表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/125

第49話 ツンデレは、見送る時だけ一番やさしい顔をする

教室のざわめきが、ゆっくりと帰り支度の音へ変わっていく。


 椅子を引く音。

 机の中へ教科書を戻す音。

 廊下から聞こえる、別クラスの「じゃあ駅で」みたいな軽い声。


 その全部が、今日という金曜の放課後を“楽しみな側”へ進めていた。


 なのに、窓際の一角だけは、そこへ乗りきれずに少しだけ止まっている。


 久瀬湊人のスマホに入った新しい通知。

 相馬からの短い文面。

 車を手配済み。学校から直接移動願います。


 ほとんど、決定打みたいなものだった。


 まだ「絶対に無理です」と口にしたわけではない。

 でも、ここまで来るともう、希望の形を保つのも難しい。

 さっきまでの「待っていてください」が、少しずつ現実に押し負けていく音がする。


 柊坂真白は、その気配を正確に感じ取っていた。


 感じ取ってしまう自分が、最近は少し腹立たしい。


 前なら、もっと単純に苛立てた。

 また何かあるんだ。

 また急にいなくなるんだ。

 だったら最初から期待させないで。

 そういう直線的な感情だけで済んだはずなのに。


 でも今は違う。


 久瀬が来たがっていることも、

 来られない時に一番困った顔をすることも、

 それでもちゃんと窓際のこの空気を大事にしたがっていることも、

 もう知ってしまっている。


 知ってしまったあとでは、怒るだけでは済まない。

 怒るより先に、見送る方を選んでしまう。


 それが、かなり面倒だった。


     ◇


「……かなり」


 スマホを見たあと、久瀬がそう言った声は、思っていたより静かだった。

 静かというより、少しだけ諦めに近い。


「そっか」

 すばるが言う。

 紬希の声も小さく続く。

「……そっか」

 二人とも、たぶん本気で落ち込んでいる。

 でも、それを大きく表へ出さないようにしている。


 日野だけが頭をかいて、「うーん」と唸った。

「それ、かなり無理寄り?」

 軽く聞こうとして、でも軽くなりきらない声。


 久瀬は数秒だけ画面を見たまま、やがて頷いた。

「……はい」

 短い。

 たった一文字みたいな返事。

 なのに、その短さだけで十分すぎるほど伝わる。


 無理だ。

 かなり。

 今日の打ち上げは。


 真白は、そこで不思議なくらい怒りが出てこなかった。


 腹は立つ。

 もちろん立つ。

 でも、その相手は久瀬本人ではない。

 たぶん“学校の外の何か”だ。

 名前も形もまだはっきりは見えないが、その何かがこの人を校門の外へ持っていくのだということだけは、もう十分に分かっている。


「……何時」

 真白は聞く。

 久瀬が少しだけ顔を上げる。

「え」

「行くの」

 必要最低限の言葉だけでいい。

 今、必要なのはそこだ。


「……すぐに」

「そう」

 真白は小さく頷く。


 それだけで、たぶん十分だった。

 何時に行くのか。

 今すぐなのか。

 それさえ分かれば、待つ側も線を引ける。


「柊坂さん」

 久瀬が少しだけ言い淀む。

「はい」

「その」

 言葉が続かない。

 こういう時、この人は本当に下手だと真白は思う。

 器用に整えているようでいて、痛いところでは急に不器用になる。


「ごめんなさい」

 やっぱりそれか、と真白は思った。


「だから」

 思っていたより低い声が出た。

「それ、今はいらない」

 久瀬が目を丸くする。

 すばるも、紬希も、少しだけ息を止めた気配がする。


「謝ってほしいわけじゃない」

 真白は続けた。

「来たくないなら来たくないで、別にそこまで気にしない」

「……」

「でも」

 そこで少しだけ言葉を切る。

 喉の奥にひっかかるものがある。

 でも今日は、それを飲み込まずに出す方を選ぶ。


「アンタ、来たいんでしょ」

 まっすぐ言う。


 久瀬は数秒、何も言わなかった。

 でも、その沈黙自体が答えだった。


「……はい」

 ようやく出た声は、とても小さい。

 でも、十分だ。

「かなり」

 そこまで言われると、真白の胸の奥が少しだけ痛くなる。


 やっぱりそうだ。

 来たくないわけじゃない。

 むしろかなり来たいのだ。

 だからこんな顔をしている。


 それが分かってしまうと、怒り方が分からなくなる。

 代わりに出てくるのは、別の言葉だ。


「じゃあ」

 真白はできるだけ平らな声で言う。

「ちゃんと行ってきなさい」

 教室の空気が、そこで少しだけ止まる。


 自分でも思う。

 これはたぶん、かなりやさしい言い方だ。

 普段の自分なら、こんなふうに送り出したりしない。


「え」

 久瀬が少しだけ呆けた顔をする。

「何その顔」

 真白が言う。

「今さら」

「いえ、その」

「来られないなら来られないで、もう仕方ないでしょ」

 そこまで言ってから、少しだけ声を落とす。

「でも、中途半端な顔のまま行かれる方が困る」

 それはかなり本音だった。


 どうせ行くなら、ちゃんと行け。

 来たい気持ちをこっちへ置いたまま、謝りながら半端に遠くなるな。

