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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第122話 答えはまだ言葉にならない。でも、知ってしまった側の恋はもう引き返せない

 柊坂真白は、待つのが得意ではない。


 返事を待つのも、

 結論を待つのも、

 誰かが戻ってくるのを待つのも。


 待っている時間は、余計なことばかり考える。

 さっき見たもの。

 見た気がするもの。

 見間違いであってほしいもの。

 でも、たぶん見間違いではないもの。


 それらが頭の中で何度も再生される。


 駅前の裏導線。

 帽子。

 マスク。

 スタッフに促されて歩く人物。

 顔は見ていない。

 声も聞いていない。

 それでも、歩き方と避け方と頷き方だけで、胸の奥が冷えるくらい分かってしまった。


 久瀬だった。


 少なくとも、真白の中ではそうだった。


 証拠はない。

 断定もできない。

 でも、今まで何度も見てきた癖が、そこにあった。


 学校の廊下で、誰かとすれ違う時。

 教室で、日野の雑な冗談を受け流す時。

 紬希の静かな気遣いへ、少しだけ目を伏せて礼を言う時。

 すばるの早口オタク語りに、困ったように笑う時。


 あの人は、いつも半歩だけ相手のために道を空ける。

 それが、現場側の動きにも出ていた。


 だから、真白はもう“何も見ていない”とは思えない。


「……面倒」


 駅前から少し離れた場所で、真白は小さく呟いた。


 隣ではすばるがスマホを握ったまま、落ち着かない顔をしている。

 紬希は黙って足元を見ている。

 日野はあえて軽口を探しているようで、でもまだ言えていない。

 朱莉は少し離れた位置で、街の流れを最後まで見ている。


 みんな、何かを待っている。


 久瀬が戻ってくるのを。


 ただそれだけのことが、今日ほど重く感じた日はなかった。


     ◇


「……真白」


 すばるが小さく呼んだ。


「なに」


「さっきの」


「うん」


「ほんとに、久瀬くんだったと思う?」


 その問いは、今さらなのに、たぶん必要だった。


 真白はすぐには答えなかった。

 答えた瞬間、何かが少し固まってしまう気がしたからだ。


「顔は見てない」


「うん」


「声も聞いてない」


「うん」


「だから、証拠はない」


 そこまで言って、真白は少しだけ息を吐く。


「でも、私はそう見えた」


 すばるは黙った。


 その沈黙が、答えを否定していないことを示していた。


「私もさ」


 すばるはスマホを見下ろしたまま言った。


「もうずっと、声とか間とか、言い方とか、そういうの拾ってたじゃん」


「うん」


「でも、それって結局、私が推しを見すぎてるだけかもしれないって逃げられたんだよね」


 その気持ちは、真白にも少し分かる。


 すばるはずっと疑っていた。

 でも同時に、疑いたくなかった。

 推しとクラスメイトが同じかもしれないという現実は、ただ嬉しいだけでは済まないからだ。


「今日のはさ」


 すばるの声が少し細くなる。


「真白が見たんだよね」


「……うん」


「私じゃなくて」


「うん」


「それが、きつい」


 その言葉に、真白は少しだけ視線を落とした。


 すばるが見つけたなら、“オタクの見すぎ”と言えたかもしれない。

 でも真白は、天瀬アルトのファンではない。

 推し補正もない。

 その真白が“久瀬だと思った”という事実が、すばるの逃げ場をさらに削っている。


「ごめん」


 真白が言うと、すばるはすぐ首を振った。


「謝ることじゃないでしょ」


「でも」


「いいの。たぶん、私もどこかで誰かに見てほしかった」


 すばるは苦笑した。


「私一人だと、ずっと自分のオタク脳のせいにできちゃうから」


 その言い方が少しだけ痛かった。


 自分の勘を信じたい。

 でも、信じたら世界が変わる。

 だから、信じきれない理由を探してしまう。


 すばるはずっと、その場所にいたのだろう。


     ◇


 紬希は、二人の会話を静かに聞いていた。


 さっきから、何も言えない。

 言葉が胸の少し手前で止まっている。


 戻ってきて、と言った。


 久瀬は、ちゃんと戻ると言った。


 そのあとで、彼は本当に学校側から消えて、真白が見た。

 帽子とマスクの誰か。

 学校の久瀬ではない何か。

 でも、久瀬かもしれない何か。


