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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第98話 オタクは、推しの声を聞きながら隣の男子の癖まで思い出してしまう

鳴海すばるは、推しのアーカイブを“検証素材”として見たくはなかった。


 本当はただ楽しみたい。

 好きな声を聞いて、

 好きなやさしさにやられて、

 好きな切り返しで笑って、

 「はー無理、好き」で終わりたい。


 でも、最近はそれができなくなっている。


 見れば見るほど、

 気づけば気づくほど、

 学校の久瀬湊人の方まで思い出してしまうからだ。


 それは嬉しい話ではない。

 オタクとしては、むしろかなり困る。

 推しを見ているのに、別の誰かが浮かぶ。

 しかもその“別の誰か”は、最近自分が学校で顔色を見てしまう男子だ。


「……最悪」


 夜、自室のベッドに転がりながら、すばるはスマホの画面を睨んでいた。


 今日は、本気で検証するつもりだった。

 言い方は悪い。

 でももう“気のせい”と“気のせいじゃないかもしれない”のあいだで揺れているだけではしんどい。


 だから、今日はあえて意識して見る。

 天瀬アルトの声を聞きながら、

 久瀬の癖を思い出す。


 そして、それでも一致がただの偶然に見えるなら、いったん自分を落ち着かせよう。

 そう思って再生を始めた。


     ◇


 最初に引っかかったのは、相づちだった。


 アルトは、相手が少し長めに話したあとで「うん」と入れる時、ほんの少しだけ語尾が息混じりになる。

 完全な肯定ではなく、

 続きを促す感じの、

 柔らかい「うん」。


 それが好きだ。

 かなり好きだ。

 だからこそ、何度も聞いてきた。


 そして最近、その音を久瀬の「うん」にも感じてしまう。


「……いや」


 スマホを持つ手が少し強くなる。

 たぶん、普通の人はそこまで分からない。

 でも自分はオタクだ。

 推しの声をかなり聞いてきた。

 だから、似た種類の温度へ敏感になってしまう。


 次。

 笑う前の息。

 アルトは、本当に面白い時ほど先に一回だけ少し短く息を吸う。

 そのあと、声を立てすぎないように笑う。

 コメント欄では気づかれないことも多い。

 でもすばるはそこが好きだった。


 そして、その“笑う前の息”を、久瀬が窓際でたまにやる。


「……だめだって」


 また呟く。

 だめだ。

 増える。

 一致ポイントがどんどん増える。


 言葉を選ぶ間。

 やさしい時の引き気味な距離感。

 話す前の小さな呼吸。

 相づち。

 困った時の笑い。

 そして今は、コメントを拾ったあとの「なるほどですね」の落とし方まで重なってきた。


「もうほんとやだ……」


 好きだから見つけてしまうのか、

 見つけてしまうから好きが変な方向へ進むのか、

 もう自分でも分からない。


     ◇


 翌朝、教室へ入ったすばるは、まず久瀬の「おはようございます」で少しだけ頭を抱えたくなった。


 丁寧なのに距離を作りすぎない。

 しかも相手のテンションに引っ張られず、一段だけ落ち着いた温度で置いてくる。


 昨日の夜、アーカイブで聞いたアルトの雑談冒頭の挨拶が脳裏に浮かぶ。

 もちろん完全には違う。

 でも、“相手の呼吸を上げない声”としてはかなり近い。


「……どうした」

 日野が笑う。

「いや」

 すばるは席へ座りながら言った。

「朝から一致ポイント増えた」

 真白がすぐに小さく息を吐く。

「また」

「また」

 紬希は少しだけ困ったように笑う。

 そして久瀬は、やや静かな顔でこちらを見ていた。


「何が増えたんですか」

 彼が聞く。

 その声が、また落ち着いていて困る。


「挨拶の温度」

 すばるは半分やけくそで答えた。

 すると日野が「温度ってなんだよ」と笑い、真白は「でもなんとなくわかる」と言った。

 紬希まで小さく頷く。

「うん」

 ここまで来ると、自分だけの暴走ではなくなってくるから逆に怖い。


「鳴海」

 真白が言う。

「なに」

「もうそれ、ほぼ確信寄りでしょ」

 図星だった。

 すばるは少しだけ言葉に詰まる。

「……寄ってる」

「でも?」

「でも、まだやだ」

「何が」

「答え出るの」

 その本音に、窓際の空気が少しだけ静まる。


 やっぱりそうなのだ。

 知りたい。

 かなり。

 でも、知るのが怖い。


 もし本当にアルトと久瀬が同じ人なら、自分は推しをどう見ればいいのか。

 クラスの近い男子をどう見ればいいのか。

 学校で交わしてきた会話の意味も、推しとして見てきた時間の意味も、少しずつ変わってしまう。


 それが嬉しい方向だけとは限らない。

 むしろ、今のままの曖昧な距離感の方が安全ですらある。


     ◇


 昼休み、すばるは一人でスマホのメモ帳を更新していた。


 一致ポイント

 ・やさしい時の「うん」の置き方

 ・笑う前の息

 ・言葉を選ぶ時の余白

 ・相手の緊張を下げる距離感

 ・挨拶の温度

 ・「なるほどですね」の言い方

 ・相手が話し終わるまでかぶせない癖


「うわあ……」


 書いていて、自分で引く。

 でも止まらない。

 メモへ落とすたびに、“気のせい”ではなく“積み重なった観察結果”みたいな顔をしてくるからだ。


 そこへ、また真白が後ろから来た。


「増えた?」

「増えた」

 もう隠さない。

 真白も最近は、その前提で近づいてくる。


「見せて」

「やだ」

「なんで」

「引かれるから」

「もう今さら」

 その一言があまりにも正しくて、すばるは小さくうめいた。


 結局、最後の二行だけ真白に見せる。

 彼女は少しだけ目を細めて、短く言った。

「……細かい」

「知ってる」

「でも」

「でも?」

「アンタがそこまで具体化できてるなら、もう“何となく似てる”の段階は過ぎてる」

 それはたぶん、今日一番きつい指摘だった。


 何となく似てる。

 その曖昧さの中にいたかった。

 でも今のメモは、もうその曖昧さの避難所を壊し始めている。


「……やっぱ、確かめたくなる」

 すばるが小さく言う。

「でも確かめたら終わる気もする」

「それもわかる」

 真白は珍しく、すぐに否定しなかった。

「今の学校の空気、変わる」

「うん」

「アンタの推し方も変わる」

「うん」

「だから怖い」

 そこまで言葉にされると、すばるはもう頷くしかなかった。


     ◇


 放課後、帰り道。

 すばるは信号待ちで少しだけ空を見た。


 青になる。

 人が流れる。

 五人で渡る。


 前よりずっと近い。

 でも、答えだけがまだ出ていない。

 その中途半端さが今はいちばんつらい。


「鳴海」

 日野が言う。

「なに」

「最近、完全に“答えが欲しい人の顔”してる」

「やめて」

「でもしてる」

 真白も言う。

 紬希は小さく笑うだけだ。

 そして久瀬は、少し困ったようにこちらを見ていた。


 その“困った時の目の細め方”まで、昨夜のアルトと重なってしまう。

 だめだ。

 ほんとうにだめだ。


 オタクは、推しの声を聞きながら隣の男子の癖まで思い出してしまう。

 そして、そこまで来た時点で、もう“ただの気のせい”へ戻るのはかなり難しいのだと、すばるは嫌でも理解し始めていた。

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