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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第18話 予定は守りたい、でも秘密は予定表に書けない

 土曜の予定が「行けそう」から「行ける」へ変わった翌日、久瀬湊人の胸の中には、妙に落ち着かない明るさがあった。


 学校へ向かう電車の窓に映る自分の顔は、たぶん少しだけいつもよりやわらかい。

 その自覚があるからこそ、余計に気を引き締める必要があるとも思う。


 学校の約束を守れる。

 それは確かにうれしい。


 だが、うれしいと感じている時ほど、人は油断する。

 そして湊人の生活において、“油断”はだいたいろくな結果を生まない。


「今日は浮かれない」

 小さく呟いてから、駅の階段を上がる。

「できるだけ、普通に」


 普通に。

 その言葉はいつも便利で、そのくせ定義がふわふわしていて、自分で自分を苦しめる。


 でも今日に関しては、本当に“普通”でいたい理由があった。


 土曜のカラオケが楽しみだという気持ちを、教室で変に出しすぎるのも落ち着かないし、逆に夜の予定や事務所側の調整に気を取られて、また“どこかいなくなりそうな顔”になるのも嫌だった。


 せっかく土曜にちゃんと行けるのだから、今日くらいは学校側の自分へ気持ちを寄せていたい。


 そう思っていたのに、その願いは教室へ入って十五分ほどで崩れ始める。


     ◇


「久瀬ー」

 日野が朝から元気よく振り向いた。

「おはよー、調子どう?」

「おはようございます。問題ありません」

「その返し、土曜にちゃんと来る人の返しだな」

「判断基準が雑」

 すばるが笑う。

「でもなんかわかる」

 真白は机に頬杖をつきながら、ちらりとこちらを見た。

「今日はたしかに、昨日より“来る気ある顔”してる」

「昨日もあったつもりですが」

「昨日は“来たいけど消えるかもしれません”の顔だった」

「細かい」

 湊人が思わず言うと、真白はふっと小さく鼻を鳴らした。

「前から言ってるでしょ。アンタは分かりやすく変」

「それ褒めてる?」

 日野が聞く。

「今日は四割くらい」

「昨日と同じだ」

 すばるが指摘する。

「評価基準ぶれなさすぎない?」

「大事でしょ」

 真白はそう言いながら、わずかに口元を緩めた。


 土曜の約束が一つ固まっただけで、教室の空気が少し明るくなっている気がする。

 少なくとも、湊人の中ではそうだった。


 だからこそ、その直後にスマホへ入った通知が、余計に冷たく感じた。


 制服のポケットの中で短く震える。

 授業前のざわめきの中で、そっと画面を確認する。


 土曜十六時打ち合わせ、十五時開始へ再変更の可能性。確認中。


 息が止まりそうになる。


 十五時。

 それだと、カラオケの終了時間次第ではかなり危うい。

 駅前から家まで戻る時間、機材の準備、事前資料の確認。そこまで含めると、余裕はかなり薄い。


 昨日“行ける”と思った予定が、また曖昧になる。

 しかも今度は、教室の中でそれを顔に出したくないタイミングだ。


「……どうしたの」

 真白の声だった。


 スマホを見た直後の一瞬を、やはり見逃さない。


「いえ」

 反射的に画面を伏せる。

「なんでも」

「なんでもない人の顔じゃないけど」

 すばるも言う。

「また?」

 日野の一言は軽い。

 けれど、その軽さの奥にある“また何か言えない予定?”という空気が分かる。


 湊人はその場でごまかした。

「ちょっと、家の連絡です」

 嘘ではない。だが、真実ともだいぶ違う。


 真白は少しだけ黙ってから、「ふうん」とだけ言った。

 その“ふうん”は、信じたとも、信じていないとも取れる曖昧な音だった。


 一限目開始のベルが鳴る。


 助かった、と思う。

 でも本当に助かったわけではない。

 問題は先送りになっただけで、心の中にはすでに今日一日分の焦りが流れ始めている。


     ◇


 一限目の英語は、久しぶりにかなり危なかった。


 板書は追えている。

