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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第75話 画面の向こうの現実が、学校の時間にまで近づいてくる

 月曜の朝は、だいたいろくでもない。


 久瀬湊人は、そういう偏見を持っている。


 もちろん、理屈の上では曜日に罪はない。

 月曜日そのものが悪意を持って何かを仕掛けてくるわけでもないし、日曜の夜にスマホへ届いた通知の内容が重いからといって、それを月曜日のせいにするのも筋違いだとは思う。


 だが、それでも月曜の朝に限って、人生の厄介ごとは少しだけ輪郭をはっきりさせてくる気がする。


 その日もそうだった。


 久瀬湊人は、教室へ向かう前の階段の踊り場で一度だけスマホの画面を見て、小さく息を吐いた。


 AstraLink運営からの連絡。

 件名は、あまりにも業務的で、だからこそ嫌な予感しかしないものだった。


 大型リアル連動企画・正式進行のお知らせ


 昨夜のうちにざっと目は通していた。

 だが、寝て起きても内容が軽くなるわけではなかった。


 むしろ朝の頭で読み返したことで、余計に現実味が増している。


「……ほんとにやるのか」


 思わず小さく呟く。


 大型リアル企画。

 顔出し企画ではない。

 そこは最低限守られている。

 だが、それで安全とはとても言えなかった。


 内容は、事務所合同の大型キャンペーンと連動した現地収録、街頭ビジョン展開、限定コラボ映像、音声素材の新規収録、現場コメント、リアル導線を使った宣伝施策の組み合わせ。

