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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第61話 オタクは、推しを追う目で不審者もちゃんと見る

鳴海すばるは、自分の観察眼をあまり立派なものだと思ったことがない。


 便利だとは思う。

 でも、便利な方向がだいぶ偏っている。


 配信中に推しの声がいつもより少し低いとか、

 コラボ相手に対する距離感がちょっとだけ違うとか、

 笑い方のあとに一拍だけ沈黙が入ったとか。

 そういう、“普通の人はそこまで見ないだろ”みたいなところばかりを拾ってしまう。


 だから学校生活でその能力が役に立つかというと、微妙だった。

 テストの傾向を読むとか、

 先生の機嫌を察するとか、

 そういう一般的な方向へは、そこまで強くない。


 なのに今、なぜかその観察眼が、一番ありがたくない形で役に立ち始めている。


 校門の外の知らない大人たち。

 入れ替わり立ち替わり現れる“学校に似合わない静けさ”。

 そして、その人たちがどういう時間帯に、どんな位置で、誰を見るように立っているか。


「……なんで覚えてるんだろ」


 火曜の夜、自室のベッドに転がりながら、すばるは天井へ向かって呟いた。


 答えはわりと分かっている。

 好きなものを見る時のクセと、たぶん同じなのだ。

 気になる対象がいて、その周辺の変化が日常の一部になると、勝手に目と耳が記録を始める。


 それが推しに向く時は楽しい。

 でも、学校の外の不審者っぽい大人たちに向く時は、ただただ面倒だ。


「オタク能力の使いどころ、間違ってない?」


 誰にも聞かれない部屋でそう呟きながら、それでも頭の中ではすでに整理が始まっている。


 昨日の男は、火曜の朝は歩道の左。

 月曜の黒い車は少し遠め。

 教室まで来たスーツ男は、相馬系じゃない。

 そして今朝のやつは、通学の流れより“出る人間”を見ていた感じがあった。


 こうして並べると、かなり嫌なことが分かってくる。


 見ているのは久瀬本人だけじゃない。

 少なくとも、本人が誰とどういるかも見られている。


 そこまで考えたところで、すばるはスマホを取った。

 今のこれ、たぶん一人で抱えるのは違う。

 少なくとも、真白と朱莉には言った方がいい。


     ◇


 翌朝、教室へ入ると、窓際の空気はいつも通りの形をしていた。


 日野が「今日こそ購買で勝つ」と意味の分からない宣言をしていて、

 真白が「朝から勝負しないで」と切り、

 紬希が少しだけ笑って、

 久瀬はすでに来ていた。


 その光景に少しだけ安心する。

 でも今日は、その“安心”の裏でやるべきことがある。


「おはよー」

 声をかけながら席へ着く。

「おはようございます」

 返ってくる声は昨日よりだいぶましだ。

 削れ方が少し戻っている。

 そういうところも、最近は自然に拾ってしまう。


「今日の鳴海」

 真白が言う。

「なに」

「考えごと顔」

「また?」

 日野が笑う。

「最近の鳴海、ほんと顔に出るな」

「日野に言われたくない」

「なんで」

「全部顔に書いてあるから」

 軽く返しながらも、すばるは今日の自分の顔がいつもより硬いことをわかっていた。


 なぜなら、昨夜の気づきをまだ誰にもちゃんと話していないからだ。


 授業前のざわざわの中、すばるは一度だけ真白と目を合わせる。

 真白はわずかに眉を上げた。

 “あとで”という意味だ。

 そこで話が通るのが、最近のこの関係の少し不思議なところだった。


     ◇


 一限目のあと、すばるは真白を廊下へ引っ張り出した。


「なに」

 真白は最初から面倒そうだ。

 でも、ちゃんとついてくる。

 そこがありがたい。


