一人では決めません。先生も見てください」
ルッツが一包ずつ別の盆へ移す。止める側の盆が厚くなった。
リディアは、倉庫の作業台で王都商会の封を切った。差し戻された荷と同じ青印があり、今度は「優遇見合わせ」ではなく「新規出荷停止」と書かれている。
対象は、薬材、清潔布、保存油、針、記録紙に及ぶ。再開条件は二つだった。
王家標準保証へ復帰すること。または、対象品の三倍に当たる保証金を預け、王都商会の検査人へ倉庫と回収記録を開くこと。
「謝罪文は、どこへ付けますか」
ミナは、リディアが持参した下書きへ顎を向けた。止める側の盆は、まだ二人の間にあった。
リディアは持ってきた下書きを伏せた。冒頭には、ヴァルハルトの地方契約は王家の統一を損なう目的ではない、と書いてある。昨日まで、それを公に示せば取引は戻るかもしれないと考えていた。
「この封鎖状には、謝罪は解除条件として書かれていません」
「書かれていなくても、殿下へ頭を下げたら変わるかもしれません」
ミナの手は、止める薬の盆から離れなかった。
「変わるなら、してください。患者は、広場でどちらの制度が正しかったかを飲めません」
リディアは伏せた下書きの端を押さえた。指先が止まったまま、紙を表へ返した。
「変わるか、確かめます。必要なら私が書きます」
「必要なら、では遅いです」
「今日、第2鐘までに照会を出します」
ミナはそこで頷いた。
封鎖状には、十枚の付属表があった。グレゴールが管理する中央倉は十二地方の在庫をまとめ、熱病や洪水の地域へ優先して回す。昨年、乾燥不良の薬草を回収した際、一つの商会印で納めた荷は発送先まで追えた。地方独自の受領札へ変えられた荷は、二箱が使用後まで見つからなかった。
グレゴールが嫌っているのは辺境の灯の色ではなく、呼び戻せない荷だった。それでも、灰峰と聖鐘へ送るはずだった薬まで、行き先を分けず戻した。地方線を選ばなかった村も、ヴァルハルトの南門を通るというだけで同じ例外へ入れられている。
差し戻し票の附番は、四つの薬箱で一つだった。灰峰の二箱だけを先に渡すと、乾燥不良が見つかった時、同じ番号の残りを南倉から呼び戻せない。リディアは箱ごとに番号を分ける案を附箋へ書いたが、グレゴールの手順では新しい梱包検査からやり直し、最短でも十日かかる。患者の棚は、その十日を待てない。
「三倍の保証金は出せますか」
ルッツは投薬帳の第五日へ爪を置いた。目を上げずに聞いた。
「東石橋の仮払いと、参加契約の共通費を止めれば、一部は」
マルタたちへ渡す金を薬へ動かす。助かった人の生計を、今いる患者の棚へ移すことになる。
「全部は足りません」
リディアは残高の空欄へ、必要額だけを書いた。支払える額の欄は空いたままになった。
アレクシスが城会計から持ってきた残高表にも、同じ結果が出ていた。王家標準へ戻る案は、八地区の参加、保留、離脱をもう一度崩す。三倍保証は、橋の仮払いと冬備えを食う。
二人は会計室へ移り、現金箱を実際に開けた。東石橋の札が掛かった箱には、まだ金を受け取っていない露店主の名が九つある。香辛料売りのハンナが、窓口で最初の仮払金を待っていた。
「今日だと聞いています」
橋の上で代金箱を置いてきた女は、橋の日にも着ていた外套を羽織っていた。香辛料の匂いはもうせず、袖口に川泥の薄い筋だけが残っている。
会計吏が、橋箱から彼女の分を数えた。銀貨が一枚ずつ木皿へ落ちる。これを薬の保証へ移せば、ハンナは次の市で仕入れ直せない。渡してしまえば、王都商会が求める三倍には遠ざかる。
「お支払いします」
リディアが言うより先に、アレクシスが会計吏へ命じた。ハンナは木皿を引き寄せ、枚数を二度数えた。
「残りはいつ」
「損害額の確認後です。日付はまだ出せません」
「橋を壊した水は、待ってくれなかったけどね」
ハンナは受領札へ名を書き、硬貨を内ポケットへ分けてしまった。彼女が出てから、会計吏は空いた分を残高表へ写した。保証金の不足が、その分だけ増えた。
「私が橋箱を薬へ回すと命じれば、今朝の棚は埋まるかもしれない」
アレクシスは蓋を閉じた。硬貨が触れ合う音が、その下で止まった。
「だが、橋で失わせた物を、今日の不足へ無断で使うことになる」
リディアは閉じた箱の上へ指を置かなかった。
「グレゴール本人へ、共同検査だけ先に受ける案を出す」
アレクシスは封鎖状を裏返した。末尾を示した。
「回答期限は?」
「十日です」
「薬は?」
「通常量で五日」
「なら、返事を待つ案は外す」
彼は王都へ出す照会を急送便にするよう命じたが、返答を解決として数えなかった。リディアは王太子宛てとグレゴール宛てを分ける。ユリウスへは、王家の命令で封鎖したかを尋ねる。グレゴールへは、共同検査、回収手順、保証金の減額条件を聞く。
謝罪の下書きは、破らなかった。地方契約の目的と、王家在庫の回収責任を軽視した点を分けて書き直す。していない反逆を認めれば契約を変えられる。実際に見落とした回収手順まで否定すれば、また荷の傷みを隠す。
第2鐘、二通が同じ早馬へ渡された。
倉庫へ戻ると、ミナは止めた患者の名を一人ずつ別紙へ移していた。代わりに使う冷布、湯、休息。今夜から本人へ説明するという。
療養車の脇では、イルマの娘が王都から持ってきた薬包を差し出していた。帰路用に渡された分で、封は切れていない。
「こちらで使えますか」
ミナは受け取らず、ルッツを呼んだ。二人で薬名と処方先を読み、イルマ本人へ、辺境の患者へ回してよいかを尋ねる。
イルマはすぐには頷かなかった。封の切れていない薬包を、娘の手の中で見た。
「帰る時、私には何を使いますか」
「この薬は使いません。熱が出た時の分は別に取ります」
「なら、出します。娘の名は書かないで」
患者一人分にも満たない包みだった。それでも、誰のために渡したかを本人が決め、ミナとルッツが受領した。リディアは領の在庫へ勝手に足さず、イルマの指定欄を作った。
「私も同席します」
リディアが言った。ミナは首を横へ振った。
「薬の話は、私と先生がします。封鎖がいつまでか聞かれた時だけ、来てください」
リディアは口を閉じた。第3鐘の説明時刻だけを受け取った。
午後、エリオが空の荷札箱を抱えて治癒倉庫へ来た。王都商会に属さない商人を六人当たり、二人は在庫なし、三人は青印を見て断り、一人は北へ出す馬を持っていなかった。
「一つだけ、三日で来る道があります」
彼は南道の地図を作業台へ置いた。北街道を外れ、湿地と古い石橋を通る。乾いた季節でも荷車で三日。東石橋を使わず城下へ入れる。
「その道を使う商会は?」
エリオの指が、南市の荷出し所で止まった。そこには三年前の受領印が一つ残っていた。
「南方商会。代理人は、カミラ・レイス」
名前を口にすると、エリオの指先が三年前の受領印を一度こすった。




