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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第93話 新人ライバーは、学校の静かな男子と先輩の声が少しだけ重なる

 小鳥遊絃葉は、自分が思っているよりずっと“声”で人を覚えるタイプだった。


 顔立ちや髪型や背格好ももちろん見る。

 でも、本当に印象へ残るのは、声の置き方だ。


 言葉の終わりがやわらかい人。

 返事の前に一拍だけ置く人。

 相手を急がせないように、ほんの少しだけ速度を落として話す人。


 そういう人の声は、絃葉の中に長く残る。


 そして今、困ったことに、その“長く残る声”が二つ、妙に近い場所で重なり始めていた。


 天瀬アルト。

 同じ箱の、憧れの先輩。

 現場でも画面越しでも、空気を一段落ち着かせてくれる人。


 久瀬湊人。

 学校でたまに話す、静かな男子。

 変に踏み込まないのに、話すと少しだけ呼吸が楽になる人。


 まったく違うはずだ。

 それは頭では分かっている。

 でも“声の置き方”の一部だけが、どうしても重なってしまう。


「……気にしすぎだよね」


 朝、自室で制服のリボンを結びながら、絃葉は小さく呟いた。


 これはたぶん、現場前で神経が過敏になっているだけだ。

 天瀬アルトへの憧れが強すぎて、学校の中の少しやさしい人にまで似た空気を探してしまっているだけ。


 そう思わないと、いろいろ困る。

 学校生活にも、配信活動にも。


 でも、そうやって否定しながらも、頭のどこかではもう一度確かめたくなっている自分がいる。

 その“確かめたい”が何に対してなのかを考え始めると、また胸の中が落ち着かなくなる。


     ◇


 教室へ入った時点で、今日は少しだけ空気が軽かった。


 週の前半にあった張りつめた感じが、完全ではないにせよ少し薄い。

 クラスメイトたちの雑談も、いつも通りのテンポに近い。


 絃葉は席へ着きながら、少しだけほっとする。

 学校が学校のままでいてくれるだけで、今はずいぶん助かる。


 でも、その安心の直後に、また心の別の部分が動く。

 久瀬は今日いるだろうか。

 いたら、昨日より落ち着いているだろうか。

 そんなことを考えるのは、我ながらだいぶ変だと思う。


「おはよう」

 友達に挨拶を返しながら、ふと廊下側を見る。

 姿はない。

 まだ来ていないのかもしれない。


 少しだけ残念に思ってしまってから、自分でびっくりする。

 なんでそこで残念なんだ。

 相手はただの学校の男子で、少し話しやすいだけの人なのに。


「絃葉、また考えごとしてる」

 クラスメイトが笑う。

「そんなに顔に出てる?」

「最近ずっと」

 図星だった。


 現場前でそわそわしている。

 それは間違いない。

 でも最近は、それだけではなくなっている気もする。

 学校の中にも、自分の心拍を少しだけ乱す要素ができてしまった。


     ◇


 昼休み、絃葉は用事で資料室へ寄った帰り、二階の踊り場で久瀬湊人と鉢合わせた。


「あ」

 今度は、ほぼ同時だった。


「こんにちは」

 先に言ったのは久瀬だった。

 相変わらず、静かで、少しだけ温度を下げる声だ。

「こんにちは」

 絃葉も返す。


 階段の途中。

 お互いすぐに通り過ぎてもいい位置。

 なのに、今日はなぜかそのまま一歩だけ会話が続いた。


「今日は」

 久瀬が言う。

「少し落ち着いて見えます」

 その言い方に、絃葉は少しだけ笑ってしまう。

「前が落ち着いてなさすぎた?」

「少しだけ」

 そこで彼も少しだけ笑う。

 その笑い方が、また妙に既視感を呼ぶ。


「……実は」

 絃葉は言葉を選んだ。

 相手に全部話すつもりはない。

 でも、この人には少しだけなら言ってもいい気がする。

「前よりは、心の準備ができてきたかも」

「大事な予定の?」

「うん」

 頷く。

