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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第73話 守ってもらった人間は、今度は自分でも守りたくなる

守られることに慣れるのは、たぶんあまり健全ではない。


 久瀬湊人は、金曜の夜、自室のベッドに腰を下ろしたままそんなことを考えていた。


 ここ数日で起きたことを順に並べれば、たしかに自分は守られていた。


 真白には、異常事態の前に言えと釘を刺された。

 すばるには、細かい違和感を拾われて、軽い言葉のまま逃げ道を潰された。

 紬希には、弱っている時ほど静かに近くまで来られて、言葉をごまかせなくなった。

 日野には、気楽な顔で「あとで知る方がだるい」と正論を置かれた。

 朱莉には、正面からぶつからず盤面を変えるやり方を見せられた。


 誰も、露骨に「守ってあげる」なんて言わない。

 でも結果として、自分が一人で崩れる道はかなり減っていた。


 ありがたい。

 かなり。

 そして同時に、そのありがたさに甘えている自分も少しだけ嫌だった。


「……これじゃ、だめだよな」


 小さく呟く。


 窓際の空気を守りたいと思っているのは自分も同じはずなのに、

 今のところは守ってもらってばかりだ。


 もちろん、事情の中心にいるのは自分なのだから、完全な対等ではいられない。

 それは分かっている。

 でも、それを理由に受け身のままでいていいわけでもない。


 文化祭の頃には、ただ“普通に混ざりたい”と思っていた。

 打ち上げに行けなかった夜には、“来たかった”と痛感した。

 スーツの男が教室へ来てからは、“壊されたくない”が加わった。

 そして今は、そこからさらに一歩進んでいる気がする。


 守ってもらったからこそ、今度は自分でも守りたくなる。


 それはたぶん、秘密を隠すための防衛とは少し違う。

 もっと私的で、

 もっと面倒で、

 でもずっと正直な動機だ。


 窓際のあの空気を、

 何もない顔で笑える放課後を、

 これ以上、自分の外側の事情で削りたくない。


 そう思ってしまった時点で、もう前の自分には戻れないのだろう。


     ◇


 月曜の朝、教室へ入ると、窓際の空気はまた日常の形をしていた。


 日野が「週明けとかいう概念なくならない?」とだるそうに言い、

 すばるが「それ毎週言ってる」と笑い、

 真白が「なくなるわけないでしょ」と切り、

 紬希がそのやりとりを聞いて少しだけ笑う。


 そして、そこに今日も自分がいる。


「おはようございます」

 声をかけると、それぞれ返事が返る。

 その温度が最近はもう、かなり近い。

 近いからこそ、湊人は今朝、少しだけ違うことを思った。


 守られているだけでは、もう気持ちが悪い。

 だから今日は少しだけ、自分の方から動きたい。


 ただし、前みたいな単独行動ではない。

 窓際の皆に止められて、朱莉に切られて、担任にも少し話したあとで、それだけはもう分かっている。

 必要なのは、“一人で抱え込まずに、自分の側の線をはっきりさせること”だ。


「今日」

 真白がいつものようにこちらを見る。

「はい」

「変な顔してない」

 その言い方に、すばるがすぐ笑う。

「そこ判定基準なんだ」

「大事」

 真白は本気だ。

 紬希も少しだけ安心したように見える。

 日野は「生存確認クリア」と適当なことを言った。


 その軽さに救われながら、湊人は少しだけ思う。

 こういう何でもない確認を、そろそろ“守られる側の特権”みたいに受け取るのはやめたい。


     ◇


 二限目のあと、短い休み時間。


 窓際の会話が一段落したところで、湊人は自分から口を開いた。


「少し、共有があります」

 一瞬、四人の視線がきれいに集まる。

 最近では珍しくない光景になりつつあるが、自分から言うのはまだ少し緊張する。


「なに」

 真白が聞く。

「何かあった?」

 すばるも続く。

 紬希は静かに待っていて、日野は「今の言い方ちょっと会議っぽいな」と笑った。


 その軽さに少しだけ助けられながら、湊人は続ける。


「家側へ」

「うん」

「学校生活への干渉について、もう一段強く伝えようと思っています」

 教室のこの列だけ、空気が少しだけ変わる。


 すばるがまず瞬きをした。

「え」

 真白は腕を組む。

 紬希は小さく息を止めた。

 日野だけが「お」と、少しだけ前向きな反応をする。


「今まで」

 湊人は言葉を選ぶ。

「学校へ影響が出るのは避けたい、と曖昧には言っていました」

「うん」

 真白が促す。

「でも、もうそれでは足りない気がして」

「……そうね」

 真白が小さく言う。

 そこはすぐ理解された。


「校門の外の視線も」

 湊人は続ける。

「教室へ来た人も、全部ひっくるめて」

「うん」

「“学校生活にこれ以上触れさせない”方向で、きちんと条件を出します」

 その言い方は、ここ数日の自分の中ではかなり強いものだった。


 真白が少しだけ目を細める。

「条件」

「ええ」

「できるの」

 すばるが聞く。

 疑っているわけではない。

 たぶん純粋に、そこまで言える立場なのかを確認しているのだ。


「……完全に通るかは分かりません」

 正直に言う。

「でも、言わないよりはずっとましだと思っています」

 それはかなり本音だった。


 紬希がその言葉を聞いて、少しだけやわらいだ顔になる。

「自分で、言うんだ」

「はい」

 湊人は頷く。

「今までは、黙って耐える方がましだと思っていました」

「うん」

「でも、それで守れないものが増えたので」

