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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第78話 ツンデレは、知らない業界の話でも“無理してる顔”だけは見逃さない

 柊坂真白は、配信業界のことをほとんど知らない。


 もちろん、言葉としての「配信」くらいは知っている。

 動画があって、

 ライブがあって、

 投げ銭とか登録者とか、そういうものがあるらしいという程度には。

 でも、それ以上の細かい空気は分からない。


 どの事務所がどうとか、

 コラボ文化がどうとか、

 大型企画がどのくらいの重さなのかとか、

 そういう話になると、正直すばるの方が十倍は詳しい。


 だから、久瀬湊人が「配信側の大型企画」と言った時も、真白の中でまず反応したのは内容ではなかった。


 疲れ方だ。


 家側の問題が近づいていた時の久瀬は、もっと張っていた。

 静かで、

 神経が尖っていて、

 少しでも隙を作るとその場ごと冷えそうな、あの感じ。


 でも今は違う。


 今度の疲れ方は、もっと時間に追われる人のものだ。

 予定表の隙間を探しているみたいな目。

 体は学校にいるのに、頭のどこかでずっと別の時刻表が動いている感じ。

 重さの種類が違う。


 何をしているのかは知らない。

 知らなくても、無理の質が違うことだけは見える。


「……面倒」


 朝、制服のスカートを整えながら、真白は小さく呟いた。


 外の顔が一つではない。

 たぶん家側だけでもない。

 そこまではもう察している。


 でも察しているからといって、全部を聞きたいわけではない。

 最近の真白は、そこが少し前の自分と変わったと自覚していた。


 聞いてもたぶん全部は言えない。

 言えない相手へ問いを重ねても、結局困るのはこっちも同じだ。

 なら今必要なのは、正体を暴くことではなく、無理の限界を見逃さないことの方だった。


     ◇


 教室へ入ると、窓際の空気は今日もいつものように見えた。


 日野が「金曜前の木曜って一番中途半端」とわけのわからないことを言い、

 すばるが「それ毎週新しい切り口でだるがってるだけじゃん」と笑い、

 紬希が少しだけやわらいで、

 久瀬湊人はすでに席にいた。


 そこまでは普通だ。

 でも真白には、席に着く前の一瞬でもう分かった。


 今日の久瀬は、また別の疲れ方をしている。


 削れているわけではない。

 家側の件でひどかった時みたいな、見るからにまずい感じでもない。

 でも、落ち着いて見えるぶんだけ逆に危ない。


 表面は整っている。

 その代わり、目の奥だけが忙しい。

 こういう時の方が、本人は“まだいける”と思いがちなのだ。


「おはよう」

 真白が言う。

「おはようございます」

 返事はいつも通りに近い。

 だが、そこで終わらせる気にはなれなかった。


「今日は」

「はい」

「家の方じゃない」

 一瞬、久瀬の表情が止まる。

 それで十分だった。

 図星だ。


 すばるが横で「うわ」と小さく言った。

「真白、それ朝一でいく?」

「だって違う」

 真白は平然と返す。

 紬希は少しだけこちらと久瀬を見比べている。

 日野は「俺にはまだそこまでわからん」と笑ったが、その笑いも半分は本気じゃない。


「違う、とは」

 久瀬が言葉を選ぶ。

「疲れ方」

 真白は短く言い切った。

「前のやつじゃない」

 そこへすばるが小さく頷く。

「それは私も思った」

 やはり、最近の窓際はそのへんの共有が早い。


「今回は」

 真白は続ける。

「時間に追われてる顔」

 教室のこの列だけが少し静まる。

 たぶん、その表現がかなり正確だったからだ。


 久瀬は少しだけ目を伏せた。

「……そうかもしれません」

 否定しない。

 その時点で、もう十分だった。


     ◇


 一限目のあと、窓際の会話は自然とその“時間に追われてる感じ”の方へ寄った。


「大型企画ってさ」

 日野が言う。

「そんなに細かく予定詰まるもんなの?」

「詰まる」

 すばるが即答する。

「いや、見てる側からすると華やかっぽいけど」

「その裏、絶対ぐちゃぐちゃだよ」

 すばるは真顔だ。

「収録、移動、連絡、事前確認、タイムテーブル、全部あるし」

 そこはやはり詳しい。

 真白はその説明の細かさまでは追わない。

 ただ、その話を聞いて、今の久瀬の疲れ方へ少しだけ納得がいく。


 家側の問題は、どちらかといえば圧だった。

 配信側の大型企画は、圧というより浸食だ。

 時間を削り、

 予定を削り、

 学校の外にあるはずの顔が、現実の生活時間へ食い込んでくる。


 そういう類の疲れは、たしかに真白の目から見ても最近の久瀬に当てはまる。


「じゃあ」

 真白が言った。

「次は、“急にいなくなる”じゃなくて、“ずっと何かに追われてる”感じになるわけね」

 それを言葉にされると、久瀬も少しだけ苦笑する。

「……かなり近いです」

「だる」

 すばるが言う。

「かなり」

 日野も同意する。

 紬希は静かなまま、でも少しだけ心配そうにこちらを見ていた。


 真白は、その視線の意味も少しだけ分かる気がした。

 事情は知らなくても、“このままだとまた無理する”という気配だけは共有されているのだ。


     ◇


 昼休み、真白は珍しく自分から久瀬へ話しかけた。


 周りに日野とすばるはいる。

 紬希もすぐ近くにいる。

 それでも、この話は一応、今の窓際の中でしか通じない温度のものだった。


