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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第89話 秘密はまだバレない。でも、すれ違う距離はもうごまかしきれない

 嫌な予感というものは、具体的な根拠より先に体へ来ることがある。


 鳴海すばるは、その日の放課後、学校近くの駅前へ向かう途中でずっと妙な落ち着かなさを抱えていた。


 理由は分かっている。

 久瀬が今日は少し危ない日だと言っていたからだ。

 大型企画の事前収録だか何だかで、放課後に消える日。

 しかも学校生活の近くまでその“外の顔”が迫ってきているタイミング。


 理屈では分かる。

 でも、理屈で分かることと落ち着けることは別だ。


「……なんか嫌な感じする」


 小さく呟くと、隣を歩く真白が横目で見た。

「朝からずっと言ってる」

「だってするんだもん」

 すばるは唇を尖らせる。

 日野は前の方で「はいはい勘ね」と笑っているが、最近はその勘が妙に当たることをみんな知っている。

 紬希も何も言わないまま少しだけ周囲を見ていた。


 今日は学校の小さなイベントのせいで、下校時間がいつもより少し遅れている。

 駅前の人通りも多い。

 そこへ、AstraLinkの大型企画絡みの何かが近い場所で動いているかもしれない。


 それだけ条件が揃えば、“偶然”という名前の事故はかなり起きやすい。


     ◇


 一方その頃、湊人は駅前から一駅先の商業エリアにいた。


 事前収録は小規模なものだ。

 だが、街頭ビジョンとの連動確認や、短尺コメント撮り、導線テストも兼ねているせいで、現場の空気は思っていたよりずっと“リアル”だった。


 スタッフの無線。

 現地の人の流れ。

 目立たないように待機する関係者。

 そして、同じ箱のライバーたち。


 絃葉もいる。

 今日は打ち合わせの時よりさらに緊張しているのが、声を聞かなくても分かるくらいだった。

 でも、現場ではちゃんとやろうとしている。

 その姿勢は真面目で、見ていて放っておけない。


「小鳥遊さん」

 湊人は天瀬アルトとして声をかけた。

「はいっ」

 やはり、少しだけ跳ねる。

 だが以前よりはましだ。

 慣れ始めているのだろう。


「現場音、少し大きいので」

「はい」

「スタッフさんの合図だけ見ていれば大丈夫です」

「……ありがとうございます」

 そのやりとりをしながら、湊人は同時に別の神経を使っていた。


 この場所は、学校から近い。

 近いということは、学校帰りの人間が偶然通ってもおかしくない。

 しかも今日は、下校時間が少し遅れている。


 つまり、窓際の誰かと、あるいはもっと悪い形で学校関係者と、ここですれ違う可能性がゼロではない。


 その認識が、現場の集中を少しだけ削る。

 だが削られていることを顔に出すわけにもいかない。


     ◇


 駅前の大型ビジョンでは、AstraLink大型企画の先行告知が流れ始めていた。


 まだシルエット中心。

 名前の出ていない参加者もいる。

 でもファンなら十分食いつく程度には情報がある。


「あ」

 すばるが立ち止まる。

「なに」

 真白が聞く。

「あれ」

 指差した先、大型ビジョン。

 流れる映像。

 タグ。

 音は周囲の騒がしさに紛れてはっきり聞こえない。

 でも、視覚だけでも十分だった。


「うわ、ほんとに出してる」

 日野が言う。

「近いね」

 紬希が小さく言う。

 真白は何も言わない。

 ただ、画面を見たあと、周囲の人の流れまで見ている。


 すばるの心臓は、嫌な意味で跳ねていた。

 推しの大型企画だから、オタクとしては見たい。

 ちゃんと見たい。

 でも、今はそれ以上に“ここに久瀬くんの外の顔が近いかもしれない”という感覚の方が強い。


「……やだな」

 小さく呟く。

「何が」

 日野が聞く。

「全部」

 そう答えると、真白が短く言った。

「わかる」

 それだけで少し救われる。


 ビジョン前には人が少しずつ溜まり始めている。

 ファンらしき人もいる。

 普通の通行人もいる。

 学校帰りの制服姿もちらほら見える。


 偶然が起きるには、十分すぎる密度だった。


     ◇


 その頃、絃葉は短い収録待機のあいだ、少し離れた位置で深呼吸していた。


 現場は緊張する。

 でも、アルトがいるだけで少しだけ空気が整う。

 今日もそれは変わらなかった。


 なのに、不意に視線の端へ、見覚えのある制服の色が入る。


 え、と一瞬だけ思う。

 学校の子?

 この時間に、この場所で?


 すぐにそれが誰かまでは分からない。

 だが、その“学校側の気配”が入っただけで、絃葉の中に妙なざわつきが広がった。


 現場と学校が、こんな近さで重なるのはまずい。

 自分でもそう思う。

 それはたぶん、アルトだって同じはずだ。


 絃葉は思わず、少しだけ離れた位置に立つ天瀬アルトの方を見た。

 彼はスタッフと話している。

 表面上はいつも通り落ち着いている。

 でも、ほんのわずかに周囲へ意識を張っているのが分かった。


 やっぱり。

 この人も、今日はかなり神経を使っている。


     ◇


 駅前でビジョンを見上げていたすばるは、その瞬間、本当に嫌な感じを覚えた。


 人の流れの向こう側。

 関係者っぽいスタッフ。

 何かの待機列。

 少し離れたところに、見覚えのある“静かな立ち方”が一瞬だけ見えた気がした。


 気のせいかもしれない。

 でも、すばるの勘は今そう言っていない。


「……真白」

「なに」

「今日、やっぱ嫌な予感する」

 その声は、自分でも少し驚くくらい真面目だった。


 真白はすぐにふざけなかった。

 そこが最近の彼女らしい。

「どの種類」

「……近い」

 すばるは言う。

「近すぎる感じ」

 その表現だけで、真白にもたぶん十分だった。


 日野が笑いを消す。

 紬希も少しだけ息を止める。


 秘密はまだバレない。

 でも、すれ違う距離はもうごまかしきれない。

 そのことを、すばるの嫌な予感がはっきり告げ始めていた。

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