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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第80話 地味男子のまま現場に行くには、スケジュールそのものが敵になる

大型企画が本当に厄介なのは、内容そのものより、時間の食い方だと久瀬湊人は思う。


 目立つ収録があるとか、

 誰かと会うとか、

 そういう派手な部分はまだいい。

 問題はその前後にある。


 事前確認。

 移動。

 機材テスト。

 打ち合わせ。

 待機。

 押した時間の調整。

 終わったあとに必ず発生する追加の確認。


 そういう、表には出ない細かい時間が、学校生活の隙間へじわじわ入り込んでくるのだ。


 しかも、今度のAstraLink大型リアル企画は、それがかなり露骨だった。


 平日夕方の拘束。

 休日の半日以上の確保。

 現地入り時刻の厳守。

 個別動線の確認。

 参加ライバーごとの準備差分。


 企画書の見た目は綺麗だ。

 派手で、夢があって、ファンには楽しい。

 でも実務として読むと、学校へ通っている人間にはかなり厳しい。


「……これ、どうやって普通に通うんだよ」


 金曜の夜、自室でスケジュール表を見下ろしながら、湊人は小さく呟いた。


 家側の問題が一段整理されたと思った直後だ。

 ようやく学校生活への干渉を減らす方向へ舵が切られた。

 窓際の空気も、少しずつ静けさを取り戻し始めた。


 そこへ来て、今度は配信側が現実へ食い込んでくる。


 理不尽だと思う。

 でも理不尽さを嘆いても、スケジュールは減らない。


 スマホのカレンダーを開く。

 学校の予定。

 小テスト。

 提出日。

 クラスの小さな行事。

 そして、AstraLink側の事前収録候補日。


 重なる。

 微妙に。

 だが、その“微妙”が一番厄介だ。


 丸一日休むわけではない。

 でも、平日の放課後が削られる。

 休日の回復時間も削られる。

 つまり、表向きには普通に学校へ来られるぶんだけ、消耗が見えづらい。


「最悪だな……」


 独り言が、静かな部屋へ落ちる。


 学校では地味な男子高校生でいなければならない。

 外では天瀬アルトとして現場へ行かなければならない。

 そのあいだに、家側の連絡も入るかもしれない。


 どれか一つだけなら、まだどうにかなる。

 問題は全部が同時に存在していることだった。


     ◇


 週明けの月曜、教室へ入った時点で、窓際の四人には少しだけ見抜かれていたらしい。


「おはようございます」

 湊人が言うと、日野が「おはよ」と返し、すばるがすぐに目を細めた。

「また増えた?」

「なにがでしょう」

「予定」

 単語が具体的すぎる。

 思わず少しだけ苦笑する。


 真白が席に座ったまま言う。

「今日の顔、先週の“問題がある”顔じゃない」

「うん」

 紬希も小さく頷く。

「追われてる顔」

 そこまで言われると、もう否定しづらい。


「最近ほんとにみんな鋭いですね」

 湊人が言うと、日野が笑う。

「いや、最近の久瀬がわかりやすすぎるだけだろ」

「それ」

 すばるが頷く。

「で、今回は?」

 やはりそこへ来る。

 最近の窓際は、“あるかないか”ではなく“何系の面倒か”まで先に聞いてくるようになった。


「……配信側です」

 答えると、すばるの目がわずかに揺れる。

 だが前みたいに、それだけで変に食いついたりはしない。

 最近のすばるは、そのへんの呼吸もかなりうまくなっていた。


「大型企画?」

 彼女が聞く。

「ええ」

「やっぱり」

 その短い一言に、オタクとしての理解と、クラスメイトとしての心配が両方混ざっているのが分かる。


 真白が腕を組んだ。

「今度は何」

「何、とは」

「家側とは違う疲れ方してる」

 そこはもう、最近何度も言われている。

 でも実際、その通りだ。


「スケジュールです」

 湊人は正直に言った。

「……ああ」

 真白が短く息を吐く。

「時間に食い込んでくるやつ」

 言い方が妙に的確だった。


 すばるもすぐに頷く。

「それはだるい」

「かなり」