 そこまで言うと、四人とも一瞬だけ静かになった。


 守れないものが増えた。

 その中には、学校生活も、窓際の空気も、たぶん四人それぞれとの距離も含まれている。

 そこまで言葉にされると、みんなが少しだけ息を止めるのも当然だった。


「……そっか」

 最初に返したのはすばるだった。

 その一言は、軽くはない。

 でも重すぎもしない。

 ちょうど、今の話をちゃんと受け取った人の声だ。


「いいと思う」

 紬希が小さく言う。

「うん」

 日野も頷く。

「そこまで行った方がいい段階かもな」

 真白は少しだけ沈黙してから、低く言った。

「ようやく、って感じ」

 厳しい。

 でも、その厳しさの中に安堵が混ざっているのが分かる。

 やっと受け身だけではなくなったことへの安堵だ。


     ◇


 昼休み、湊人は一人で屋上へ行こうとした。

 もちろん単独行動をするつもりではない。

 ただ、家側へ送る文面を少し整理したかったのだ。


 だが、教室を出たところで真白に止められた。


「どこ」

「え」

「今の流れで一人になるの、なし」

 相変わらず容赦がない。

 そこへすばるも来る。

「しかも絶対“ちょっと整理してきます”とか考えてたでしょ」

 そこまで見えるのか、と苦笑しそうになる。

 だが、最近はもう驚かない。


「……文面を考えたかっただけです」

 正直に言うと、紬希が少しだけ目を上げた。

「ここじゃだめ?」

 その問いが、妙に胸へ残る。


 ここじゃだめ?

 つまり、教室のこの空気の中で整理していいのではないか、ということだ。

 少し前の自分なら、それはできないと思っただろう。

 でも今は、少しだけ違う。


「……だめでは、ないです」

 答えると、すばるが小さく笑う。

「じゃあ決まり」

「なにが」

「逃がさないで文面考える会」

「名前が雑」

 真白が言う。

 でも、否定はしない。

 日野まで巻き込まれて、「俺こういうのいても役に立たなくない?」と言いながら席を寄せてきた。


 結局、昼休みの窓際は妙な空気になった。


 家側へ何をどう言うか。

 どこまで強く書くか。

 学校生活への干渉をどの言葉で区切るか。

 そんな話を、クラスの昼休みの一角でやっている。

 どう考えても少し変だ。

 でも、それが今の自分たちだった。


「まず」

 真白が言う。

「“曖昧な配慮をお願いする”じゃ弱い」

「うん」

 すばるが頷く。

「“学校生活への干渉を避けてください”は必要」

 紬希も静かに続ける。

「“学校周辺での接触も含めて”って入れた方がいいかも」

 日野が珍しく真面目に口を挟む。

「教室来た件も、一回明確に入れといた方がいいんじゃね?」

 それが意外なくらい的確だった。


 湊人は、その意見を聞きながら少しだけ不思議な気持ちになる。

 少し前までなら、自分の“外側の問題”へここまでみんなを近づけるのは怖かった。

 でも今は違う。

 ここまで言葉にしなければ守れないものがあるのだと、もう全員が理解している。


「……ありがとうございます」

 思わず言うと、すばるがすぐに言った。

「そこ礼じゃなくて、ちゃんと送る」

「ええ」

「ほんとに?」

 真白が聞く。

「ほんとに送ります」

「ならいい」

 短い。

 でも、その“ならいい”が今日は少しだけやわらかい。


     ◇


 放課後、駅までの道はいつもより静かだった。


 重いわけではない。

 ただ、みんな少しずつ、昼休みの“文面考える会”のことを反芻している感じがある。


「なんかさ」

 すばるが言う。

「今日ちょっと不思議だった」

「何が」

 真白が聞く。

「久瀬くんの事情っぽいことなのに、みんなで文章直してたの」

 その言い方に、日野が笑う。

「たしかに」

「でも」

 紬希が小さく言う。

「もう、それだけじゃないから」

 その一言に、誰もすぐには返さなかった。


 それだけじゃない。

 つまり、“久瀬くん個人の事情”ではもう収まらない。

 学校生活側の問題でもあり、

 窓際の時間を守る話でもあり、

 みんなの放課後の空気を守る話でもある。


 そうやって言葉にしてしまうと、もうかなり戻れないところまで来ているのだと思う。


「……そうだな」

 日野が珍しく静かに言う。

「今のは俺もわかる」

 真白も頷いた。

「うん」

 すばるは少しだけ空を見てから笑う。

「じゃあもう、完全に共同体じゃん」

「言い方が雑」

 真白が返す。

 でも、その言い方を完全には否定できない自分もいる。


     ◇


 夜、自室。


 湊人はスマホの画面に、家側へ送る文面を映していた。


 何度か書き直した。

 いや、正確には、昼休みに皆と一緒に輪郭を作った言葉を、自分の責任で整え直していた。


 学校生活への干渉をこれ以上許容できません。

 学校周辺での接触、関係者の観察行為、校内への直接接触を含め、即時の見直しを求めます。

 必要な連携は、私個人への事前通知を前提としてください。


 そこまで書いて、少しだけ指が止まる。

 強い。

 かなり。

 でも、今の自分にはそれくらいでちょうどよかった。


 守ってもらった人間は、今度は自分でも守りたくなる。

 それはたぶん、ただの恩返しではない。


 自分の学校生活を、

 窓際の空気を、

 あの少し静かな放課後を、

 これからも続けたいと思ってしまったからだ。


「……送るか」


 小さく呟いて、湊人は送信ボタンを押した。


 返事はすぐには来ないだろう。

 でも、それでよかった。

 今日は、自分がちゃんと“守る側へ一歩出た”こと自体が大きいのだから。

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