 先生の説明も頭には入ってくる。

 でも、その理解の隣で、別の計算がずっと回っている。


 十五時開始の場合、何時に家へ着いていればいいか。

 カラオケの終了予定が十四時として、移動時間は。

 途中離脱という形ならどこまで許容されるか。

 そもそも“調整中”の段階で学校側へどこまで話すべきか。


「久瀬、下」

 小声で真白が言う。

「……え」

「教科書」

 いつの間にか、指で押さえていたページが一枚ずれていた。

「あ」

 慌てて開き直す。

「ありがとうございます」

「今それ言う?」

「大事なので」

「そういうとこ」

 真白はため息をつく。

 でも、声色には少しだけ心配が混じっていた。


 二限目の数学でも、似たようなことが起きた。

 今度はシャープペンを持ったまま数秒止まってしまい、日野に「今日ほんとに気が散ってるな」と笑われる。


 笑われるだけならまだいい。

 問題は、その“散り方”が最近の自分に対するクラスの認識と結びつき始めていることだった。


 また何かあるのか。

 また急にいなくなるのか。

 また、ちゃんと説明できない予定なのか。


 誰も口に出して責めてはいない。

 でも、そういう疑問の形だけは、もうこの教室の中に生まれている。


     ◇


 三限目と四限目のあいだ、短い休み時間。


 窓際の空気は比較的静かだった。

 日野は廊下へ出ていて、すばるも購買の下見か何かでいない。

 教室には人の声がそこそこあるのに、この列だけ少しだけ呼吸がしやすい。


 真白がノートの端を整えながら、何でもない口調で言った。


「土曜、また怪しくなったの?」

 心臓が大きく鳴った。


 やはり、見抜かれている。

 今朝のたった一瞬で。


「……そこまで分かりますか」

 正直に言うと、真白は小さく肩をすくめた。

「アンタ、わかりやすすぎるのよ」

「気をつけているつもりなんですが」

「その“つもり”がある時点で大体出てる」

 真白は机に肘をついて、少しだけこちらを見る。

「で?」

「……まだ確定じゃないんです」

「それ一番困るやつじゃん」

「はい」

「ふーん」

 そこで真白は少しだけ黙った。


 責められるかもしれない、と思った。

 また“じゃあ最初からそう言って”と刺されるかもしれない、とも。


 でも真白が言ったのは、思っていたのと少し違う言葉だった。


「じゃあ、今日中に分かったら教えて」

「え」

「来られるか来られないか」

「……いいんですか」

「何が」

「そこまで」

 真白は少しだけ呆れた顔をする。

「何その聞き方」

「いや、その……」

「土曜の話、こっちも予定に入れてるんだから、分かるなら知りたいでしょ」

 当たり前みたいに言われたその一言が、胸に落ちる。


 予定に入れてる。

 自分の存在が。


「……はい」

 それしか言えなかった。

「分かったら、言います」

「うん」

 真白は短く頷いた。

 それから、ほんの少しだけ視線を逸らす。

「別に来られないなら来られないでいいけど」

「はい」

「ちゃんと、わかれば」

 最後だけ、少しだけ声が小さかった。


 湊人はその言葉の意味を考える。

 来られないことそのものより、分からないままで待たされる方がつらい。

 それはつまり、自分が“来る前提の人”として見られているからこそ出る感情だ。


 ありがたい。

 うれしい。

 でも同時に、そこへ応えきれないかもしれない自分が苦しい。


     ◇


 昼休み、窓際。


 いつも通りの四人と、少し遅れて紬希もそこへ来た。


「ごめん、ちょっと遅れた」

「全然」

 日野が言う。

「今日は購買マシだった?」

「うん、でも最後の焼きそばパン争奪戦が……」

「また戦場」

 すばるが笑う。

「購買ってどうしてあんなに毎日終末感あるの」

「終末感って言うな」

 真白が呆れる。

「アンタの語彙、たまに変な方向へ強いわよね」

「オタクだから」

「便利な言葉だな」

 日野が言って笑う。


 表面上、窓際の空気はいつも通りだった。

 けれど湊人の中では、土曜の話がずっと片隅で鳴っている。

