表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/90

第76話 まだ会ったことのない後輩は、同じ箱の中でこっそり憧れている

小鳥遊絃葉は、緊張すると姿勢がよくなる。


 これは本人にも自覚がある癖だった。


 肩が上がるとか、

 指先が落ち着かなくなるとか、

 そういう分かりやすいタイプではない。

 むしろ逆だ。


 背筋がすっと伸びて、

 返事が少しだけ丁寧になって、

 笑うタイミングまで慎重になる。


 だから初対面の人にはよく「落ち着いてるね」と言われる。

 でも本当は全然落ち着いていない。

 緊張して、失敗したくなくて、変なことを言わないようにしているだけだ。


 そして今の絃葉は、ここ最近で一番、その“落ち着いてるふり”が必要な状態だった。


 スマホの画面には、AstraLinkの大型リアル企画メンバー一覧が映っている。

 何度見ても変わらない。

 変わらないのに、何度でも見てしまう。


 先輩ライバーたちの名前。

 大手の中堅組。

 人気の高いコラボ慣れした面々。

 その中に、自分の名前もある。


 小鳥遊 絃葉


 そして、その少し上に。


 天瀬 アルト


「……本当に同じ現場なんだ」


 小さく呟く。

 何度目か分からない確認なのに、まだ実感が追いつかない。


 天瀬アルト。

 AstraLinkの中でも、特別に“空気が綺麗な人”だと絃葉は思っている。


 もちろん数字がすごい。

 登録者数二百万超え。

 グッズも強い。

 記念配信も安定して伸びる。

 女性人気も高いし、男性ファンからも“安心して見られる王子枠”としてかなり支持されている。


 でも絃葉が惹かれているのは、そこだけではない。


 話し方。

 間の取り方。

 相手が話しやすくなる返し。

 後輩が緊張している時に、空気を壊さず一段だけ下げてくれる感じ。

 あの人は、ただ上手いのではなく、やさしいのだ。


 それも、押しつけるやさしさではない。

 相手に気づかれすぎない程度に、でも確実に助けるやさしさ。


 配信者として憧れる。

 同じ箱の後輩として、少しだけ眩しい。

 そして正直に言えば、かなり好きだ。

 もちろん恋愛的な意味かと聞かれると、まだよく分からない。

 でも、少なくとも“会えたら多分かなり固まる”くらいには特別な存在だった。


「どうしよう……」


 また呟く。

 誰もいない自室でよかったと思う。


 大型企画の現場。

 まだ直接会ったことのない先輩。

 しかも相手は天瀬アルト。


 緊張しない方がおかしい。


     ◇


 小鳥遊絃葉は、学校では目立たない。


 それは、隠しているからというより、そういう性格だからだった。


 黒髪を肩の少し下で揃えて、

 声は小さすぎず大きすぎず、

 休み時間は一人で本を読んでいるか、少人数で静かに話していることが多い。

 クラスの中心ではない。

 でも、完全に端でもない。


 先生から見れば「手のかからない真面目な生徒」。

 クラスメイトから見れば「感じのいい静かな子」。

 それが学校での絃葉の立ち位置だった。


 だからこそ、配信では少しだけ別の顔が出る。


 もちろん大げさにキャラを盛っているわけではない。

 でも、好きな話題になると熱が乗るし、

 コメントを拾う時は普段より言葉がやわらかくなるし、

 歌枠や朗読枠では、学校の絃葉とは別人みたいだと自分でも思う。


 そうやって二十万人まで来た。

 AstraLinkの新人としては悪くない。

 むしろ順調な方だとマネージャーには言われている。


 でも絃葉自身の感覚では、まだまだだ。

 まだ新人。

 まだ足りない。

 まだ、先輩たちの隣に並ぶには全然足りない。


 だから今回の大型企画は嬉しい反面、かなり怖い。


 うまくやれるだろうか。

 足を引っ張らないだろうか。

 先輩たちの空気を壊さないだろうか。

 そして何より――天瀬アルトの前で変な後輩にならないだろうか。


     ◇