「ちょっと、たぶん大事」

「その前置き嫌」

「でもたぶん大事」

 廊下の窓際、人通りが少し薄い場所まで来てから、すばるは声を落とした。


「校門の外の人たち」

「うん」

「たぶん、久瀬くんだけ見てるんじゃない」

 真白の顔つきがすぐに変わる。

 軽さが消える、というより、焦点が合う感じだ。


「どういうこと」

「昨日までのやつ、ちょっと思い出してたんだけど」

 すばるは自分でも少し気持ち悪いと思いながら、頭の中の記録を順番に口へ出した。

「車で来てたやつは、わりと待機型だった」

「うん」

「でも最近の立ってる人たちって、登校の時もいるけど、下校の流れの方をよく見てる感じなの」

「……続けて」

「あと、誰が一人で帰るかとか、どのへんでまとまって歩くかとか、そこ見てるっぽい」

 そこまで言うと、真白は黙った。


 すばるはさらに続ける。

「なんかね、久瀬くん本人っていうより、“どう学校で過ごしてるか”とか、“誰と近いか”を見てる感じ」

 それを言葉にした瞬間、自分でも少しだけぞっとした。

 もしそれが当たっているなら、かなり嫌な方向だ。


 真白は腕を組む。

「……身辺調査っぽい」

「だよね」

「しかも、雑」

「それ」

 そこが気持ち悪いのだ。

 洗練されていないぶん、“学校の空気ごと傷つける危うさ”がある。


「御門さんにも言う」

 真白が即断する。

「うん、私もそれがいいと思ってた」

「あと」

 真白は少しだけ目を細める。

「今の話、倉科さんにも共有」

「え」

「巻き込まれてる側だから」

 言われてみれば、その通りだ。

 もし見られているのが交友関係なら、紬希もすでに対象の一部だ。


「……そうだね」

 すばるは少しだけ息を吐いた。

 自分が拾ってしまった情報が、思ったより重い。


     ◇


 昼休み、四人だけが少し早く席へ戻ったタイミングで、真白が手短に切り出した。


「鳴海が、校門の外の件で一個気づいた」

 そこへ前置きはない。

 でも、今はそれがちょうどいい。


「え」

 紬希が少しだけ緊張した顔になる。

 久瀬も静かにこちらを見る。


「いや、気づいたっていうか」

 すばるは頭をかいた。

「たぶんだけど」

「うん」

 久瀬が促す。

「見てるの、本人だけじゃないっぽい」

 その一言で、窓際の空気が変わる。


 すばるは、さっき真白へ話した内容をもう少しやわらかく噛み砕いて言った。

 登校時より下校時に多いこと。

 まとまって帰る時と一人で帰る時で視線の置き方が違うこと。

 直接近づく気配はないのに、会話の輪の位置取りは見ている感じがすること。


 話し終える頃には、日野まで完全に黙っていた。

「……それ、かなり嫌だな」

 最初に口を開いたのは彼だった。

「うん」

 すばるが頷く。

「普通に嫌」

 真白も短く同意する。

 紬希は少しだけ目を伏せていた。

 たぶん、自分たちももう“見られている側”かもしれないという事実が、思ったより重かったのだろう。


 久瀬は、しばらく何も言わなかった。

 その沈黙の中にあるものが、すばるには少しだけ分かる。

 申し訳なさと、警戒と、たぶん少しの焦り。


「……ありがとう」

 ようやく出たのは、その一言だった。

 でも、すばるはすぐ首を振る。

「礼じゃない」

「え」

「こういうの、推し観察モードと同じで勝手に入るだけだから」

「その説明で軽くなると思ってる?」

 真白が呆れる。

 でも、そのツッコミのおかげで少しだけ空気が戻る。


 すばるは肩をすくめる。

「いや、ほんとそうなの。見たくて見てるっていうより、気になると覚えちゃう」

「……すごい」

 紬希が小さく言う。

「全然うれしくないすごさだけどね」

「でも助かる」

 真白がはっきり言った。

 その言い方に、すばるは少しだけ照れくさくなる。


 助かる。

