表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/125

ep.125 見せない一行の存在に、ギャルは気づく

黒瀬琉衣奈は、朝からずっと落ち着かなかった。


 理由は、はっきりしている。


 朝比奈湊のメモだ。


 昨夜、湊はスマホのメモアプリに一行を書いて見せてくれた。


 ――今日も黒瀬は文句を言いながら嬉しそうだった。


 短い。


 短すぎる。


 なのに、やたら刺さった。


 黒瀬は文句を言った。

 短いと怒った。

 普通に言うなとも言った。

 けれど、消せとは言わなかった。


 それどころか、何度も見返した。


 湊の書いた白瀬栞への一行も見た。


 ――白瀬さんは少しずつ表情が見えるようになってきた。


 莉子への一行も見た。


 ――莉子さんは、たぶん全員の保護者。

 ――うるさいけど、誰より先に変化に気づく。


 どれも短いのに、ちゃんと見ている感じがした。


 それは少し悔しい。


 でも、嫌ではなかった。


 問題は、そのあとだ。


 湊は、もう一行書いた。


 黒瀬の前で。


 黒瀬に見えない角度で。


 そして、画面を閉じた。


 ――まだ無理。


 そう言った。


 変なことではない。

 ちゃんと言えるようになったら見せる。


 湊はそう言った。


 黒瀬はその場では「保留」と言った。


 便利だから。


 けれど、朝になるとその保留が胸の中で妙に重くなっていた。


 見せない一行。


 湊が、まだ見せられない言葉。


 それが何なのか、気にならないはずがない。


「るいな、おはよー」


 莉子の声がして、黒瀬は顔を上げた。


「……おはよ」


「何その顔」


「何が」


「朝から考えごとしてる顔」


「してない」


「してる」


「してない」


「してる。しかも朝比奈くん関係」


 黒瀬の手が止まった。


 莉子の目がすぐに輝く。


「あ、当たり」


「莉子」


「まだ何も言ってない」


「顔が言ってる」


「顔、便利だね」


「便利にするな」


 黒瀬はむくれてノートを開いた。


 けれど、ノートの余白を見た瞬間、昨日の湊のメモを思い出してしまう。


 自分のノートには、湊のことを書いている。

 白瀬のことも書いている。

 莉子のことも書いている。


 それを見られるのは恥ずかしい。


 でも、見せない一行があると言われると、それはそれで気になる。


 自分でも勝手だと思う。


 かなり勝手だ。


 でも、気になるものは気になる。


 白瀬が教室に入ってきた。


 今日も、髪にはあのヘアピンがついている。


 黒瀬が選んだもの。


 白瀬は席に着く前に、黒瀬の方へ少し顔を向けた。


「黒瀬さん、おはようございます」


「……おはよ」


「今日は、少し考えごとをしているように見えます」


「白瀬まで?」


「すみません。見えてしまいました」


「みんな見えすぎ」


 黒瀬はノートを閉じかけて、また開いた。


 落ち着かない。


 白瀬は黒瀬の机の上にあるノートを見て、少しだけ首を傾げた。


「何か書こうとしていましたか?」


「……別に」


 その返事に、莉子がすかさず反応する。


「出た。別に=気になる」


「莉子、辞書使うな」


「便利だから」


「便利にするな」


 莉子は笑った。


 白瀬は少し考えてから、静かに言った。


「もしかして、朝比奈くんのメモのことですか」


 黒瀬は固まった。


「……何で白瀬が知ってるの」


「昨日、昼休みに朝比奈くんが書いたと話していましたので」


「そこじゃなくて」


「黒瀬さんの顔が、何かを待っているように見えたので」


「顔!」


 黒瀬は机に額をつけたくなった。


 最近、顔で読まれすぎている。


 しかも読んでくる相手が、莉子だけではなく白瀬にまで広がっている。


 最悪だ。


 いや、最悪ではない。


 でも困る。


 その時、教室の扉が開いた。


 湊が入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


 黒瀬はいつものように返した。


 返せた。


 けれど、湊の顔を見た瞬間、昨夜の「まだ無理」が頭に戻ってくる。


 湊は鞄を置きながら、黒瀬の方を見た。


 何か気づいた顔をした。


 黒瀬はすぐにスマホを取り出し、メッセージを送った。


『昨日のやつ』


 湊がスマホを見る。


 少しだけ固まる。


『どれ?』


 黒瀬はすぐ返信する。


『見せない一行』


 既読。


 少し間が空いた。


『まだ無理』


 黒瀬は画面を見たまま固まった。


 わかっていた。


 たぶん、そう返ってくると思っていた。