 翌朝、学校へ向かう足取りはいつもよりほんの少しだけ硬かった。


 緊張すると姿勢がよくなる。

 つまり今の絃葉は、かなり背筋が伸びていた。


 昇降口で上履きに履き替え、

 廊下を歩き、

 教室へ向かう。


 大型企画のことを考えすぎないようにしようと思っても、無理だった。

 今日も授業はあるし、小テストも近いし、普通ならそっちを優先して考えるべきなのに、頭の片隅にはずっとAstraLinkの企画資料が張りついている。


 事前打ち合わせ。

 現地収録。

 先輩ライバーとの顔合わせ。

 天瀬アルト。


 その名前が浮かぶたび、胸の奥が少しだけきゅっとなる。

 どう考えても、平常心でいられるわけがない。


「……落ち着いて、私」


 小さく呟きながら曲がり角を曲がった瞬間、前から来た男子と少しだけぶつかりそうになった。


「あっ」

「すみません」


 お互いに一歩引く。

 その動きがほとんど同時で、逆に少しだけおかしくなりそうだった。


 顔を上げる。

 見慣れた制服。

 同じ学校の男子。

 クラスは違う。

 でも、何度か見たことはある。


 少し目立たない感じの、

 でもなぜか所作が妙に綺麗な男子。

 たしか、転校してきたばかりだとどこかで聞いた気がする。


 久瀬湊人。


 名前はうろ覚えだったが、顔は覚えていた。

 理由はよく分からない。

 ただ、すれ違うと少しだけ印象に残る人だからだ。


「こちらこそ、ごめんなさい」

 絃葉が言うと、彼は少しだけ目を細めた。

「いえ、大丈夫です」

 それだけの短い会話。

 なのに、不思議と変な緊張がほどける。


 声の圧がないからだろうか。

 それとも、相手が必要以上に見てこないからだろうか。

 静かで、でも冷たくない。


「……失礼します」

 絃葉がそう言うと、彼も小さく頷いた。

「はい」

 それだけで会話は終わる。


 廊下を歩き出してから、絃葉は自分で少しだけ首を傾げた。

 今の、何だろう。

 ぶつかりそうになっただけなのに、妙に呼吸がしやすかった。


 緊張していた朝の空気が、一瞬だけゆるんだ気がする。


「……優しい人なのかな」


 小さく思う。

 たぶん、そういうことなのだろう。

 変に踏み込まない。

 でも、ちゃんと相手が落ち着ける間をくれる。

 そういう人は、学校では意外と少ない。


     ◇


 教室へ入っても、その短いやりとりは少しだけ頭に残っていた。


 友達に挨拶を返し、自分の席へ着き、ノートを取り出す。

 その合間にも、さっきの一瞬を思い出してしまう。


 静かだった。

 でも、感じが悪い静かさではない。

 むしろ、こちらが慌てなくて済む静けさだ。


 少し前に、似た種類の空気をどこかで感じたことがある気もした。

 でも、それがどこなのかまではうまく思い出せない。


「絃葉、今日なんか背筋良すぎない?」

 同じクラスの女子が笑いながら言う。

「え」

「いや、緊張してる時の絃葉、わかりやすすぎ」

 絃葉は思わず肩を落とした。

「そんなに?」

「うん」

「……やっぱり」

「なんかあるの?」

「ちょっと」

 そこまで言って、すぐ飲み込む。

 配信のことは学校ではほとんど話していない。

 同じ事務所所属だと知っている友達もごく少数だ。


「まあ、ちょっとだけ大事な予定」

 そう言うと、相手はそれ以上は聞かなかった。

 その距離感はありがたい。

 でも今の絃葉には、聞かれなかったからこそ余計に緊張が残る感じもあった。


     ◇


 昼休み、絃葉は一人で中庭の見える廊下へ出た。


 気分転換だ。

 大型企画のことを考えすぎている時ほど、一度外の空気を見る方がいい。


 スマホを開く。

 事務所内の共有チャット。

 企画進行の確認。

 集合時間の仮案。

 参加メンバーの自己紹介シートの提出期限。


 そこへ、先輩ライバーたちの名前が並ぶ。

 見ているだけで緊張する。


 そしてやっぱり、天瀬アルトの名前で指が止まる。


「……会うんだよね」


 本当に。

 たぶん、画面越しではなく。