 日野が雑に言う。

 紬希は静かにこちらを見ていたが、その目はやはり少し心配そうだった。


     ◇


 一限目のあと、窓際の列だけが自然に“予定表を見る会”みたいな空気になった。


 もちろん実際にスマホ画面を囲んでいるわけではない。

 でも、会話の中身はかなり実務的だ。


「平日のどこが削られるの?」

 真白が聞く。

「来週水曜の放課後が一つ」

 そこは前に共有した日だ。

「あと、金曜も少し怪しいです」

「水曜だけじゃなかった」

 すばるが額を押さえる。

「うわー、それ普通にしんどい」

 オタクとしてではなく、学校生活目線の感想だった。


「休日は?」

 日野が聞く。

「半日以上が一つ」

「だる」

 それだけ聞けば簡単な一言だが、かなり本音なのが分かる。


 紬希が少しだけ考えてから言った。

「平日の放課後が削られると」

「うん」

「学校にいる時間は同じでも、回復がなくなる」

 その表現がひどく正確で、湊人は少しだけ驚いた。

「……そうです」

「それ一番危ないやつじゃん」

 すばるが言う。

 真白も頷く。

「本人だけ“まだ学校来れてるから大丈夫”って思いがち」

「やめてください」

 思わず言うと、真白が即座に返す。

「図星」

 図星だった。


 学校を休んでいない。

 授業も受けている。

 その事実があると、自分ではまだ持っていると思ってしまう。

 でも実際には、放課後と休日の余白が削られることで、じわじわ限界が近づいてくる。


 そういう疲れ方を、真白も紬希も、最近はもうかなりの精度で見抜いてしまう。


     ◇


 昼休み、湊人は一度だけスマホを見て、嫌な意味で肩の力が抜けた。


 AstraLinkから追加連絡。

 収録候補地の一部が更新されたのだ。


 そこへ載っていた地名を見た瞬間、思わず画面を凝視する。


「……近い」


 小さく漏れる。

 近い。

 かなり。


 学校そのもののすぐ横ではない。

 だが、放課後の行動圏としては充分に重なる。

 駅前から二駅。

 大きめの商業エリア。

 街頭ビジョンもあり、収録もしやすく、人通りも多い場所。


 つまり、学校帰りの生徒と、現場入りするライバー側の動線がぶつかる可能性が普通にある。


「最悪だろ……」


 さっきからそればかり言っている気がする。

 でも、そうとしか言えなかった。


 学校では久瀬湊人。

 現場では天瀬アルト。

 その二つの生活圏が、いよいよ物理的に近づいてくる。

 しかも、最近のすばるの勘は妙に鋭いし、真白は疲れ方の違いから別の外の顔まで察し始めている。

 紬希も、言わないだけでかなり見ている。

 朱莉はもう、“秘密が一つではない”前提でこちらを見ている。


 笑える要素が一つもない。


「久瀬くん」

 後ろからすばるの声。

 スマホを伏せるより少しだけ早かった。

「はい」

「今の、たぶんだいぶ悪い?」

 察しが良すぎる。

 最近のすばるは、本当にこういう時だけオタクの観察眼を変な方向へ発揮する。


「……候補地が近いです」

 正直に言う。

 すると、四人の表情が少しずつ変わる。


「近いって」

 真白が聞く。

「学校から」

「そう遠くない場所です」

「うわ」

 今度は全員が近い反応をした気がした。


 すばるが顔をしかめる。

「それ、かなりまずくない?」

「ええ」

「放課後動線と被る?」

 紬希の問いは静かだが、核心だ。

「可能性は高いです」

「最悪」

 真白がまた言う。

 でもその“最悪”の音が、前より少し冷静だった。

 たぶん、もう最近は“最悪の種類”が増えすぎて、逆に整理しながら受け止める癖がついてきたのだろう。


「学校近いところで、そういうのやるの?」

 日野が率直に聞く。

「やる側からすれば」

 すばるが少しだけ苦い顔で答えた。

「人も多いし、街頭ビジョンもあるし、宣伝としてはむしろ良い」

「うわ、オタク目線だと普通に納得できるのがやだ」

 日野が笑う。

 でも笑いながらも、やはりこの問題の嫌さはちゃんと理解していた。


「つまり」

 真白が整理する。

「今度は、秘密そのものが学校へ来るんじゃなくて」

「ええ」

「学校の近くに、秘密の現場が来る」