 そういう意味。


 すばるが少しだけ目を伏せて笑った。

「真白、そういう時だけほんとに」

「何」

「いや、なんでも」

 たぶん“やさしい”とか言いたかったのだろう。

 でも今それを口にすると、空気が変わりすぎるからやめたらしい。


 紬希は小さく頷いていた。

 彼女もたぶん、今の真白の言い方に救われている。

 ただ悲しいだけじゃなく、“ちゃんと送り出す”形を誰かが先に作ってくれたから。


 日野がようやく軽く笑った。

「じゃあまあ、今日は仕方ない日だな」

 その軽さがありがたい。


     ◇


 久瀬はまだ立ったまま、少しだけ困った顔をしている。

 その表情を見ると、真白はまた少しだけ腹が立つ。

 やさしくしたいわけじゃないのに、そういう顔をされるとこっちが負けたみたいになるからだ。


「まだ何かあるの」

 真白が言う。

「え」

「行くなら行く」

「……はい」

「帰るなら帰る」

「はい」

「その場で困った顔し続けるの、やめて」

 かなり正直な物言いだった。


 久瀬はほんの少しだけ肩の力を抜いた。

「……そうですね」

「うん」

「では」

 そこで彼は一度だけ、四人の顔を順に見た。

 日野、すばる、紬希、そして最後に真白。


「本当に、すみません」

 またそれを言うのか、と真白は思ったが、今回はさっきとは少し違っていた。

 謝罪というより、気持ちの置き場所がそこしかない人の声だ。


「だから」

 真白が言う。

「そこはもういい」

 少しだけ間を置く。

 そして、かなり勇気のいることを言った。


「でも、終わったら連絡」

 教室の空気が、今度は本当に止まった。


 言ってから、自分でも少しだけ驚く。

 そこまで言うつもりはなかったのに。


 久瀬も明らかに驚いていた。

「連絡、ですか」

「嫌ならいい」

 反射でそう付け足してしまうあたり、自分でもかなりダサいと思う。

「でも」

 そこから先は少しだけ声が小さくなる。

「無事に終わったかくらいは、知りたい」

 かなり本音だった。


 来なかったことを責めたいんじゃない。

 ただ、この人が学校の外の何かへ引っ張られていくのを見送ったあと、ちゃんと帰ってきたかくらいは知りたい。


 その感情に名前をつけるのは、まだ少し早い気がする。

 でも、少なくとも“どうでもいい”の場所からはとっくに外れている。


 久瀬は、しばらく本当に何も言わなかった。

 それから、ほんの少しだけやわらかい顔になる。


「……わかりました」

 静かな返事。

「終わったら、連絡します」

 それだけで、真白の胸の奥が少しだけあたたかくなるのを感じる。

 同時に、やっぱり自分は面倒だなとも思う。


 すばるがにやにやする寸前の顔になったが、今日はそれを表へ出さなかった。

 紬希は小さく、でもたしかにほっとした顔をしている。

 日野だけが「じゃあ俺にも結果だけ流して」と軽く言って、空気を少しだけ崩した。


「日野、それはいらない」

 真白が即座に言う。

「え、なんで」

「なんでも」

「理不尽」

 笑いが小さく起きる。

 その笑いが、最後の救いみたいだった。


     ◇


 久瀬が教室を出ていく背中を、真白は黙って見送った。


 廊下の向こうへ消えていく。

 その後ろ姿は、来たくなかった人のそれではない。

 置いていきたくないものがある人の背中だ。


 だから余計に、少しだけ寂しい。

 でもその寂しさは、前みたいに苛立ちだけでは片づけられない。


「……ほんとに行っちゃった」

 すばるがぽつりと言う。

「そりゃ行くでしょ」

 真白が返す。

「でも、来てほしかった」

「知ってる」

 その会話を聞きながら、紬希が静かに言った。

「連絡、来るかな」

 真白はその一言に少しだけ驚く。

 自分だけがそう思っているわけじゃなかったのだと、その時わかる。


「来るでしょ」

 真白は言う。

「来るって言ったし」

 その言い方は、たぶん自分にも向けたものだった。


 信じる。

 待つ。

 そういうことを、最近の自分は前より少しだけ選び始めている。


 待つのは得意じゃない。

 でも、今はそうするしかない。

 そしてその“しかない”を、前ほど嫌だとは思わなくなっている。


     ◇


 帰り道、一人で歩きながら、真白は何度も自分の言葉を思い出していた。


 ちゃんと行ってきなさい。

 終わったら連絡。


 どちらも、かなり自分らしくない。

 でも、今の自分にとってはかなり本音でもある。


 来られないなら仕方ない。

 でも、来たかった気持ちまで無視するのは違う。

 そして、見送ったなら見送ったで、そのあとを少しだけ待ってしまう。


 ツンデレは、たぶんこういう時にいちばん面倒だ。


 素直に「寂しい」とも言えず、

 「行かないで」とも言えず、

 でも、見送る時だけ一番やさしい顔をしてしまう。


「……最悪」


 小さく呟く。

 でも、その言葉の響きは前より少しだけやわらかかった。


 見送る時だけ一番やさしい。

 それはたぶん、もうかなり好きな側の人間の振る舞いなのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