 同じ現場で。

 同じ空気の中で。


 絃葉はスマホを胸元で軽く握る。

 嬉しい。

 かなり。

 でも、それ以上に怖い。

 失敗したくない。

 変に舞い上がりたくない。

 できれば、ちゃんと“同じ箱の後輩”として見てもらいたい。


 その時、廊下の向こうからまた人影が来た。

 朝と同じ男子。

 久瀬湊人だった。


 今度はぶつかりそうにはならない。

 ただ、視線が合う。


「あ」

 思わず、絃葉の方が先に少しだけ声を出してしまった。

 久瀬は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに小さく会釈した。

「こんにちは」

 その言い方が、少しだけ丁寧で、でも構えさせない。


「こんにちは」

 絃葉も返す。

 なぜだか、朝より自然に声が出た。


「さっきは」

 久瀬が言う。

「大丈夫でしたか」

 その問いは、本当に何でもない内容だ。

 でも、その何でもなさがありがたい。


「はい」

 絃葉は頷いた。

「こっちこそ、急いでいて」

「いえ」

 彼はそれ以上広げなかった。

 でも、そのまま終わるにも少しだけ惜しい沈黙があった。


 絃葉は珍しく、自分から言葉を足してみる。

「……久瀬くん、ですよね」

 彼は少しだけ驚いたように笑った。

「覚えられていましたか」

「何回か見かけてたので」

「そうですか」

 それだけ。

 でも、その短いやりとりの温度が妙にちょうどよかった。


 学校の中では、こういう会話で十分なのだろう。

 深く踏み込まず、

 でも、ただの無関心でもない。


「じゃあ」

 絃葉が言う。

「失礼します」

「はい」

 また短いやりとりで終わる。


 それなのに、廊下を歩き出したあと、絃葉は朝よりもはっきりと感じていた。


 この人、妙に話しやすい。


 静かだからとか、

 優しいからとか、

 そういう一語では少し足りない。

 たぶん、“緊張している相手に、余計な圧をかけない”空気を持っているのだ。


 その感じが、なぜか少しだけ懐かしい。

 どこかで似たものを知っている気がする。

 でも、それがどこなのかはやっぱり思い出せない。


     ◇


 放課後、帰宅してから絃葉は配信の準備をしながら、何度か久瀬のことを思い出していた。


 もちろん中心は大型企画だ。

 事前確認もあるし、企画の流れも頭へ入れなければならない。

 同期ライバーへ返事もする。

 マネージャーから来ていた修正点も見直す。


 なのに、ふとした時に浮かぶのは、今日廊下で会ったあの静かな男子のことだった。


「……なんでだろ」


 パソコンの前で小さく呟く。


 別に特別な会話をしたわけではない。

 二回すれ違って、少しだけ話しただけ。

 それなのに印象に残っているのは、今の自分が緊張しすぎているからかもしれない。


 緊張している時に、変に明るくされると疲れる。

 必要以上に心配されても苦しい。

 でも、久瀬湊人はちょうどよかった。

 静かで、でも無関心ではなくて、こちらの呼吸を乱さない。


「落ち着く人、なのかな」


 そう言ってみて、自分で少しだけ首を傾げる。

 落ち着く。

 それは絃葉にとってかなり高評価の言葉だった。


 大型企画で天瀬アルトに会えるかもしれない。

 その緊張は相変わらずすごい。

 でも、学校で少しだけ話しやすい人を見つけたことが、なぜか今日は小さな救いみたいになっていた。


 しかも困ったことに、久瀬の持つ静かな空気の中に、ほんの少しだけ“どこかで知っている感じ”が混ざるのだ。


 もちろん、まさか、だ。

 そんなことあるわけがない。


 でも絃葉は、その“まさか”をまだ名前にしないまま、配信準備の画面へ視線を戻した。


 まだ会ったことのない後輩は、同じ箱の中でこっそり憧れている。

 そして学校では、まだ何でもないような顔をして、少しだけ話しやすい地味な男子のことが、なぜかほんの少しだけ気になり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