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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第70話 ツンデレとオタクと静かな子が揃うと、地味男子の逃げ道が消える

金曜の朝、久瀬湊人は教室の扉を開ける前から、今日は少しまずいかもしれないと思っていた。


 理由ははっきりしている。


 昨日の昼休み。

 倉科紬希が静かに怒った。

 “大丈夫じゃない時に大丈夫って言わないで”と、かなり本気の声で。

 そのあと、自分は思わず「ごめんな」と返した。


 あれで、たぶん一段進んでしまった。


 何が、とはうまく言えない。

 でも少なくとも、窓際の空気の中で、自分だけが曖昧な言い方や整えた言い回しへ逃げる余地は、昨日までよりかなり減った気がする。


 真白はもともと逃がしてくれない。

 すばるは軽く見えて、核心の逃げ道を潰す。

 紬希は静かだが、いちばん深いところへ真っ直ぐ入ってくる時がある。

 日野は気楽な顔で一番現実的なことを言う。


 その四人がそろっていて、さらにここ数日で“学校の中を守る”という共通認識まで持ってしまった。


 そんな状態で、これ以上自分だけがうまく誤魔化し続けられると思う方がたぶん甘い。


「……包囲網、か」


 自分で昨日言った言葉を思い出し、少しだけ苦笑する。

 冗談半分のつもりだったのに、今朝の気分としてはかなり正確だった。


     ◇


 教室へ入ると、窓際の空気はいつも通りのようでいて、やっぱり少しだけ違った。


 日野が前の席でぐだっとしている。

 すばるはスマホを見ながら「朝から情報量多い」と何か騒いでいる。

 真白はその横で「うるさい」と言いながら、でも完全には無視していない。

 紬希は静かに席へ着いて、少しだけこちらを見た。


「おはようございます」

 声をかけると、四人がそれぞれ返す。

 そのうち、真白が一番最初に異変を拾った。


「今日は」

「はい」

「昨日よりはマシ」

 そこへすばるが即座に乗る。

「わかる」

「生存判定?」

 日野が笑う。

「毎日必要でしょ、最近は」

 すばるが言う。

 紬希も小さく頷く。

「うん」

 その“うん”が、やけに本気だった。


 湊人は少しだけ困ったように笑う。

「最近、朝の第一声がそれですね」

「アンタが安定しないから」

 真白が言う。

「そこまでですか」

「そこまで」

 即答だった。


 少し前なら、この手の会話はもう少し軽かった。

 今は違う。

 軽口の形をしていても、ちゃんと“見ている”が入っている。


 そしてそれが、自分には少し苦しく、でも少しありがたかった。


     ◇


 一限目のあと、すばるがいきなり机へ身を乗り出した。


「確認なんだけど」

 嫌な予感しかしない前置きだ。

「何でしょう」

「今日、勝手に一人で動く予定ある?」

 単刀直入すぎる。


 前の席の日野が吹き出し、真白は「朝からそれ聞く?」と呆れたように言う。

 だが、その目は否定していない。

 むしろ“先に聞いておくのは正しい”側だ。

 紬希も何も言わないまま、こちらを見ている。


「……ないです」

 湊人が答えると、すばるは少しだけ疑わしそうな顔をした。

「ほんとに?」

「今日は」

「“今日は”ってつけた」

 即座に拾われる。

 やはり逃げ道は細い。


「じゃあ言い直します」

 湊人は少しだけ息を吐いた。

「今日、勝手に一人で動く予定はありません」

「よし」

 すばるが満足そうに頷く。

「そこまで必要?」

 日野が笑う。

「必要」

 今度は真白が即答した。


「昨日まででわかったでしょ」

 真白は言う。

「この人、少しでも隙あると“自分で確認してきます”やろうとする」

「言い方」

 湊人が苦笑すると、真白は小さく息を吐いた。

「事実」

 そこへ紬希が静かに重ねる。

「心配になるから」

 その一言で、窓際の空気が少しだけ静まる。


 昨日の延長だ、と湊人は思う。

 紬希が一度怒ってしまったあとは、その真っ直ぐさが前より少しだけ表へ出るようになった。

 静かなままなのに、逃がしてくれない。


「……心配かけてすみません」

 そう言うと、今度はすばるが手を上げた。

「はい、それ禁止」

「鳴海まで」

「だって最近それ言うたび会話リセットしようとするじゃん」

 かなり鋭い。

 しかも、たぶん正しい。


 謝ればその場は一応収まる。

 でも、それで本質が進んだことは一度もない。

 むしろ最近は、謝罪が一番安い逃げ道になりかけている。


「じゃあ何て言えば」

 思わず聞くと、すばるは少しだけ考えた。

「次しない」

「それ昨日も言った」

 紬希が小さく言う。

 その指摘が地味に痛い。


 真白は腕を組んだまま、淡々と続ける。

「要するに」

「はい」

「一人で抱え込む流れに戻ろうとしたら止める」

「かなり強いですね」

「そうしないと止まらないから」

 そこへ日野も笑いながら頷いた。

「まあ実績あるしな」

 ひどい。

 でも、反論しにくいのも事実だった。