 そしてその片隅が、たぶん真白やすばるにも少し見えている。


 それがまた厄介だ。


「久瀬くん」

 紬希が静かに呼ぶ。

「はい」

「今日は、ちょっと忙しそう」

 言い当てられて、思わず苦笑する。

「そんなに出てますか」

「少しだけ」

 紬希はやわらかく言う。

「でも、鳴海さんみたいに“今日は絶対何かある!”って感じじゃなくて」

「どういう感じなんですか、それ」

 すばるがすぐに食いつく。

「いや、なんか今日の鳴海って朝から妙にテンションが鋭いっていうか」

「鋭いテンションって何」

「わかんないけどそんな感じ」

 紬希は困ったように笑う。


 その笑いに場が和らぐ。

 でも、湊人は逆に少しだけ胸が痛かった。


 紬希の言い方はやさしい。

 やさしいけれど、やさしいからこそ逃げ場が少ない。

 忙しそう、という指摘には責めがない。だから、こちらも強く誤魔化しにくい。


「……少しだけ、調整したいことがありまして」

 慎重に言う。

「またその言い方」

 すばるが言う。

「最近の久瀬くん、“調整”“少しだけ”“たぶん”の三点セット多すぎ」

「便利なので」

「認めた」

 日野が笑う。

 真白は牛乳パックを置いて、こちらを見る。

「で、まだ土曜はわからないの?」

「今のところは、まだ」

「そっか」

 すばるは頬を膨らませる。

「これ、楽しみにしてる側からすると微妙に落ち着かないやつだ」

「……そうですよね」

 湊人が素直に言うと、すばるは少しだけ目を丸くした。

「否定しないんだ」

「事実なので」

「今日、素直だね」

 日野が言う。

「追い詰められてると素直になるタイプ?」

「それだと問題ありますね」

「かなりある」


 そこで、真白が小さく息を吐いた。


「別にさ」

 全員がそちらを見る。

「来られないならそれでいいって、何回も言ってるじゃん」

「真白」

 すばるが言う。

「うん、でも」

 真白は真っ直ぐこちらを見た。

「アンタが“来たい”って言ってるのも知ってるから、余計に顔に出ると気まずいの」

 その一言は、かなり深いところを突いていた。


 来たい。

 でも来られないかもしれない。

 その板挟みが、顔に出る。

 結果として周囲も気を遣う。


 それはたしかに、気まずい。


「……ごめんなさ」

「だからそれ禁止」

 真白が即座に言う。

「最近もう反射で謝るでしょ、アンタ」

「すみませ」

「それも」

 すばるが吹き出した。

「だめだ、今日の真白つよい」

「強くない。普通」

「普通じゃないよ」

 日野が笑う。


 紬希はそのやりとりを少しだけ見てから、小さく口を開いた。


「私は」

 声がやわらかい。

「来られなくても、ちゃんと言ってくれたら、それで平気」

 それは真白とよく似た言葉だった。

 けれど、音の置き方がまるで違う。


 真白は“責めないから、隠さないで”という温度。

 紬希は“無理しないで、でも教えて”という温度。


 二人ともやさしい。

 でも、そのやさしさの形が違うことが、湊人には妙に鮮明に分かってしまう。


「……ありがとうございます」

 今度は、ちゃんと礼を言う。

 真白は「それはまあ、今はいい」と小さく言い、紬希は少しだけ笑った。


 窓際の空気は、やわらかい。

 やわらかいのに、逃げ道がない。


 そこがありがたくて、苦しい。


     ◇


 五限目の終わり、スマホがもう一度震えた。


 授業中だったから確認はできない。

 だが、その震え方だけで胸がざわつく。


 終了チャイムが鳴るや否や、湊人は机の下でそっと画面を見た。


 打ち合わせ、十五時で確定。


 短い一文。

 でも、それだけで土曜の輪郭が変わる。


 カラオケが二時間なら、十二時集合、十四時解散予定としても、移動を含めるとぎりぎり。

 途中で早抜けするか、最初から少し早めに帰るか。

 完全参加は難しい。


 行ける。

 けれど、最後まではいられない。


 胸の奥が重く沈む。


 これを、今どう言うべきか。

 今日中に伝えると約束した。

 だったら言わなければならない。


