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春のあと、言えなくなったこと⑤

習慣は、気づくと当たり前の顔をして隣に座っている。最初の一週間が過ぎるころには、雪乃の一日の中に、アプリを使う時間が自然に組み込まれていた。朝、支度の前に短いメニューを流す。講義の前、落ち着かないときに数分だけ聞く。夜はベッドに入る前に、少し長めの音声で頭を静かにする。別に、誰かに命令されたわけじゃない。自分で決めて、自分でやっている。そう思っていた。


けれど、数日使わなかっただけで落ち着かなくなる自分に気づいたとき、雪乃は初めて胸の奥に小さな違和感を覚えた。その日は朝から気分がざわついていた。理由ははっきりしない。講義の教室に入った瞬間、いつもより人の声が近く感じられて、座席に着いてからも呼吸が浅いままだった。


使えば楽になる。そう思ってスマホに手を伸ばしかけて、雪乃は一度だけ止まった。そこまでしなくてもいいんじゃないか。少し疲れているだけかもしれない。こんなの、ただの思い込みかもしれない。そう考えた。けれど、考えれば考えるほど、逆に落ち着かなくなった。


結局、休み時間に人気のない階段の踊り場へ行って、短い音声を再生した。いつもの声。いつもの調子。「深呼吸してください。大丈夫。ちゃんと、あなたの悩みも緊張も、私の言う通りに、ほどけていきます」

数分後、胸のざわつきは少し収まっていた。安心した。同時に、その安心に頼ってしまったことが、少しだけ怖かった。

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