 紬希には、それを直接見たわけではない。

 だから断定できない。

 でも、真白の顔を見てしまった。

 すばるの声を聞いてしまった。

 朱莉の表情も見てしまった。


 それだけで十分だった。


 何かが起きた。

 完全に壊れたわけではない。

 でも、昨日までと同じではいられないくらいには。


「……戻ってきたら」


 紬希が小さく言った。


 真白とすばるが、同時にこちらを見る。


「戻ってきたら、どうするの?」


 それは自分が一番聞きたかったことだった。


 問い詰めるのか。

 何もなかったようにするのか。

 待つのか。

 聞くのか。


 今の自分には、どれが正しいのか分からない。


 日野が少しだけ頭をかいた。


「まあ……普通に迎える、でいいんじゃないか」


 その言葉に、すばるが少し驚いた顔をする。


「日野がまとも」


「俺を何だと思ってんだよ」


「たまにまともな人」


「ひどいな」


 少しだけ笑いが起きた。

 でも、すぐに静かになる。


 日野はそのまま続けた。


「いや、だってさ。戻ってくるって言ったんだろ、久瀬」


「うん」


 紬希が頷く。


「じゃあ、まず戻ってきたことを普通に受け取るしかなくね? 話はその後でもできるし」


 雑だ。

 でも、かなり正しい。


 真白は少しだけ目を伏せた。


「……そうね」


 すばるも、小さく息を吐く。


「たぶん、それが一番いい」


 紬希は胸の奥が少しだけ楽になるのを感じた。


 戻ってきたら、まず迎える。

 そのあとで考える。


 単純だけれど、今はそれが必要だった。


     ◇


 朱莉が戻ってきた。


 表情は落ち着いている。

 でも、その落ち着きは“何もなかった”顔ではない。

 やるべきことを終え、次に何を扱うべきかをもう見ている顔だった。


「学校側の流れは、もう大丈夫」


 朱莉はそう言った。


「危険地点は抜けたと思う」


「……助かった」


 日野が言うと、朱莉は短く頷いた。


「で」


 真白が顔を上げる。


「なに」


「あなたたちの方は?」


 その問いに、すばるが苦い顔をした。


「こっちは大丈夫じゃないかも」


「でしょうね」


「分かってた?」


「真白の顔で」


 真白は少しだけ眉を寄せる。


「そんなに?」


「そんなに」


 朱莉は淡々と言った。


 その言い方に、すばるが小さく笑う。

 少しだけ、空気が戻る。


 でも、朱莉はすぐに続けた。


「ただ、今ここで結論を出すのは違う」


 全員が、黙って彼女を見る。


「見たものは消えない。感じたものも消えない。でも、本人が戻ってくる前にあなたたちだけで答えを決めると、たぶん壊し方が雑になる」


 相変わらず、言い方は少しきつい。

 でも、正しい。


「だから、今決めるのは一つだけ」


「何を」


 真白が聞く。


「本人の口から聞くまでは、壊さない」


 その一言に、空気が止まった。


 真白は、さっき自分でも同じようなことを考えていた。

 でも、朱莉に言葉にされると、その決定が少し固くなる。


 本人の口から聞くまでは、壊さない。


 たとえ見てしまったとしても。

 たとえほとんど確信していたとしても。

 自分たちの推測だけで、久瀬が戻る場所を壊さない。


「……うん」


 真白は頷いた。


「私は、それでいい」


 すばるも、少し遅れて頷く。


「うん。私も」


 紬希は両手をそっと握りしめた。


「私も」


 日野は軽く笑って言った。


「俺も。まあ、俺は正直まだ半分ついていけてないけど」


「そこは正直でいい」


 すばるが返すと、ほんの少しだけみんな笑った。


     ◇


 その時、すばるのスマホが震えた。


 全員が、ほとんど同時に視線を向ける。


 すばるは画面を見て、少しだけ息を吸った。


「久瀬くん」


 短く言う。


 紬希がすぐに顔を上げる。


「何て?」


 すばるは画面を読み上げた。


「『終わりました。今から戻ります』」


 その場の空気が、また少しだけ変わった。


 戻る。


 その言葉だけで、紬希の目元が少し緩む。

 真白は黙ってスマホを見つめている。

 朱莉は何も言わず、少しだけ視線を逸らした。

 日野は小さく息を吐く。


「返事」


 真白が言う。


「うん」


 紬希は自分のスマホを取り出し、短く打った。


 『うん。待ってる』


 送信してから、少しだけ胸に手を当てる。


 待ってる。

 それは、ただの連絡ではない。