 そう言われると、昨日の夜から自分で少しだけ気持ち悪いと思っていた観察癖も、少しだけ役に立つものへ見えてくる。


     ◇


 放課後、御門朱莉へも話は共有された。


 場所は校舎裏に近い渡り廊下。

 朱莉は聞き終えるなり、すぐに結論を出した。


「対象の生活圏を見てるわね」

 やはりそう来る。

「本人の単独行動だけじゃなく、誰とどういるかまで押さえたいタイプ」

「身辺調査?」

 すばるが聞く。

「可能性高い」

 朱莉は即答した。

「しかも、雑」

「だよねえ」

 すばるは思わず頷いた。

 そこを分かってもらえると少しだけ安心する。


「相馬たちの系統なら、もっとやり方が綺麗」

 朱莉が言う。

 その表現に、久瀬はわずかに目を伏せた。

「家側じゃない」

「ええ」

 湊人が小さく答える。

「ほぼ」

 それが、今日いちばん重い確認だった。


 家側ではない。

 つまり、自分たちが知っている線の外に、もう一つ調べる手が伸びてきているということだ。


「最悪」

 真白が小さく言う。

「最悪」

 すばるも同意する。

 日野も「普通に面倒だな」と眉を寄せる。

 紬希は静かなまま、小さく「うん」とだけ言った。


 その短い同意の積み重ねを見ながら、朱莉は少しだけ目を細めた。

「でも」

 全員がそちらを見る。

「ここで“気づいてる”のは強い」

「強い?」

 すばるが聞く。

「相手が見てることに誰も気づかない状態が一番楽だから、向こうは」

 なるほど、とすばるは思う。

 たしかにそうだ。

 ただの通行人のふりをして、

 ただの保護者のふりをして、

 ただそこに立っているだけの目で生活を切り取る。

 それが一番厄介なのは、“見られている側が見られていると気づかない時”なのだ。


「じゃあ」

 すばるが言う。

「私のオタク目も、ちょっとは使い道ある?」

「かなりある」

 朱莉は即答した。

「ただし」

「ただし?」

「楽しい使い方じゃない」

「知ってる」

 そこは即答できた。


     ◇


 その帰り道、五人はまた駅まで一緒に歩いた。


 今日は誰からともなくそうなった。

 もう最近は、“なるべく一人にならない”が自然な流れになり始めている。


 すばるは、歩きながら少しだけ考える。

 推しを追う時の観察眼。

 前は、自分を楽しくさせるためだけのものだと思っていた。

 でも今は違う。


 誰かが困っている時、

 その人の周りに嫌なものが近づいている時、

 勝手に拾ってしまう細かさが、少しだけ役に立つこともある。


 それは思っていたより、悪くなかった。


「……ねえ」

 すばるが言う。

「なに」

 真白が聞く。

「私さ」

「うん」

「本人かどうか問題、まだ一応あるじゃん」

「あるわね」

「でも今日のこれで、また少し順位下がった」

 日野が笑う。

「順位って」

「いやだって、今はそれより“普通に嫌な大人をどうにかしたい”が先」

 かなり本音だった。


 紬希が少しだけやわらかく笑う。

「わかる」

 真白も短く言う。

「私も」

 そして、久瀬だけはしばらく何も言わなかった。

 でも、その沈黙のあとに出た一言が、妙にまっすぐだった。


「……助かっています」

 すばるは少しだけ顔をしかめる。

「だから礼じゃないって」

「でも」

「でもじゃない」

 そう返しながらも、少しだけ嬉しいのが悔しい。


 オタクは、推しを追う目で不審者もちゃんと見る。

 そんな能力、できれば一生使いたくなかった。

 でも今は、少なくともこの窓際の空気を守るためには、少しだけ役に立つらしい。


 それならしばらくは、この変な観察癖とも付き合ってやってもいいのかもしれない、とすばるは思った。

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