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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第48話 “行きたい”だけでは、守れない約束もある

放課後の教室には、独特のざわめきがあった。


 六限目が終わった直後の、まだ誰も完全には帰り支度へ切り替わっていない時間。

 机を引く音、鞄のファスナーを開ける音、廊下から聞こえる別クラスの笑い声。そこへ、今日の打ち上げという少し浮いた予定が混ざって、空気全体がいつもより落ち着かない。


 その中で、久瀬湊人は立ち上がったまま動けずにいた。


 スマホの画面には、さっき届いた通知がまだ残っている。


 AstraLink管理:夕方の回線確認、十七時開始に前倒し。参加必須。

 相馬:本日、直行の可能性が高まりました。十七時十五分以降、即応できるように。


 AstraLinkだけなら、まだ可能性はあった。

 最速で確認だけ終わらせて、どこかで抜けて、途中合流できるかもしれない。

 でも家側まで重なると無理だ。


 十七時開始の確認を終えたあと、十七時十五分以降に即応。

 そこから十八時集合の打ち上げへ普通に行く未来を、どう計算しても現実的には作れない。


 つまり。

 もうかなり、高い確率で無理だ。


 それを言わなければならない。

 今ここで。

 窓際の四人へ。


「……今日は」

 さっき口にしたその続きが、喉の奥で重い。


「厳しいかもしれません」

 言い切る。

 言い切った瞬間、教室のこの一角だけ空気の温度が少しだけ落ちた気がした。


 日野が最初に反応する。

「あー……」

 短い声。

 軽く受け止めようとしてくれているのは分かる。

 でも、完全に軽くもできない声音だった。


 すばるはほんの少しだけ目を見開き、それからすぐに笑おうとした。

「まだ“かも”なんだ」

 言い方は明るい。

 でも、その奥にある揺れはかなり見える。


 真白は席に座ったまま、まっすぐこちらを見ていた。

 紬希は何も言わず、ただ少しだけ指先をぎゅっと握っている。


 ごまかしたくなる。

 まだゼロではない、と。

 可能性は少し残っている、と。

 でも、それを言えばまた期待を残すことになる。


 そして今の自分は、その期待を軽く置いておけるほど器用ではない。


「……かなり厳しい、の方が近いです」

 湊人は静かに言い直した。

 その一言で、すばるの笑いが少しだけ止まる。


「そっか」

 彼女は短く言った。

 いつもの勢いはない。

 たぶん今、冗談へ逃がすか、ちゃんと受け止めるか、そのあいだで迷っているのだろう。


「何時から?」

 真白が聞く。

 まっすぐだ。

 でも、責める声ではない。


「十七時です」

「早まったんだ」

「はい」

「で、そのあともある?」

「……あります」

 真白は一度だけ息を吐く。

「じゃあ、無理寄りね」

 その言い方が、ひどく現実的だった。


 紬希がようやく小さく口を開く。

「最初から行けない、って感じ?」

 その問いがいちばん痛い。

 なぜなら、自分の中でもそこを認めたくないからだ。


「まだ」

 湊人は少しだけ目を伏せた。

「最後までゼロとは言い切れません」

「出た」

 真白が言う。

 だが、その“出た”には以前ほど棘がなかった。

「でも今日は、それを言われる方がしんどい」

 かなり本音だ。

 そして、その本音がかなり正しいことも分かる。


 すばるが小さく笑った。

「うん、それ」

「……ごめんなさい」

 思わず出た謝罪に、真白がすぐ反応する。

「だからそれ」

「でも」

「でもじゃない」

 彼女はかなり低く言った。

「謝られると余計に何も言えなくなる」

 その一言で、湊人ははっきりと理解する。

 今の真白は怒っているのではない。

 傷ついているわけでもあるけれど、それ以上に“どう受け止めればいいか困っている”のだ。


 すばるも似たような顔をしていた。

 紬希はもっと静かだ。

 でも、その静かな顔の奥で、かなり落ちているのがわかる。


 たぶん今の自分に必要なのは、変な希望を残すことではない。

 そして、謝罪で全部を曖昧に包むことでもない。


 なら、言うしかない。


「……本当は」

 自分でも驚くくらい、声がまっすぐ出た。

「行きたいです」

 教室のざわめきが、一瞬だけ遠くなる。


 日野も、すばるも、真白も、紬希も、みんな動きを止めた。

 ただ短い一言。

 でも今の空気には、それだけで十分すぎるほど重かった。


「打ち上げも」

 湊人は続ける。

「文化祭のあととして、ちゃんと行きたいと思っていました」

 それはかなり本音だった。

 いや、ほとんど全部本音だ。


 途中で抜けるとか、

 直行かもしれないとか、

 そういう外側の事情より先に、

 まず“行きたい”が自分の中で一番大きくなってしまっている。

 そこを認めてしまうのは少し怖かった。

 でも、今はそこを言わなければ、もっとひどい気がした。


 真白はしばらく何も言わなかった。

 その横で、紬希がほんの少しだけ息を吐く。

 すばるは、笑いそうになって失敗したみたいな顔になっていた。


「……そういうの」

 すばるがようやく言う。

「ずるいんだよなあ」

 声音は明るくしようとしている。

 でも、かなり本音だ。


「ずるい?」

 湊人が聞き返すと、すばるは肩をすくめる。

「だってさ、来たいのは本当です、って顔されると、こっちも“じゃあしょうがないか”ってなっちゃうじゃん」

 真白が小さく頷く。

「それ」