     ◇


 昼休み、窓際の会話は、気づけば“最近の久瀬湊人の扱い方”みたいな妙な方向へ転がっていた。


「で」

 日野が言う。

「今の久瀬って、なんか取り扱い注意マークついてない?」

「ついてる」

 すばるが即答する。

「早」

 湊人が苦笑すると、真白が横から言う。

「でも爆発物って感じじゃない」

「じゃあ何」

「一見普通だけど、目を離すと勝手に危ない方へ行くやつ」

「だいぶひどい」

 そこへ紬希が少しだけ困ったように笑う。

「でも、わかる」

「倉科さんまで!?」

 湊人が思わず言うと、すばるが笑った。

「ほら、もう四面楚歌」

「五面では」

 日野が言う。

「俺もいるし」

「それ言うと日野が敵側みたいになる」

「違うの?」

 真白がさらっと言って、また小さな笑いが起きる。


 笑いながらも、会話の中身はかなり本気だ。

 しかも全員、少しずつ役割が違う。


 真白は最初に異変へ気づく。

 すばるは細部の違和感を拾う。

 紬希は深いところで止める。

 日野は軽さを残したまま一番単純な正論を言う。


 そうして並べると、たしかに逃げ道が少ない。

 自分でも少しだけ笑いたくなってくるくらいだ。


「なんか」

 すばるがパンを持ったまま言う。

「完全に連携してるわけじゃないのに、結果として包囲網できてるの面白くない?」

「面白くはない」

 真白が切る。

「必要だからなってるだけ」

「でも結果的に強い」

 日野が笑う。

 紬希は小さく頷いた。

「うん」

 そして、その“うん”がまた地味に強い。


 湊人は少しだけ目を伏せる。

 面白い、というより、ありがたくて困るのだ。

 ここまで逃がされないと、自分がどれだけ“言わずに抱える”側なのかを嫌でも自覚するから。


     ◇


 午後の授業が二つ終わったあと、五人は自然とまた同じタイミングで席を立った。


 もはや説明もいらない。

 誰かが先に出て行き、

 誰かが残る、

 という形の方が不自然になってきている。


 廊下を歩きながら、すばるが小さく笑った。


「ねえ」

「なに」

 真白が聞く。

「これ、もう半分くらい“監視”では?」

「アンタが言うと語弊ある」

 真白が返す。

「でもまあ」

 日野が笑う。

「見てるのは事実」

「見るっていうか」

 紬希が静かに言う。

「変な方向へ行かないように、近くにいる感じ」

 その表現が一番しっくり来る気がした。


「……それ」

 湊人がぽつりと言う。

「何でしょう」

 真白が聞く。

「だいぶ逃げ場ないですね」

 その一言で、今度は全員が少しだけ笑った。


「今さら」

 真白。

「遅い」

 すばる。

「気づくの」

 紬希。

「まあでも」

 日野が最後に肩をすくめた。

「薄々わかってるから、ってやつだろ」

 それがたぶん、全部だった。


 みんな薄々わかってる。

 何か外側にある。

 久瀬は一人で抱え込む。

 一人で抱え込むとろくなことにならない。

 だから、自然と近くにいて、問いを増やして、逃げ道を減らす。


 そういう流れが、もうかなり完成している。


     ◇


 帰り道、駅前までの途中で、久瀬はふと思った。


 これを束縛だと感じる人もいるのかもしれない。

 逃げ場を減らされて、

 勝手に判断しないよう釘を刺されて、

 ちょっとした違和感まで見逃されない。


 たしかに、形だけ見ればそうだ。


 でも今の自分には、それが少しも嫌ではなかった。

 面倒だとは思う。

 かなり。

 けれど、その面倒さは孤立の反対側にある。


 一人で抱え込んで何かを決めようとした時、

 それを止める人がいる。

 問いを投げる人がいる。

 “勝手にするな”と言う人がいる。

 そのこと自体が、最近の自分にはもうかなり救いになっているのだろう。


「……なんでこうなるんだ」


 小さく呟くと、すぐ横のすばるが反応した。

「なにが」

「いえ」

「今の絶対なんか思ったでしょ」

「思いましたが」

「共有」

「すぐそれ」

 真白が言う。

「でも必要」

 紬希も続く。

 日野が吹き出した。

「もう完全にだな」

 完全に、という言葉の中身を、今の五人はたぶん全員わかっていた。


     ◇


 夜、自室で一人になったあと、湊人は机に肘をつきながら考えていた。


 ツンデレと、

 オタクと、

 静かな子と、

 気楽な男子友達。


 そんな組み合わせが揃うと、地味男子の逃げ道は本当に消えるのだな、と妙なところで感心してしまう。


 ただし、それは悪い意味だけではない。

 逃げ道が消えるぶん、一人で無茶をする余地も減る。

 そして今の自分には、その方が少しだけ正しいのかもしれない。


「……包囲網、強いな」


 小さく呟く。

 でも、口元には少しだけ笑いが残っていた。


 ツンデレとオタクと静かな子が揃うと、地味男子の逃げ道が消える。

 そして、その逃げ道のなさが、最近の久瀬湊人には思っていた以上に心地よくもあったのだった。

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