 表向きには、あくまで「VTuberらしい形でリアルと接続する」ための企画だ。


 だが、実務側の文章はもっと露骨だった。


 平日夕方の事前収録あり。

 休日の拘束時間長め。

 参加メンバー間の簡易顔合わせあり。

 現地入り時間は厳守。

 交通導線は個別管理。


 つまり、配信の現実が、これまで以上に“身体を持つ生活”へ食い込んでくるということだ。


 これまでは何とかやれていた。

 学校では地味で目立たない転校生。

 家へ帰れば天瀬アルト。

 時々家側の用件が挟まる。

 その綱渡りを、まだどうにか保てていた。


 けれど、今回の企画は違う。

 これまでの二重生活に、さらに“リアル現場の拘束”が追加される。

 しかも、ここ数週間でようやく整理し始めた家側の学校干渉問題の直後だ。


 笑うしかない。


「……難易度、高すぎるだろ」


 独り言のあと、湊人はスマホをポケットへ戻した。

 こういう時に限って、階段の向こうから聞こえてくる学校のざわめきが妙に遠く感じる。


 廊下の先には、日常がある。

 いつもの窓際の空気がある。

 日野の雑な朝の一言があって、

 すばるのうるさい情報過多があって、

 真白の冷たいツッコミがあって、

 紬希の小さくやわらかい笑いがある。


 そこへ今から混ざるのだ。

 大型リアル企画の通知をポケットに入れたまま。


     ◇


「おはようございます」


 教室へ入って声をかけると、窓際の四人がそれぞれ反応した。


「おはよー」

 すばるが元気に手を振る。

「おはよう」

 紬希が小さく言う。

「おはよう」

 真白は短い。

「おはよ」

 日野は眠そうだった。


 その空気に少しだけ救われる。

 だが、救われると同時に、余計に苦しくもなる。

 守りたいと思ってしまうからだ。


「今日の久瀬くん」

 すばるが言った。

「なにかある顔」

 やはり、そこへ来る。

 最近の窓際は本当に鋭い。


「何か、とは」

 とりあえず聞き返すと、真白が横から言う。

「“考え事してます”じゃなくて、“新しい面倒きました”の方」

 表現がやけに正確で、湊人は少しだけ苦笑した。


「そんなに出ていますか」

「出てる」

 真白は即答。

「かなり」

 紬希も少し迷ってから、小さく頷く。

「昨日までと違う」

 日野が前の席から振り返る。

「え、また何か追加?」

 追加、という言い方に、すばるが吹き出した。

「最近の久瀬くん、厄介ごとがアップデート方式なんだよなあ」

「笑い事ではないんですが」

「でも笑わないとしんどいでしょ」

 すばるはそう言って肩をすくめる。

 そこは少し助かる。


 笑って流せる温度がまだある。

 それだけで、朝の通知の重さがほんの少し薄まる。


「学校の外の話ですか」

 真白が聞く。

 その問いはかなり絞り込んでいる。

 最近の彼女は、“何かある”ではなく“どの種類の何かか”を先に見るようになっていた。


「……ええ」

 湊人は答える。

「新しく、少し」

「少し?」

 すばるがすぐ拾う。

「そこ便利ワード禁止にしたい」

「今はまだ、それくらいしか言えなくて」

「ならまあ仕方ない」

 すばるは珍しくあっさり引いた。

 内容より先に、言える範囲で話そうとしていること自体を受け取ったのかもしれない。


 真白は腕を組む。

「家側?」

「いえ」

 湊人は首を振った。

「今回は、配信側です」

 一瞬、窓際の空気が少しだけ変わる。


 すばるの目がぴくりと動く。

 その反応はかなり自然だ。

 配信という単語が出れば、彼女のアンテナはどうしても立つ。

 だが、今はそこへ飛びつかない。

 飛びつけない。

 最近のすばるは、そのへんのブレーキも覚え始めていた。


「配信側」

 真白が繰り返す。

「つまり、今度はそっちの外の顔」

「……そうなります」

 そこまで言うと、日野が素直に「うわ」と声を漏らした。

「何個あるんだよ、外の顔」

「本当に」

 すばるが小さく言う。

 だがその声は、からかいというより半分あきれていて、半分心配に近い。


 紬希は、ただ静かにこちらを見ていた。

 内容を全部は知らない。

 でも、“また別の種類の負荷が来た”ことだけは、もう充分伝わっているのだろう。


     ◇


 一限目が終わったあと、窓際の列だけが少し静かになった。


 他の生徒たちが移動や雑談でざわつく中、この一角だけが“さっきの続き”を抱えている。


「で」

 真白が言う。

「配信側の何」

 短い。

 でも、今はその短さがありがたい。


 湊人は少しだけ息を整えた。

 全部は言えない。

 だが、今はもう何も言わない方が不自然だ。


「事務所の大型企画が」

「うん」

「正式に動き始めました」

 その説明に、すばるが一瞬だけ固まる。

 大型企画。

 その単語の重さを、彼女はファン側の感覚でも知っているのだろう。


「大きいの?」

 日野が聞く。

「かなり」

 今度の“かなり”は、全員に通じたらしい。

 真白が少しだけ目を細める。

「それは、学校に食い込むやつ?」

「可能性があります」

「うわ」

 今度はすばるがそう漏らした。

「それはだるい」

 かなり本音だ。

 しかも、配信側の具体を知らない真白や紬希にも、その“だるさ”は十分に伝わる。


「平日夕方の拘束と」

 湊人は言う。

「休日の現地絡みが増えます」

「つまり、今までみたいに“帰ったら配信”じゃなくて」

 すばるが言葉を選ぶ。

「外で動くことが増える?」

「ええ」

 湊人は頷いた。

「そういう理解で近いです」

 その答えに、窓際の空気がまた少し静まる。


 真白が最初に言った。

「最悪」

 そこへ日野も頷く。

「なんか、最近ようやく一個片づいたっぽかったのに」

「そう」

 真白が続ける。

「家側の方がちょっと整理されたと思ったら、今度は別方向」

 それはまさにその通りだった。