 でも、“行けるようになった”と少し浮いた自分がいた直後に、“ただし途中で帰るかもしれない”を出すのは、想像以上に気が重かった。


     ◇


 放課後、教室の空気が少しずつ崩れていく中で、湊人は珍しく自分から口を開いた。


「……皆さん」

 日野が振り向く。

「ん?」

 すばるも、真白も、紬希も見る。


 四人分の視線を受けると、思っていたより喉が乾いた。

 でも、ここで黙るわけにはいかない。


「土曜の件ですが」

 空気が少しだけ張る。

「時間、確定しました」

「お」

 日野が言う。

「じゃあ来れる?」

 すばるが身を乗り出す。

 真白は何も言わずにこちらを見る。

 紬希も、静かに待っている。


「行きます」

 まず、それを言う。

 少しだけ空気が緩む。

「ただ」

 その一言で、また空気が止まる。

「……最後までは、いられないかもしれません」

 やっぱり、そうなる。


 日野は「あー」と小さく言った。

 すばるは少しだけ唇を尖らせる。

 真白は目を細めたまま黙っている。

 紬希は、まるで最初からどこかでそう思っていたみたいな顔をした。


「何時?」

 真白が聞く。

「状況次第ですが、もしかすると少し早めに抜けるかもしれません」

「……また“もしかすると”」

 すばるが言う。

 だが、声は前よりずっと静かだ。

「はい」

「でも、来るんだよね」

「来ます」

「それなら、まあ」

 日野が肩をすくめる。

「前よりずっとマシだろ」

「たしかに」

 すばるも不本意そうに頷く。

「全部来られないんじゃなくて、途中までは来るってことだし」

「真白は?」

 日野が聞く。

 真白は少しだけ黙ったあと、そっけなく言った。


「……来るならいい」

「え、それだけ?」

 すばるが言う。

「何、もっとなんか言ってほしいの」

「いや、そっけないなって」

「最後までいられないのは残念だけど、来るならそれでいいって意味」

 真白はそう言ってから、少しだけ視線を逸らした。

「最初からゼロより、途中まででも一緒にいる方がマシ」

 その言葉は、想像以上にやわらかかった。


 紬希も小さく頷く。

「うん」

「倉科さんも?」

「……途中まででも、来てくれるなら」

 それだけ。

 でも、その一言が胸へじんわりと残る。


 すばるは結局、小さく息を吐いて笑った。

「もう、しょうがないなあ」

「すみません」

「それは禁止」

 真白とすばるが、ほぼ同時に言った。


 教室に笑いが起きる。

 湊人も、ようやく少しだけ自然に笑えた。


 全部は守れない。

 でも、何も守れないわけでもない。


 それだけのことが、妙に救いだった。


     ◇


 その夜、自室で配信準備をしながら、湊人は昼の会話を何度も思い返していた。


 途中まででも来るならいい。

 来てくれるなら。

 それで平気。


 どれも、大きな期待ではない。

 でも、ちゃんとそこにいてほしいと言ってくれている。


 学校の約束を守ることは、ただ一緒に遊ぶ以上の意味を持ち始めているのかもしれない。

 少なくとも自分にとっては。


 画面の端には、土曜の打ち合わせ時間。

 スマホの中には、カラオケの集合時間。

 その両方を眺めながら、湊人は静かに思う。


 予定は守りたい。

 でも、秘密は予定表に書けない。


 このややこしさは、たぶんこれからもっと増える。


 それでも、今はまだ、少しずつでもやっていくしかないのだろう。


 PCに通知が一つ入る。

 クラスのグループだ。


 日野が『土曜、途中離脱込みで進行考えとくわ』と送っていた。

 すばるが『なら前半に歌いたいやつ固める』と返し、真白が『偏らせないで』と短く刺す。

 紬希は少し遅れて、『私は何でも大丈夫』と書いている。


 湊人はしばらくその流れを見てから、ふっと小さく笑った。


 全部は言えない。

 でも全部を黙ったままにしなくていいこともある。


 そう思えただけで、今夜の配信準備は昨日より少しだけ楽だった。

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