 久瀬は階段の手すりへ軽く指を添えたまま、少しだけ目を細める。


「なら、よかったです」

 それだけ。

 短いのに、ちゃんと気持ちが落ち着く。

 その感覚が、また困る。


「……久瀬くんって」

 思わず言いかける。

「はい」

「人を落ち着かせるの、上手いですね」

 口に出してから、少しだけ恥ずかしくなる。

 でも引っ込められない。


 久瀬はほんの一瞬だけ驚いた顔をした。

 でもすぐに、いつもの少し困ったような笑みに戻る。

「そうでしょうか」

「うん」

 絃葉は素直に頷いた。

「なんか、安心する」

 そこまで言うと、今度は久瀬の方が少しだけ言葉を探す沈黙を見せた。


 その沈黙の置き方。

 視線の落とし方。

 息をひとつ挟んでから返す感じ。


 まただ、と思う。

 また、少しだけ似てる。


「……それなら」

 久瀬が静かに言った。

「よかったです」

 その返し自体は普通だ。

 でも、絃葉にはその“間”が妙に引っかかった。

 まるで、相手が言いやすい温度になるまで少しだけ待つ人の間。


 天瀬アルトにも、そういう瞬間がある。


「どうかしましたか」

 久瀬が聞く。

 絃葉はそこで、はっとした。

 少し長く見すぎていたかもしれない。


「ううん」

 慌てて首を振る。

「ごめん」

「謝ることでは」

「なんか、ちょっと考えごと」

 それも半分本当だった。


 久瀬はそれ以上追わない。

 その“追わなさ”もまた、この人らしい。

「では」

 彼が少しだけ道をあける。

「失礼します」

「うん、また」

 絃葉もそう返す。


 階段を下りながら、心臓が少しうるさい。

 今の会話は、たぶん何でもない。

 でも、その何でもなさの中にある落ち着き方が、やっぱり少しだけ特別だった。


     ◇


 放課後、帰宅してから、絃葉はヘッドホンをつけたままアルトの切り抜きをいくつか見ていた。


 昨日も見た。

 たぶん一昨日も。

 最近それが少し習慣みたいになっている。


 後輩との軽い会話。

 コラボ相手が詰まった時のフォロー。

 場を整える声。


 そして今日の昼に、階段で交わした短いやりとり。


「……やっぱり」


 小さく呟く。

 似てる。

 顔も、雰囲気も、立場も、何もかも違う。

 でも、相手を急がせない間の取り方だけが妙に似ている。


 それは声そのものの高さではない。

 話す速さも、完全に同じではない。

 でも、“相手が落ち着けるまで一拍だけ待つ”あの感じが重なる。


 絃葉は再生を止め、スマホを見つめた。


「……似てる、じゃなくて」


 その先の言葉が出ない。

 似ている、だけではない何かを感じているのに、それを言葉にすると一気に現実味が出てしまいそうで怖かった。


 違う人だ。

 そうに決まっている。

 でも、もし違うのにここまで引っかかるなら、それはそれで自分の感覚の方が変なのかもしれない。


 考えれば考えるほど分からなくなる。

 でも、気になることだけはもう止められなかった。


     ◇


 翌日、学校の昼休み。


 絃葉は購買帰りに、また少しだけ久瀬のことを探してしまっている自分に気づいた。

 探す、というほど大げさではない。

 ただ、廊下の向こうや階段の途中へ自然と視線が向く程度だ。

 でも、それで充分変だった。


 いた。

 二年の階へ上がる階段の下で、誰かと少しだけ話している。

 表情は穏やかで、でも少し疲れている。

 その疲れ方は、最近ずっと見ている“時間に削られている人”の顔だ。


「……やっぱり、気になるな」


 小さく呟く。

 天瀬アルトへの憧れは、相変わらず強い。

 でもそれとは別の場所で、学校の中の久瀬湊人も、確実に気になる側へ入り始めていた。


 学校の静かな男子と先輩の声が少しだけ重なる。

 その違和感はまだ答えにならない。

 けれど絃葉の中ではもう、“ただの気のせい”の場所を少しずつ失い始めていた。

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