 紬希が小さく言う。

「……忙しくなる?」

「たぶん」

 そこは正直に答える。

 少しだけ目を伏せたあと、彼女はまた静かに頷いた。

 その頷きの中には、“じゃあまた無理するのかもしれない”という察しがすでに含まれている気がした。


     ◇


 昼休み、湊人はポケットの中のスマホを何度も触っていた。


 運営との連絡スレッド。

 参加メンバー一覧。

 暫定日程。

 収録候補地。

 現地入りの目安時間。


 現実的すぎる。

 そして、その現実が学校生活のすぐ横へ迫ってくる感じが嫌だった。


 どれも表向きには普通の仕事だ。

 人気ライバーとしては、むしろ当然の拡張なのかもしれない。

 でも今の自分には、それが“学校の平穏を脅かす新しい波”にしか見えない。


「……はあ」


 小さく息を吐いたところで、向かいから真白の声がした。

「そこ」

「え」

「また一人で沈むの禁止」

 最近の彼女は、本当にそのへんを見逃さない。


「まだ沈んでは」

「沈みかけてる」

 即答だ。

 すばるも横から覗き込む。

「大型企画って、そんなにだるい?」

 その聞き方は、オタクの興味半分、隣の席の心配半分、みたいな微妙な温度だった。


「……だるい、というより」

 湊人は言葉を探す。

「生活に食い込んできます」

「うわ」

 すばるがまた言う。

「それ嫌」

「嫌ですね」

 湊人も素直に頷いた。

 素直に言葉にしてしまった自分に、少しだけ驚く。

 でも、最近の窓際ではそういう“嫌です”が前より出やすい。


 紬希が小さく言った。

「家側とは違う疲れ方になりそう」

 その表現が妙に正確だった。

「そうかもしれません」

 家側は、緊張と責任と圧力の疲れだ。

 配信側のリアル企画は、拘束と時間と現実の侵食の疲れだ。

 種類が違う。

 でもどちらも、学校生活へとっては厄介に違いない。


「今度は何の顔?」

 真白がぽつりと言う。

 一瞬、意味が取れずに目を上げる。

「え」

「外の顔」

 真白は淡々と続ける。

「家側の時と違う」

「……」

「今回は、どんな顔で消耗してるの」

 かなり核心に近かった。


 秘密の中身を知りたいわけではない。

 でも、疲れ方が違うことは分かる。

 だから“別の外の顔がある”ということも見えてしまう。

 その観察は、最近の真白らしくて、かなり鋭い。


「それ、すごい聞き方するね」

 すばるが苦笑する。

「でもわかる」

 紬希が小さく頷く。

 日野はさすがに「もう外の顔いくつあるんだよ」と笑ったが、その笑いも半分は本気だった。


 湊人は少しだけ苦笑してから答えた。

「……今回は、少しだけ“画面の向こうの顔”が近づいてきた感じです」

 完全な説明ではない。

 でも、今言える範囲では一番近かった。


 すばるの目がまた少しだけ揺れる。

 画面の向こう。

 その言葉を彼女は普通の人より深く受け取るだろう。

 だが、今はそこを追わない。

 追えない。

 ただ、隣の席の男子がそういう言い方をするくらいには、また厄介なものが来ているのだと受け止めるだけだ。


     ◇


 放課後、教室の人数が減っていく中でも、窓際の空気は少しだけ考え込んでいた。


「で」

 日野が言う。

「大型企画って、逃げられないの?」

 率直で、ありがたい質問だった。

「完全には」

 湊人は答える。

「難しいです」

「人気になると大変だな」

 日野は軽く言った。

 その何気ない一言に、すばるが一瞬だけ反応しそうになったが、今日はうまく飲み込んだ。


 真白が腕を組む。

「学校に近い場所でやる可能性は?」

「あります」

「それが一番嫌」

 そこは即答だった。

 紬希も小さく頷く。

「うん」

「まだ決まってませんが」

 湊人は続ける。

「現地収録の候補が、学校からそう遠くないエリアに入っています」

「うわ」

 今度は全員がほとんど同じタイミングでそう思った気がした。


 学校の中で地味な男子高校生。

 外では人気VTuber。

 その二つの生活圏が、物理的に近づいてくる。

 それがどれだけ危険かは、詳しい事情を知らなくても分かる。


「……今の、普通にかなり危ない」

 すばるが言う。

「ええ」

 湊人も頷く。

「だからこそ、少し整理しないと」

「一人で?」

 真白がすぐに聞く。

「いえ」

 そこは即答した。

 最近の学習成果だ。

「まず共有します」

 その答えに、真白が小さく頷く。

 すばるも「よし」と言い、紬希は少しだけ安心したようだった。

 日野は「それだけでだいぶ成長」と笑う。


     ◇


 夜、自室。


 湊人はAstraLinkから送られてきた参加メンバー一覧を、もう一度見直していた。


 先輩ライバー数名。

 同期枠。

 若手中堅。

 そして新人枠。


 その中に、一つだけ見慣れない名前がある。


 小鳥遊 絃葉


 まだ登録者数二十万前後の新人。

 名前だけは知っている。

 事務所内でも真面目で、伸びがきれいで、先輩への距離感が丁寧すぎると少し話題になっていた。


 直接会ったことはない。

 ボイスチャットでの全体会議に一度か二度、同席した程度だ。

 だが、今回の大型企画では、その距離が急に縮まる可能性がある。


「……後輩まで入るのか」


 小さく呟く。


 ただでさえ、配信の現実が学校生活へ近づいてくるのが厄介なのに、ここへ同じ箱の新人まで加わる。

 しかも、現場で会えば向こうは天瀬アルトとしての自分を見る。

 学校で会えば、ただの地味な転校生・久瀬湊人だ。


 面倒だ。

 かなり。

 でも、たぶんこれが次の波なのだろう。


 画面の向こうの現実が、学校の時間にまで近づいてくる。

 その最初の合図は、想像以上に静かで、そして確実だった。

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