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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第77話 オタクは、推しの大型企画に沸きながら、隣の男子の顔色も見てしまう

鳴海すばるは、自分が器用なオタクではないと思っている。


 推し事と現実をうまく分けるタイプではないし、

 「これは推し」「これは学校の人」と綺麗に線を引いて生きられるほど整理整頓も上手くない。


 好きなものは好きだし、

 気になるものは気になるし、

 引っかかることはずっと引っかかる。


 そのせいで、最近の自分の頭の中は、かなりうるさかった。


 天瀬アルトの大型リアル企画。

 AstraLink全体がざわつくレベルの大きいやつ。

 公式の先出し映像、参加メンバーの匂わせ、ファンコミュニティの考察、トレンド入り寸前の盛り上がり。


 普通にオタクとして、かなり沸く。


 なのに同時に、その話題が出るたびに、学校で隣の列にいる久瀬湊人の方まで気になってしまう。


 配信側の話でこっちが盛り上がる。

 すると、なぜか久瀬くんがちょっとだけ静かになる。

 あるいは、いつもより一拍遅れる。

 それをまた拾ってしまう。


 最悪だと思う。


 推し案件でテンションが上がってる時くらい、素直にそっちだけ見ていたい。

 でも、最近の自分はそれができない。


「……ほんと面倒」


 朝、自室でスマホを見ながら、すばるは小さく呟いた。


 AstraLinkの大型企画に関するファンコミュニティの投稿が、昨夜からかなり増えている。

 参加メンバー予想、現地収録の形式、街頭ビジョン展開の規模、限定ボイスの有無。

 オタクとしては楽しい。

 かなり楽しい。

 でも、その“楽しい”の奥で別の神経がずっと動いている。


 久瀬くん、またしんどくなるんじゃないかな。

 いや、なんでそこへ行くんだ自分。

 しかも、そこまで思うってことは、やっぱり――。


「……いや、まだだから」


 何に対する否定なのか、自分でもよく分からない。

 でも最近は、そうやって小さく自分へ言い訳することが増えていた。


     ◇


 教室へ入ると、窓際の空気はいつものようでいて、少しだけ週の半ばっぽい緩さを持っていた。


 日野が前の席で「昼まで寝たい」とだらけていて、

 真白が「毎日言ってる」と切り、

 紬希が小さく笑い、

 久瀬湊人はすでに来ていた。


 その瞬間、すばるの中で二つの感情が同時に動く。


 ひとつは普通の安心。

 あ、今日もいるんだ、というやつ。


 もうひとつは、朝からスマホで見ていた大型企画の話題が、その“いる”へひっかかる感じ。

 これからたぶん、あの企画でまた忙しくなる。

 あるいはすでに、少しずつその影響を受け始めている。


 そしてその違和感が、今日も何か顔に出ていないかを、自分は見てしまう。


「おはよー」

 声をかける。

「おはようございます」

 返ってくる声は落ち着いている。

 でも、完全にいつも通りとも言い切れない。

 少しだけ、ほんの少しだけだが、頭の中で別のことを並行処理している人の音だ。


「……あ」

 思わず小さく漏れる。

「なに」

 真白がすぐに反応した。

「いや」

 すばるは首を振る。

「今日も、ちょっとある」

「何が」

 日野が笑う。

「鳴海の“何かを拾った顔”」

「それもう概念になってる?」

「最近はなってる」

 真白が言う。

 紬希も少しだけ心配そうにこちらを見る。


 すばるは自分の席へ座りながら思う。

 最悪だ。

 朝一からもう始まっている。


 推しの大型企画に沸いてるオタクの顔と、

 隣の男子の顔色を見てるクラスメイトの顔が、

 また同時に存在してしまっている。


     ◇


 一限目が終わったあと、すばるはついスマホを開いてしまった。


 公式アカウントの投稿。

 AstraLink大型企画、参加ライバー一部先行公開。

 シルエット、色味、タグ、日程の断片。


 アルトの名前はまだはっきり出ていない。

 でも、出る。