 その言い方は少し変だ。

 でも、かなり本質だった。


     ◇


 放課後、朱莉へもその話は共有された。


 渡り廊下の端。

 少し人気の少ない場所で、湊人はスマホ画面を見せる。

 朱莉は候補地名を見て、すぐに小さく眉を寄せた。


「近いわね」

「ええ」

「最悪」

 真白と同じことを言う。

 だが、朱莉の“最悪”はもっと実務的だ。


「動線が被るだけならまだいい」

「まだ?」

「学校帰りの生徒がいて、街頭ビジョンがあって、現場入りするスタッフがいて、ライバーの導線がある」

 朱莉は淡々と言う。

「つまり、“偶然見かけた”が成立しやすい」

 その一言で、湊人の背中が冷える。


 偶然。

 いちばん厄介なやつだ。

 警戒していれば防げるものより、日常動線の中で起きる偶然の方がよほど危ない。


「……変えてもらえますか」

 湊人が聞く。

 朱莉は少しだけ考えた。

「可能性はある」

「本当ですか」

「でも、相手は配信側でしょ」

「ええ」

「家側みたいに“学校生活優先で当然”とは思ってない」

 そこが一番嫌なところだった。


 家側は少なくとも、学校生活への干渉を問題として理解し始めている。

 だが配信側の大型企画は、学校生活より企画の成功が優先される可能性が高い。

 特に現場や導線は、“効率が良い場所”がまず選ばれる。

 そこへ高校生活の平穏まで織り込まれることは少ないだろう。


「……本当に、時間そのものが敵ですね」

 湊人が言うと、朱莉は少しだけ目を細めた。

「今さら?」

「今までは人が敵でした」

「で、今は?」

「予定表です」

 そう言うと、朱莉は少しだけ笑った。

「だいぶ追い詰められてるわね」

「ええ」

 そこは否定しない。


     ◇


 帰り道、窓際の五人はいつもより少しだけ静かだった。


 重苦しいわけではない。

 でも、今までの“校門の外の視線”とは種類の違う危機が来たことで、全員が少し整理しきれていないのだろう。


「ねえ」

 すばるが言う。

「なに」

 真白が返す。

「今の話ってさ」

「うん」

「完全に、本人の秘密が学校へ寄ってきてる感じだよね」

 その表現に、誰もすぐには答えなかった。

 でも、否定もできない。


 湊人は少しだけ苦笑する。

「そう言われると」

「かなりそう」

 紬希が小さく言う。

 その“かなり”は、今日いちばん嫌に正しい気がした。


「……どうするの」

 真白が聞く。

「まだ」

 湊人は言葉を選ぶ。

「配信側へ候補地変更が可能か、確認してみます」

「一人で?」

 すばるが聞く。

 そこはもう条件反射みたいになっている。

「まず共有してからです」

 湊人が即答すると、日野が笑った。

「学習してる」

「してます」

「そこだけはえらい」

 すばるが言う。

 真白も小さく頷いた。

 紬希は少しだけ安心したようだった。


 地味男子のまま現場へ行くには、スケジュールそのものが敵になる。

 そして今、その敵はもう学校生活のすぐ近くまで来ている。


 湊人は駅前の信号を待ちながら思う。

 次の一手は、たぶんかなり慎重に打たなければならない。

 偶然だけで守れる距離では、もうなくなり始めているのだから。


     ◇


 夜、自室。


 AstraLinkの管理画面と学校の予定表を見比べながら、湊人は小さく息を吐いた。


 学校。

 配信。

 家側。

 その全部を、それぞれ別の箱に入れて回していたつもりだった。

 でも今は、箱そのものが少しずつ重なり始めている。


 学校近くの収録候補地。

 平日放課後の拘束。

 休日の現地入り。

 そこへさらに、新人ライバーや事務所内の空気まで加わる。


「……本当に、面倒だな」


 独り言は静かだった。

 だが、その静けさの奥には、少しだけ覚悟も混ざり始めていた。


 もう、ただ器用にやりくりしていれば済む段階ではない。

 スケジュールそのものが敵なら、予定そのものへ手を入れるしかない。

 そうやって、また少しずつ“守る側”の動き方を覚えていくしかないのだろう。

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