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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第57話 ツンデレは、問い詰める代わりに隣にいることを選ぶ

柊坂真白は、自分が“わからないものをそのままにしておく”のが得意な人間ではないと思っていた。


 曖昧な返事は嫌いだし、

 来るのか来ないのか分からない予定も嫌いだし、

 何かを隠されたまま振り回されるのも、もちろん嫌いだ。


 だから本来なら、久瀬湊人みたいな人間とは相性が悪いはずだった。


 何か言えない事情がある。

 時々急に遠くなる。

 でも来たい時だけはちゃんと来たそうな顔をする。


 そういう、“全部は見せないくせに、気持ちの一部だけは見えてしまう人間”なんて、いちばん面倒な部類だ。


 少し前までの真白なら、そこで切っていたと思う。

 面倒だから距離を取る。

 わからないものはわからないまま、あっちで勝手にやって、と。


 でも今は、そうなっていない。


 文化祭の非常階段で、何か外の顔があることを感じた。

 打ち上げの日に、来たかったことだけは本当だと知った。

 教室へ入ってきたスーツの男で、外側の重さが学校まで食い込んでくることも見た。


 そこまで見たあとで、問い詰めたところで何かが楽になるとは思えなかった。


 むしろ逆だ。

 問い詰めれば、この人はたぶんもっと困った顔をする。

 それを見たところで、自分だって気分が悪い。


 だから最近の真白は、少しずつ別の方を選び始めている。


 聞かなくても隣にいる。

 知らないままではないけれど、今は聞かない。

 その代わり、倒れそうな顔をしていたら刺すし、無理をしていれば止める。


 そういう、半端にやさしいことを、気づけばずっとやっている。


「……ほんと、私らしくない」


 朝、制服のリボンを整えながら小さく呟く。

 でも、らしくないと思いながら、それをやめたいとも思わない。


 それがたぶん、かなり面倒な段階なのだろう。


     ◇


 火曜の朝、教室へ入ると、久瀬はもう来ていた。


 それだけで自分が少しだけ落ち着くことに、真白はもういちいち驚かない。

 前なら「なにそれ」と自分で自分に引いていたと思う。

 でも最近は、その小さな安心の方が先に来る。


 そこにいる。

 今日も学校へ来ている。

 それだけで、とりあえず最初の山は越えた気になる。


「おはよう」

 席へ座りながら言う。

「おはようございます」

 返ってくる声は、昨日よりは少しましだ。

 文化祭後の月曜ほどの削れ方はない。

 でも、完全に戻ったとも言えない。


 真白はそれを見て、まず一つ確認する。

「今日は食べた?」

 久瀬が少しだけ目を丸くした。

「え」

「朝」

「……はい」

「ほんとに?」

「そこは疑われるんですね」

「昨日のアンタ見たあとだと、全部疑う」

 かなり正直に言う。

 すると、前の席から日野が笑った。

「最近の真白、そこだけ妙に生活指導」

「うるさい」

「でもわかる」

 すばるも入ってくる。

「今日の久瀬くん、昨日より生きてるけど、まだ百点ではない」

「採点方式やめなさい」

 真白が言う。

「でも真白もやってるじゃん」

「私は事実確認」

「言い方」

 そこで小さな笑いが起きる。


 その笑いの中で、紬希が静かに席へ着いた。

「おはよう」

「おはよう」

 いつものやりとり。

 でも紬希の視線もまた、最初に久瀬の顔色を見ているのが分かる。


 結局、みんな同じなのだ。

 何かを知りたいというより先に、今ちゃんとしているかを見てしまう。


     ◇


 一限目のあと、短い休み時間。


 日野とすばるが写真共有会みたいな何かの話で前の方へ行ったタイミングで、窓際のこの列だけが少しだけ静かになった。


 紬希はノートを整理している。

 久瀬は机の上のプリントを揃えている。

 真白はその横顔を見て、少しだけ考える。


 たぶん今なら、聞ける。

 何を抱えているのか。

 家側って何なのか。

 どうして教室までスーツの男が来るのか。


 今までの流れを考えれば、その質問を投げる資格くらいはある気もする。

 でも、資格があることと投げるべきことは、たぶん別だ。


「……ねえ」

 結局、出た声はいつもより少しだけ低かった。

「はい」

 久瀬がこちらを見る。

「今日の放課後」

「ええ」

「また何かあるの?」

 それは完全な核心ではない。

 でも、“今ここで言える範囲”の少し奥までは触れている問いだった。


 久瀬は少しだけ間を置く。

「……今日は、今のところありません」

「今のところ」

「はい」

 その答え方に、真白は小さく息を吐く。

「そこ、なくならないわね」

「努力しているんですが」

「禁止」

 即座に切る。

 それから、少しだけ言葉を足した。


「今日は、そのままでいて」

「そのまま?」

「急に消えたり、無理な顔して“平気です”やったりしないで」

 かなり本音だった。

 しかも、自分でも驚くくらい素直な形で出た。


 久瀬はほんの一瞬だけ目を見開く。

 そのあと、少しだけ苦笑する。

「……善処します」

「それも禁止」

「かなり厳しいですね」

「アンタが逃げ道多すぎるだけ」

 そこまで言うと、久瀬は少しだけ視線を落とした。

 それから、小さく言う。


「わかりました」

 短い。

 でも今の“わかりました”は、前より少しだけちゃんとこちらへ置かれた感じがした。


 問い詰めない。

 代わりに、今日はここにいろと言う。