 ほぼ間違いなく。

 ファンコミュニティの空気を見れば、それは明白だった。


「うわ、やば……」


 小さく呟く。

 普通にオタクとして、かなりテンションが上がる。

 大型企画のアルト、絶対に良いやつだ。

 どうせまた、後輩や共演者への距離感が綺麗で、コメント一つで空気を整えて、切り抜きが回るやつだ。

 そういうの、好きだ。

 めちゃくちゃ好きだ。


 なのに、その瞬間にふと顔を上げると、ちょうど久瀬が窓の外へ少しだけ視線を流しているのが見える。


 静かだ。

 静かだけど、あれは普通のぼんやりではない。

 頭の中で何かの予定を組み直している時の顔だ。


「……うわ」


 さっきとは別の意味で、その言葉が出る。

 なんで今、そこで繋がるんだ自分。


「鳴海」

 真白の声。

「はい」

「顔」

「また?」

「また」

 日野が笑う。

「今日は忙しいな」

「うるさい」

 すばるはスマホを伏せた。

「ちょっと今、二方向からやられてる」

「何」

 真白が聞く。

「オタクの脳と」

 そこまで言ってから、少しだけ口を閉じる。

 続きは言いづらい。


 だが、真白は最近そういう“言わないところ”もある程度読む。

「もう片方、久瀬?」

 図星すぎる。

 すばるは一瞬だけ本気で固まった。


「……なんで分かるの」

「顔」

 またそれだ。

 でも最近は、その雑な説明がだいたい正しいから困る。


 すばるは少しだけ机へ突っ伏した。

「大型企画の情報見て普通に沸くじゃん」

「うん」

「でも、その話題が頭にある時に久瀬くん見ると、なんかまた顔違うじゃん」

 そこまで言って、自分でもかなり面倒なことを口にしていると思う。

 でももう、ここまで来ると誤魔化しにくい。


「だから?」

 真白が促す。

「だから……」

 すばるは顔を上げた。

「推しの話でテンション上がるのに、同時に隣の男子の顔色も見てる自分が意味わかんない」

 言い切ると、日野が吹き出した。

 真白は呆れたように目を細める。

 紬希は少しだけ困ったように笑った。


「それ」

 真白が言う。

「かなり末期」

「やめて」

「でもわかる」

 紬希が小さく言った。

 その“わかる”がまた地味に刺さる。

 たぶん彼女も、事情は違っても似た種類の感情を持っているのだろう。


     ◇


 昼休み、窓際の会話はまた自然と大型企画の方へ寄った。


 もちろん、すばるが振ったからだ。


「ねえ」

 パンの袋を持ちながら言う。

「なに」

 真白が聞く。

「もしさ、大型リアル企画ってやつが本格的に来たら」

「うん」

「学校との両立って普通に無理ゲーじゃない?」

 その聞き方は雑だ。

 でも、かなり本気でもある。


 日野が「たしかに」と頷く。

 紬希は静かに久瀬を見る。

 真白は腕を組んだまま、先に答えた。


「今の時点でもう半分無理そう」

「ひどい」

 湊人が苦笑すると、真白はまったく引かない。

「事実」

「でも」

 紬希が言う。

「家側のときと、また疲れ方が違う」

 その観察が鋭い。

 すばるもそこへ乗る。

「そうそう、それ」

「今度は“重い”っていうより“忙しい”に押されてる感じ」

 かなり本音だった。

 そして、その感覚が自分の推し事と繋がってしまうのがまた厄介だ。


「大型企画って」

 日野が言う。

「そんなにすごいの?」

 湊人が答えるより先に、すばるが勢いよく言った。

「すごい」

「早」

「いや、ほんとに」

 すばるは真顔だ。

「現地、収録、コラボ、宣伝、切り抜き、タグ、全部同時に動くやつは、見る側は楽しいけどやる側たぶん死ぬ」

「詳しいな」

 日野が笑う。

「そりゃオタクだから」

 即答したあとで、すばるは少しだけ視線を落とした。


 見る側は楽しい。

 やる側は死ぬ。

 そして今、自分は“見る側として楽しい”と“隣のやる側がしんどそう”を同時に抱えている。


 かなり、ひどい構図だ。


「……鳴海さん」

 紬希が小さく呼ぶ。

「うん?」

「今日、たぶんそれでずっと考えてるよね」

 図星すぎる。

 すばるは苦笑した。

「うん」