「ねえ」

「はい」

「今度は何の顔?」

 一瞬、すばるが「うわ」とまた漏らす。

 でも止めない。

 止められない。

 今の真白の問い方は、そういう強さがあった。


 久瀬は少しだけ困った顔をする。

「抽象的ですね」

「でも、合ってるでしょ」

 真白は引かない。

「家の方の時と違う」

「……はい」

「じゃあ別の外の顔」

 短く整理する。

 そこへすばるが半分感心したように言う。

「真白、ほんと最近そこだけ鋭い」

「最近じゃない」

「はいはい」

 すばるが笑う。


 だが真白は笑わない。

 今はそこを笑いへ逃がしたくなかった。


「何をやってるかまでは聞かない」

 真白は言う。

「そこはたぶん言えないんでしょ」

 久瀬が少しだけ驚いた顔になる。

 たぶん、最近の真白が“聞かない線”を覚えたことがまだ完全には慣れないのだろう。


「でも」

 真白は続ける。

「どの種類の無理かくらいは知っておきたい」

 そこが本音だった。

 家側の圧なのか。

 配信側の拘束なのか。

 ただの寝不足なのか。

 無理の種類によって、見方は変わる。

 止め方も変わる。


 紬希が小さく頷いた。

「それは、私も」

 すばるも続く。

「わかる」

 日野まで「内容よりまずそっちだよな」と言う。


 そうだ。

 秘密の中身より先に、今どの方向から削られているのか。

 そっちの方が、今の窓際にはずっと大事なのだ。


 久瀬は少しだけ目を伏せ、それから静かに言った。

「……今回は、時間です」

 全員が一瞬止まる。

 家柄でもなく、

 義務でもなく、

 誰かの圧力という言い方でもない。


 時間。


「時間に追われる方の」

 久瀬は続ける。

「疲れ方だと思います」

 その答えに、真白は小さく息を吐いた。

 予想通りだった。

 だからこそ、余計に嫌だと思う。


 時間に追われる疲れ方は、本人が気づきにくい。

 体力的にまだ動けてしまうからだ。

 でも、表情の端や反応の遅さに先に出る。


「じゃあ」

 真白は言う。

「その顔の日は、先に言って」

「え」

「何か大きいのがある日」

 かなり踏み込んだ。

 だが、今はそれくらい言わなければ間に合わない気がした。


「何時から忙しいとか」

「どの日がきついとか」

「そういうの、せめて言える範囲で先に」

 そこへすばるも乗る。

「うん、それ」

 紬希も小さく続けた。

「知らないまま見るより、ちょっと安心できるから」

 日野は「予定共有大事」と妙に気楽に言ったが、内容自体はたぶん正しい。


 久瀬は一瞬だけ、かなり本気で言葉に詰まっていた。

 そこまで踏み込まれると思っていなかったのだろう。

 でも真白は、そこで引かないことに決めていた。


「今のままだと」

 真白は言う。

「また限界まで黙る」

 そこは、もうかなり確信に近い。

 この人は、言える時ほど先に言わない。

 言えなくなってから何とかしようとする。

 それが最近、嫌というほど分かったからだ。


「……そうですね」

 久瀬が小さく言う。

「次は」

 そこで少しだけ苦笑した。

「少し早めに、共有します」

「本当に?」

 真白が聞く。

「ええ」

「曖昧な返事じゃなくて?」

「今回は、かなり本気です」

 その“かなり”に、すばるがすぐ吹き出した。

「出た」

「便利ですよね」

 久瀬が少しだけ困ったように笑う。

 そこへ真白は呆れたように言った。

「そういうとこだけ余裕ある」

 でも、そのやりとりのあとで、窓際の空気は少しだけやわらいだ。


     ◇


 放課後、帰り支度をしている時。

 久瀬が珍しく自分から真白へ言った。


「柊坂さん」

「なに」

「来週」

 その一言で、真白はすぐに彼の方を見た。

「少し忙しい日があります」

 かなり短い。

 でも、今の二人にとってはそれで十分だった。


 来週。

 少し忙しい日。

 つまり、何か配信側の大きい用件が食い込んでくる日なのだろう。


「……いつ」

 真白が聞く。

「水曜の放課後です」

「そう」

 それだけ聞いて、少しだけ頷く。

 内容は聞かない。

 聞いても言えないのは分かっている。

 でも、“その日、何かある”とだけ先に共有されたことが大事だった。


「わかった」

 真白は言う。

「その日は、最初から無理する日って前提で見る」

 そこへすばるが横から割り込んだ。

「え、なにそれ、私も聞きたい」

「共有」

 真白が短く言う。

 日野も「何日?」と聞き、紬希も静かに近づいてくる。


 結局、放課後の窓際はその一言だけで十分だった。

 来週水曜の放課後。

 何かある。

 だから、その日は少しだけ気にしておく。


 たったそれだけ。

 でも、そうやって先に知れるだけで、たぶん今の自分たちはかなり違う。


     ◇


 帰り道、真白は少しだけ思う。


 配信業界のことは分からない。

 大型企画がどのくらい大変かも、正直すばるほどイメージできない。

 でも、久瀬がどんな時に無理をするかは、最近かなり見えてきた。


 秘密の中身より、

 無理の限界の方が先に見える。


 それは変なことかもしれない。

 でも今の自分にとっては、そっちの方がずっと重要だった。


 ツンデレは、知らない業界の話でも“無理してる顔”だけは見逃さない。

 そして一度それを見てしまったら、もう“知らないから関係ない”には戻れないのだった。

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