 それが今の自分の選び方なのだろうと、真白はその時はっきり思った。


     ◇


 昼休み、窓際の空気はまた少し軽くなっていた。


 すばるが購買のパンを誇らしげに掲げ、

 日野が「またそれか」と笑い、

 紬希が小さく「今日は当たりの日?」と聞く。

 久瀬も、そのやりとりに前より自然に混ざっていた。


 真白はその流れの中で、少しだけ気づく。

 問い詰めなくても、この人はこうしてここにいる。

 少なくとも今日は。

 その事実だけで、かなり気が楽だ。


「真白」

 すばるがにやにやしながら言う。

「なに」

「今日ちょっと機嫌いい?」

「別に」

「出た」

 日野が笑う。

「わかりやす」

「どこが」

「朝から刺し方が少し丸い」

「そんな細かい観察してるアンタの方が気持ち悪い」

「ひど」

 すばるが騒ぎ、紬希が小さく笑う。


 その会話の中で、久瀬がぽつりと言った。

「たしかに、今日は少し」

 一瞬、全員の視線がそちらへ向く。

「何」

 真白が聞く。

「刺し方が、やわらかいです」

 教室のこの一角だけ、少しだけ止まる。


「は?」

 思わずそんな声が出た。

 だが、すばるはすぐに吹き出す。

「うわ、それ本人に言うんだ」

「やめて」

 真白が即座に言う。

「なにその観察」

 日野まで笑っている。

 紬希は困ったように目を伏せているが、口元は少しだけやわらんでいた。


 久瀬は少しだけ目を細める。

「事実かと」

「今日それ言う?」

「言ってしまいました」

「撤回して」

「難しいですね」

「難しくするな」

 かなりいつもの応酬に近い。

 でも、その中身は少しだけ違う。


 真白は今、ちゃんと分かっていた。

 この人は、問い詰められていないことに気づいている。

 そして、その“聞かずに隣にいる”をたぶんきちんと受け取っている。


 それが少しだけ腹立たしく、同時に少しだけ救いでもあった。


     ◇


 放課後、教室の人数が減り、窓際のこの列も少しずつ解けていく。


 日野は部活の友人に呼ばれ、

 すばるは購買の残り物を見に行くと言って出ていき、

 紬希は図書室へ返却に行くと言って鞄を持った。


 少しだけ静かになった教室に、真白と久瀬だけが残る。


 この数分を、昔の自分なら面倒だと思ったかもしれない。

 でも今は違う。

 静かなままでも気まずくない。

 そこまで来てしまっている。


「……今日」

 真白が先に言う。

「はい」

「一応、約束守った」

「約束?」

「急に消えないやつ」

 そう言うと、久瀬は少しだけ笑った。

「そこまで正式な約束だったんですね」

「そういうことにしといて」

「わかりました」

 またその返事。

 でも今度は、真白も前みたいに全部を切らなかった。


「アンタさ」

「はい」

「本当に言えないことは、今は聞かない」

 そこまで言うと、久瀬の表情が少しだけ変わる。

 驚きと、たぶん少しの緊張。

「でも」

 真白は続ける。

「倒れる前には言いなさい」

 その一言で、教室の空気が静かに張る。


 かなり本音だ。

 問い詰めたいわけじゃない。

 でも、限界まで隠されるのはもっと嫌だ。

 言えないなら言えないでいい。

 ただ、自分一人で全部抱え込んで潰れそうになるところまでは、さすがに見たくない。


「……それは」

 久瀬が少しだけ目を伏せる。

「難しいお願いでしょうか」

「難しい」

 真白は正直に言う。

「でも、できる範囲でいい」

 自分でも、かなり譲っていると思う。

 でも今の相手には、それくらいの言い方しかたぶん届かない。


 久瀬はしばらく黙った。

 その沈黙は、いつもの“逃げ道を探す間”とは少し違っていた。

 もっと、ちゃんと受け取った人の沈黙だ。


「……わかりました」

 やがて出たその返事は、今日の中で一番静かで、一番まっすぐだった。


 真白はそこで、少しだけ息を吐く。

 言いたいことは言った。

 でも、それ以上は踏み込まない。

 今の自分ができるのはたぶんそこまでだ。


「ならいい」

 そう言って鞄を持つ。

 帰ろうとした瞬間、久瀬が小さく言った。


「柊坂さん」

「なに」

「ありがとうございます」

 また礼か、と一瞬思う。

 でも今日のそれは、前みたいに“ずるい”より先に、少しだけあたたかかった。


「そこは」

 真白は振り返らずに言う。

「まだ礼にしなくていい」

「え」

「守ってからでいい」

 自分でも少しだけびっくりするくらい、素直なことを言ってしまった。

 でも、もう遅い。


 後ろで、久瀬が少しだけ息を飲む気配がした。

 それだけ聞いて、真白は教室を出た。


     ◇


 帰り道、一人で歩きながら、真白は思う。


 知らないままでいるのは、たしかに気持ちが悪い。

 でも、問い詰めたところで今の久瀬はたぶん言えない。

 そして、言えない相手に問いを重ねても、自分の気持ちが軽くなるわけでもない。


 だったら、今は別の方を選ぶしかない。


 隣にいること。

 今日はそのままでいろと言うこと。

 倒れる前に言えと、半分怒って半分心配すること。


 そういう、かなり不器用でかなり面倒な支え方を、自分は選び始めている。


「……ほんと、やだ」


 小さく呟く。

 でも、その“やだ”には前ほど強い拒絶はない。

 むしろ、もうこの面倒さごと引き受け始めているのかもしれなかった。


 ツンデレは、問い詰める代わりに隣にいることを選ぶ。

 それはたぶん、もうかなり後戻りしにくい場所まで来ているということなのだろう。

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