「大変そう」

 その言い方がやわらかくて、少しだけ救われる。


「オタクとしては普通に楽しみなの」

 すばるは正直に言う。

「かなり」

「うん」

 真白が聞いている。

「でも、それを考えてると、久瀬くんの疲れ方も急に現実味増すっていうか」

 言いながら、自分でもようやく言葉になる。


 推しの大型企画が嬉しい。

 でもその嬉しさが、学校で久瀬湊人の顔を見ると“現実の負荷”として見えてしまう。

 そうなると、ただ沸いていられない。


「最悪じゃない?」

 すばるが小さく笑う。

「自分が?」

 真白が聞く。

「うん」

「いや」

 真白は少しだけ目を細める。

「それは別に最悪じゃない」

「え」

「普通に、両方見えてるだけ」

 その返しは、思っていたよりやさしかった。

 すばるは少しだけ言葉に詰まる。


 両方見えてるだけ。

 たしかにそうかもしれない。

 推しを好きな自分も、

 クラスメイトの久瀬を気にしてしまう自分も、

 どっちかが間違っているわけではないのだ。


     ◇


 放課後、五人で駅まで歩く道。


 最近ではもうかなり自然になったその並びの中で、すばるは今日一日の自分のぐちゃぐちゃを少しずつ整理していた。


 大型企画でアルトを見たい。

 それは本当。

 めちゃくちゃ見たい。

 きっとかっこいいし、王子様感も増すし、オタクとして普通に楽しみだ。


 でも同時に、学校で久瀬くんを見ると、その企画が“しんどい仕事”として現実味を持ってしまう。

 拘束があって、

 外に出る必要があって、

 たぶん準備もいっぱいあって、

 しかも今の久瀬くんは、もう十分いろんな外圧を抱えている。


 だから、単純に「楽しみ!」で終われない。

 終われない自分が面倒で、でも少しだけ嫌いではない。


「ねえ」

 すばるが前を向いたまま言う。

「なに」

 真白が返す。

「私、最近ほんとにわかんなくなってきた」

「何が」

「推しに沸いてるのか」

 そこで少しだけ言葉を切る。

「隣の男子を心配してるのか」

 その一言に、歩く列の空気が少しだけ静かになる。


 日野が先に笑った。

「両方だろ」

 あまりにもあっさりしていて、逆に少し救われる。

「雑」

 すばるが返す。

「でもそれがたぶん正しい」

 紬希が小さく言った。

 真白も、少しだけ間を置いてから頷く。

「うん」

 その“うん”は、思っていたより否定の少ない音だった。


 両方。

 たぶん、それなのだろう。


 推しとして好き。

 でも、クラスメイトとしても気になる。

 そこに正体の謎とか違和感が混ざって、余計ややこしくなっているだけで、本質は案外単純なのかもしれない。


     ◇


 夜、自室。


 すばるはスマホに映るAstraLinkのタグまとめを見ながら、ベッドへ倒れこんだ。


 大型企画の話題はどんどん増えている。

 ファンは盛り上がっている。

 自分もその一人だ。

 でも、以前のような“ただ嬉しいだけ”ではいられない。


「……もうだめじゃん」


 小さく呟く。


 推しの大型企画に沸いてるのに、

 隣の男子の顔色も見てしまう。

 しかもそれを、自分でももう隠しきれない。


 面倒だ。

 かなり。

 でも今日、真白に「普通に両方見えてるだけ」と言われたのは、少しだけ救いだった。


 たぶん今の自分は、推しを好きなオタクであることと、

 久瀬湊人を気にしてしまうクラスメイトであることの、

 両方を同時に抱えている。


 そのこと自体は、そんなに悪くないのかもしれない。


「……でも、やっぱり嫌な予感するんだよなあ」


 そう呟いて、すばるはスマホの画面を消した。


 大型企画。

 学校へ近づいてくる配信の現実。

 そして、そのたび少しずつ落ち着かなくなる久瀬湊人。


 オタクは、推しの大型企画に沸きながら、隣の男子の顔色も見てしまう。

 それはたぶん、もう“ただの推し活”では済まないところまで、彼女自身の感情が進んでいるということなのだろう。

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