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正しい地図、閉じた軍議

薬草一台分を焼いた翌朝、南倉庫の扉には六本の受取札が掛かった。


治癒倉庫、城下の薬舗、北詰所、白石集落、南井戸区、街道警備隊。昨夜戻った二台を秤へ載せると、どこにも予定量は渡せない。リディアは前年の使用量と、今月すでに出た負傷者数を見比べた。


「冬まで保管する分を削らないでください」


単独投薬を止められているミナは、倉庫番と一緒に灰根の包みを秤の皿から戻した。自分だけで薬へ触れず、倉庫番に印を読ませている。


「いま配り切れば、最初の凍傷患者から手が空になります。昨夜の傷は、まだ布と湯で見られる」


壁際にいるベルトの右前腕には、肘の下から手首まで布が巻かれていた。爪に裂かれた箇所は浅いが、腫れのため手甲を着けられない。ガルドが巡回札を受け取ろうとすると、左手で高く上げた。


「荷の確認くらいできます」


「剣を抜けない副官を、今日の街道へ数える気はない」


「左なら笛も吹けます」


「笛だけ吹いて帰ってくる副官なら、最初から置いていく」


ベルトは口を曲げたものの、札を渡した。前線手当は減らさず、今日の仕事を倉庫の人員確認へ替えると、ガルドはその場で勤務表へ書いた。


リディアは、治癒倉庫と北詰所へ先に配り、薬舗分を半量にする案を出した。白石と南井戸へは、必要な患者が出た時点で治癒倉庫から個別に運ぶ。運送回数が増える分は領会計になり、アレクシスが配分欄へ署名した。


「失った一台は?」


「三分の一のままです。補充予定とは書きません」


「よし。次の荷は、同じ坂を通さない」


その一言で、倉庫の机が軍議室へ移った。城の北側にある部屋には窓がなく、壁一面の地図へ、街道、橋、見張り台が色違いの糸で留められている。扉の外に二人の衛兵が立ち、ベルトは倉庫へ残された。


リディアは、トーマの事故日と昨夜の巡回記録を並べた。点検者も時刻も別々なのに、三つ葉形の補修印だけは一致した。


「個人印ではありません。街道補修班の共用印です」


ガルドが担当表を開いた。印を持ち出せた者は八人いる。そのうち五人は、二日とも別の場所で勤務確認が取れていた。


「残る三人の移動を、地図へ重ねたいのです」


リディアは民生街道図へ指を置いた。南見張りから北へ延びる線は、途中で大きく途切れている。


「この空白の先に、別の道がありますね」


アレクシスは答えなかった。ガルドが棚から黒い筒を出すと、彼が手で止めた。


「その図は開くな」


「開かなければ、補修印がどこを通ったか確かめられません」


「確かめるのは私とガルドだ」


「それでは、何を照合したかも、見落としたかも、私には残せません」


「軍道を一冊に写せば、その一冊を奪うだけで、見張りを避けて谷へ入れる」


リディアは民生図の空白を見た。道があると分かった今も、長さ、出口、使える季節のどれも書けない。


「関係者だけが見る原本にします。持ち出しを禁じ、閲覧者を記す」


「あなたの三十日契約には、軍道の閲覧を含めていない」


正しかった。最初の三十日契約で、軍道は写さないと自分も署名した。現地で必要になれば協議するとも書いたはずなのに、協議の先が閉じている。


「必要になった今も、ですか」


「今だからだ」


アレクシスは机の鍵を外し、細い革箱を開いた。中から、角の焦げた急報紙を一枚出す。十二年前の日付で、北の峡門から王都へ援軍を求めていた。


要請は第二鐘に出ている。第四鐘に経路と敵数の再確認命令が返り、王都の出動承認は第六鐘だった。余白には別の手で、守備隊長戦死、第五鐘半とある。


「兄だ」


アレクシスの指は、戦死の字に触れなかった。


「王都は内戦以来、地方軍が虚偽の襲撃を理由に兵を集めることを恐れていた。確認を求めた理由は分かる。兄の方が先に死んだ」


兄の死んだ時刻を見せられても、軍道図を閉じたままでよいとは思えなかった。リディアは急報紙を黒い筒の脇へ戻したが、筒には触れなかった。


「私を調べた時も、そのように理由があったのですか」


アレクシスは革箱からもう一つ、紐で綴じた薄い束を出した。王家祝福局への照会回答と、地方会議の傍聴記録が綴じられている。リディアの名は表に出ず、回覧印にだけ残る書類だった。エルンスト家の債務と、王太子妃教育の日程まである。大広間で婚約が破棄される前から集められていた。


一枚だけ、書類の種類が違った。王宮厨房の夜食受取と、東棟の退室記録を照合した表である。十日に六度、夜食なし。第三夜鐘後の退室が四度。自分でも数えたことのない回数だった。


「私の食事まで調べたのですか」


「公爵家の王宮詰めに、東棟の夜食受取簿と退室簿を閲覧させた。金を握らせて聞き出したわけではない」


「方法を尋ねたのではありません」


アレクシスの返事が止まった。


「領まで三日の旅ができる人間か調べた。働き方も、王都があなたへどれほど依存しているかも知りたかった」


「食べなかった回数は、能力ではありません」


「そうだ。外すべきだった」


彼は表を束から抜いたが、破らず机へ置いた。なかったことにはできない。リディアも返さず、自分を何として数えた資料なのか、最後まで読んだ。


「あなたを雇えば、不具合を直せる。王都との交渉で、私の報告を無視しにくくもなる。両方を見込んだ」


「最初に仰ったことより、ずいぶん厚い資料です」


「見せるのが遅かった」


リディアは、二度とも荷車が坂へ入る直前に灯が消えていると告げた。次の輸送は出発時刻を固定せず、別の灯を通るまで目的の坂を知らせない。その危険情報までは、ガルドが巡回命令へ入れた。


結局、机には二枚の図が残った。民生保守図には、三つ葉印の担当者が通った可能性のある範囲までを書く。軍議図はアレクシスとガルドだけが照合し、結果を封じる。リディアは民生図の表題へ、完全、という語を入れず、軍道未照合と赤で記した。


三人のうち一人は所在が確認できた。残る二人が封印された道を通ったかどうかを、アレクシスはまだ答えなかった。リディアも、二度の到着票と補修担当表の原本を軍議図へ預けず、自分の調査控えへ戻した。


夕刻、南門から早馬が入った。王家の金印をつけた使者は、交代馬を二度継ぎ替え、王都から二日弱で来たという。封には、リディア・エルンスト召還状とあった。


アレクシスが衛兵を下げ、まず彼女へ渡した。リディアは印を確かめ、封を切る。帰参、赦免、王家の秩序、聖女候補の功績。二頁にわたり整った字が続いていた。


王都東治癒院の患者については、一行もなかった。


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