 でも、実際にそう返されると少しだけ胸が沈む。


『変なこと?』


『変じゃない』


『じゃあ何』


 今度は少し長く止まった。


 湊の席を見ると、湊はスマホを持ったまま、少し考えていた。


 そして返信が来る。


『ちゃんと言える形になってない』


 黒瀬は、その文面を何度か読んだ。


 ちゃんと言える形になってない。


 それは、嘘ではない気がした。


 逃げているのとも少し違う。


 でも、見せてはくれない。


 黒瀬は少しだけ唇を尖らせて返信した。


『保留』


『うん』


『消すな』


『消さない』


 その返事を見て、少しだけ安心した。


 けれど安心した自分にも腹が立つ。


 湊の一行が何なのかわからないままなのに、消さないと言われただけで落ち着く。


 単純すぎる。


 でも、それが今の自分なのだろう。


 一限目の授業中、黒瀬はいつもより余白を使わなかった。


 書こうとすると、全部そこへ向かってしまいそうだったからだ。


 ――朝比奈、見せない一行。

 ――まだ無理。

 ――消さない。

 ――気になる。


 そんなことばかり書きそうになる。


 授業中にそれは危険だ。


 ノート提出があったら終わる。


 だから黒瀬は、今日は余白をなるべく空けておいた。


 空けておいたはずだった。


 二限目が終わる頃には、端の方に一行だけ書いていた。


 ――見せないなら、見せない顔するな。


 書いてから、自分で少し笑いそうになった。


 湊は確かに、見せない顔をしていた。


 見せられないのに、そこに何かあることを隠しきれていない顔。


 それは自分に似ている気がした。


 昼休み。


 莉子は当然のようにその話を掘り返してきた。


「で、朝比奈くんの見せない一行って何?」


「知らない」


 黒瀬は焼きそばパンの袋を開けながら答えた。


「知らないの?」


「知らない」


「見せてもらってないんだ」


「……まだ無理って」


「おお」


 莉子は興味深そうに湊を見る。


「朝比奈くん、見せない一行あるんだ」


 湊は少し困った顔をした。


「ある」


「内容は?」


「まだ無理」


「るいなと同じこと言ってる」


「同じにするな」


 黒瀬が言う。


「だって、るいなもよくまだ無理って顔するじゃん」


「顔で決めるな」


「顔は正直だから」


「莉子のツッコミ帳に書くなよ」


「もう書いた」


「早!」


 莉子はメモ帳を開いて見せた。


 ――朝比奈くんにも見せない一行がある。るいなが朝から気にしすぎ。


「消して」


「やだ」


「今すぐ」


「やだ」


「それ絶対あとで見返していじるやつ」


「見返すためのメモ帳だから」


「最悪」


 黒瀬は顔を赤くしてパンをかじった。


 白瀬はそのやり取りを静かに見ていた。


 そして、湊に向かって少しだけ言った。


「朝比奈くん」


「うん?」


「見せない一行があるのは、悪いことではないと思います」


 黒瀬が少し動きを止める。


 湊も白瀬を見る。


 白瀬は自分のノートに手を置いた。


「私も、黒瀬さんに見せるまで時間がかかりました」


「うん」


「見せるには、少し勇気が必要です」


「うん」


「だから、まだ見せられないなら、無理に見せなくてもいいと思います」


 黒瀬は黙った。


 それは、自分もわかっている。


 白瀬の時、自分は待った。


 無理に見せなくていいと言った。

 でも、消さないでとも言った。


 湊にも、同じことを言うべきなのだろう。


 わかっている。


 わかっているけれど、気になる。


 白瀬は黒瀬の方を見た。


「黒瀬さんも、きっと待てると思います」


 黒瀬の顔が熱くなった。


「……白瀬、そういうの普通に言うなって」


「本当なので」


「出た」


 莉子がすかさずツッコミ帳に書く。


 ――白瀬さん、黒瀬さんを信じる方向で刺す。強い。


「莉子、それも書く?」


「書く。重要」


「重要にするな」


 湊はそのやり取りを見ながら、少しだけ胸が重くなるのを感じていた。


 白瀬の言葉は優しい。


 黒瀬もたぶん、待とうとしてくれている。


 だからこそ、いつかは見せなければいけない気がした。


 あの一行を。


 ――黒瀬が夜に来るのが、当たり前になっているのが少し怖いくらい落ち着く。


 見せたら、黒瀬はどうなるだろう。


 怒るだろうか。

 赤くなるだろうか。

 逃げるだろうか。


 それとも、受け取ってくれるだろうか。


 まだわからない。


 だから、まだ無理だった。


 放課後。


 黒瀬は湊の席へ来た。


「朝比奈」


「何?」


「今日、行く」


「見せない一行の話?」