「ほんとに?」

 日野が聞く。

「いや、でもまあ……」

 すばるは少しだけ視線を逸らす。

「来たくないんじゃなくて来られないなら、怒りづらいっていうか」

 かなり正確だった。


 真白はそこへ低く言葉を重ねる。

「怒ってるわけじゃない」

「うん」

「でも、残念ではある」

 その一言に、紬希が小さく頷く。

「……私も」

 やわらかい声なのに、かなりまっすぐだった。


 残念。

 その一語が、妙に胸へ刺さる。

 責めではない。

 でも、責めでないからこそ重い。


「日野くんは?」

 すばるが聞く。

 日野は少しだけ頭をかいて笑った。

「俺はまあ、最初から言ってくれてるならそれでいいよ」

 その気楽さがありがたい。

 でも続きがある。

「ただ、来られるなら来てほしいけど」

 結局、みんなそこへ戻るのだ。


 来てほしい。

 でも無理なら責めない。

 でもやっぱり残念。

 その、かなりやさしくてかなり苦しい円の中に、自分は立っている。


     ◇


「じゃあさ」

 すばるが少しだけ強引に空気を動かした。

「ほんとに完全アウトになるの、いつわかる?」

 その問いは、明るさを装いながらもかなり現実的だった。


 そこだ。

 待つ側が一番知りたいのは。


「……十七時前後には」

 湊人が答える。

「かなり」

「そっか」

「店集合は十八時だもんね」

 日野が言う。

「なら、ギリギリまでわからない感じか」

「ええ」

「最悪」

 真白が小さく呟く。

「本当に」

 その“本当に”に、学校の外の事情そのものへの苛立ちが混ざっている気がして、湊人は少しだけ救われる。


 紬希は少し迷ってから言った。

「……待ってても、いい?」

 一瞬、誰も何も言わない。


 その問いは静かだった。

 でも、今の窓際の空気の中ではかなり強い言葉だった。


 待っててもいい?

 つまり、来る可能性が少しでもあるなら、最初から完全に諦めずにいてもいいか、という意味だ。


「倉科さん」

 すばるが少しだけ目を丸くする。

 真白も紬希を見る。

 紬希は言ってから、自分でも少しだけ恥ずかしくなったのか視線を落とした。

「……変な意味じゃなくて」

「わかる」

 真白がすぐに言う。

「私もそれ聞きたかったし」

 そこにすばるも乗る。

「うん。私も」

 日野だけが「俺は最初から待つつもりだったけど」と気楽に言って笑い、空気を少しだけ軽くする。


 湊人は、そこで初めて自分の胸がかなり締めつけられていることに気づいた。


 待っている。

 この人たちは、待っているのだ。

 しかも、“来られるなら”という条件つきではなく、自分の事情込みで。


 それはやさしい。

 やさしすぎる。

 そして、やさしすぎるからこそ、今の自分にはかなり苦しい。


「……はい」

 ようやく答える。

「待っていてください」

 言った瞬間、自分でも少し驚いた。

 そこまで言ってしまうのか、と。


 でも言葉はもう戻らない。

 すばるが少しだけ笑う。

「うわ」

「何ですか」

「それ言われると、ほんと待つしかなくなる」

 でもその顔は、少しだけやわらいでいた。

 紬希も小さく、でも確かにうれしそうに頷いた。

 真白は少しだけ目を細める。

「じゃあ、待つ」

 短い。

 でも、かなり強い言葉だった。


     ◇


 その後の空気は、不思議と少しだけ持ち直した。


 完全に明るく戻ったわけではない。

 でも、“どうせ来ないかも”という空気よりはずっとましだ。

 待つかどうかをみんなで共有してしまったことで、逆に変な遠慮が少しだけ減ったのかもしれない。


 すばるが「じゃあ来たら乾杯の一言ほんとにやってね」と言い、

 日野が「その時は最初の料理は久瀬の前に置く」とわけのわからないことを言い、

 真白が「食べ物で釣るな」と切り、

 紬希が少しだけ笑う。


 その全部を見ながら、湊人は思う。


 やっぱり来たい。

 ほんとうに。

 こういう空気の中に、ちゃんと混ざりたい。


 でも、“行きたい”だけでは守れない約束もある。

 それが今の自分の現実だった。


     ◇


 放課後直前、教室のざわめきが少しずつ帰り支度へ移り始めた頃。

 湊人のスマホが、また短く震えた。


 見なくても、心臓が冷たくなる。


 けれど今は、もう一人で抱え込む段階ではない。

 少なくとも、この窓際の四人には、“今から悪い方が来るかもしれない”ことを隠しきれない。


 画面を開く。


 相馬:本日、車を手配済み。学校から直接移動願います。


 それを見た瞬間、頭の中が静かになった。


 ああ。

 これで、かなり決まった。


 打ち上げへ行く可能性は、まだ理論上ゼロではない。

 でも、現実的にはほとんど折れたと言っていい。


 車を手配済み。

 学校から直接。

 つまり家側は、もうこちらの都合より先に動いている。


「……来た?」

 真白の声。

 短い。

 でも今は、それだけで十分だった。


 湊人はスマホを握ったまま、少しだけ目を閉じる。

 そして、静かに言う。


「はい」

「悪い方?」

 すばるが聞く。

「……かなり」

「そっか」

 紬希の声は小さかった。


 まだ完全な結論ではない。

 でも、ここから先はもう、“行けるかもしれません”より“行けないかもしれません”の方がずっと強い。


 金曜の放課後は、来たい人ほど追い詰められる。

 そして今、その追い詰められ方は、次の言葉を選ばなければならないところまで来ていた

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