「うん」


「まだ見せられないぞ」


「知ってる」


 黒瀬は少しむくれた。


「文句言いに行く」


「それはいつも通りだな」


「いつも通りって言うな」


「カフェラテ?」


「当然」


 その夜、黒瀬はいつものように湊の部屋へ来た。


 ソファに座り、クッションを抱える。


 湊がカフェラテを出すと、黒瀬はいつも通り両手で包んだ。


 けれど、今日はしばらく飲まなかった。


「見せない一行」


 黒瀬が言った。


「うん」


「まだ無理なんだよね」


「うん」


「変じゃないんだよね」


「変じゃない」


「悪口?」


「違う」


「白瀬のこと?」


「違う」


「莉子?」


「違う」


 黒瀬は少しだけ目を細めた。


「じゃあ、あたし?」


 湊はすぐには答えられなかった。


 その沈黙で、答えが半分出た。


 黒瀬の表情が変わる。


「……あたしなんだ」


「うん」


「何で言わなかったの」


「言える形になってないから」


「さっきも言ってた」


「うん」


「そんなに言いにくいこと?」


「言いにくいというか」


 湊は少し考えた。


 言葉を急がない。


 白瀬の言葉が浮かぶ。


 ここで適当にごまかすのは違う。


「近すぎる」


 湊が言うと、黒瀬は少しだけ目を丸くした。


「近い?」


「うん。自分でも、まだちゃんと距離を測れてない感じ」


「……意味わかんない」


「ごめん」


「でも」


 黒瀬はカップを見つめた。


「何となく、わかるかも」


 意外だった。


 湊が黒瀬を見ると、黒瀬はクッションを抱え直す。


「あたしも、自分のノートに書いてから、これ見せていいのか無理なのかわかんない時あるし」


「うん」


「近すぎると、見せるの怖い」


「うん」


「だから、まあ」


 黒瀬は少しだけ視線を逸らした。


「保留でいい」


「いいのか?」


「よくはない」


「そうか」


「気になるし」


「うん」


「今すぐ見たいし」


「うん」


「でも、無理に見せられても困る」


「うん」


「だから保留」


 黒瀬はカフェラテを一口飲んだ。


「便利だから」


「便利だな」


「使うな」


「悪い」


「でも」


 黒瀬は湊を見る。


「消さないで」


「消さない」


「あと、なかったことにしないで」


「しない」


「いつか見せて」


「うん」


「ちゃんと言えるようになったら」


「うん」


 黒瀬は少しだけ息を吐いた。


 それで、少し落ち着いたようだった。


 湊はスマホを机の上に置いた。


 黒瀬の視線がそこへ行く。


「今、その中にあるんだよね」


「ある」


「見たら怒る?」


「勝手に見たら怒る」


「じゃあ見ない」


「ありがとう」


「普通に礼言うな」


「でも、言いたかった」


「ずるい」


 黒瀬はクッションに顔を半分隠した。


 しばらく黙ったあと、小さく言う。


「朝比奈」


「何?」


「見せない一行があるって、変」


「うん」


「でも、ちょっと嬉しい」


 湊は驚いた。


 黒瀬はすぐに続ける。


「いや、見せないのはむかつくけど」


「うん」


「でも、あたしのこと書いて、まだ見せられないくらい考えてるってことでしょ」


「……うん」


「それは」


 黒瀬は声を小さくした。


「ちょっと嬉しい」


 湊は、すぐには返せなかった。


 黒瀬は逃げていない。


 顔は赤い。

 クッションで少し隠している。


 でも、言葉はちゃんとそこにある。


「そっか」


 湊が言うと、黒瀬は少しだけ目を伏せた。


「普通に受け取るな」


「ごめん」


「謝るの早い」


「でも」


「何」


「待ってくれて、助かる」


 黒瀬はまた赤くなった。


「……それも普通に言うなって」


「うん」


「本当なら余計」


「うん」


 黒瀬はカフェラテを飲み干した。


 そして、いつものように少しだけ体の力を抜く。


「今日は、見せない一行の文句終わり」


「終わったのか」


「保留だから」


「便利だな」


「便利にするな」


 黒瀬は少し笑った。


 見せない一行の存在に、ギャルは気づいた。


 気になって、むかついて、不安になって、それでも無理に奪わなかった。


 待つと決めた。


 消さないで。


 なかったことにしないで。


 いつか見せて。


 そう言うだけで、今日は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
誤字報告です。 ep.125→第125話
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