 今日の「戻ってきて」の続きだ。


 真白もスマホを取り出す。


 少しだけ迷ったあと、打つ。


 『一人で変な判断しないで。そのまま戻って』


 すばるは、それを横目で見て少しだけ笑った。


「真白らしい」


「うるさい」


「でも、いいと思う」


 すばるも打つ。


 『今日は、たぶん話すことある。急がなくていいから戻って』


 送った瞬間、指先が少し震えた。


 話すことがある。


 書いてしまった。

 でも、必要だった。


 日野は最後に、少し悩んでから送った。


 『とりあえず無事ならよし。話は戻ってからで』


「日野らしい」


 紬希が小さく言う。


「だろ」


 日野は笑った。


 その笑いに、今度は少しだけちゃんとした温度が戻った。


     ◇


 待つ時間は長かった。


 実際には、そんなに長くなかったのかもしれない。

 でも、真白には長く感じた。


 街の音が遠くなる。

 大型ビジョンの映像がまた切り替わる。

 生徒たちの流れは少しずつ薄くなっていく。

 行事の余韻が街から抜けて、いつもの夕方へ戻っていく。


 その中で、自分たちはまだ待っている。


 久瀬湊人を。


 あるいは、天瀬アルトかもしれない誰かを。


 その区別を、まだ言葉にしないまま。


「真白」


 すばるが小さく言った。


「なに」


「私、たぶんもう前と同じ推し方はできない」


 その言葉は、静かだった。

 でも、とても重かった。


「そう」


「うん。でも、嫌いになったとかじゃなくて」


「わかる」


 真白はすぐに言った。


 すばるは少し驚いたようにこちらを見る。


「……わかる?」


「うん」


 真白は前を見たまま言う。


「私も、たぶん前と同じ見方はできない」


 学校の久瀬湊人を見る時。

 これまでのように、ただ“無理している男子”としてだけ見ることはできない。

 あの裏導線で見えた断片が、必ず重なる。


 それでも、嫌になったわけではない。

 むしろ逆だ。

 知ってしまったかもしれないからこそ、もう引き返せないところへ感情が進んでしまった気がする。


 心配。

 怒り。

 不安。

 知りたい。

 でも壊したくない。

 そして、戻ってきてほしい。


 それら全部が、恋と呼ぶには少し不格好で、でもたぶん恋に近いところで混ざっている。


「……面倒」


 真白が呟く。


 すばるは少しだけ笑った。


「それ、今日何回目?」


「知らない」


「でも、分かる」


 すばるは画面の消えたスマホを握りしめた。


「ほんと、面倒」


     ◇


 紬希は、二人の言葉を聞きながら思っていた。


 たぶん、今日でみんな少し変わった。


 真白は、見てしまった。

 すばるは、答えの輪郭からもう逃げられなくなった。

 朱莉は、秘密を守るための盤面が次の段階へ進んだことを理解している。

 日野も、たぶん軽口だけでは済まない空気を感じ取っている。


 そして自分は。


 戻ってきて、と言った。

 待ってる、と送った。


 それだけなのに、もう前とは違う。


 好きな人がどこへ行って、どんな顔で戻ってくるのか。

 それを知らないままでも、待つと決めてしまった。


 その時点で、もう引き返せないのかもしれない。


     ◇


 少しして、遠くの人の流れの中に、久瀬の姿が見えた。


 制服ではない。

 でも、もう現場側の帽子やマスクのままでもない。

 学校側へ戻るための、少し中途半端な姿だった。


 彼は、こちらに気づいて足を止めた。


 ほんの一瞬。


 その一瞬で、真白には分かった。


 久瀬も、分かっている。

 自分たちが何かを見たことを。

 そして、もう前と同じようには戻れないことを。


 でも彼は、逃げなかった。


 ゆっくり歩いてくる。


 日野が小さく言った。


「おかえり、でいいよな」


 誰も否定しなかった。


 久瀬が近づいてくる。

 距離が縮まる。

 街の音が、少しだけ遠くなる。


 真白は、胸の奥で一度だけ息を整えた。


 答えはまだ言葉にならない。

 でも、知ってしまった側の恋はもう引き返せない。


 だからこそ、まだ壊さない。


 本人の口から聞くまでは。

 久瀬湊人が、自分の言葉でこちらへ戻ってくるまでは。


 真白は、いつものように少しだけ素っ気ない顔を作って、彼を見た。


「遅い」


 それが、最初の一言だった。


 久瀬は一瞬だけ目を見開き、それから少しだけ、ほんとうに少しだけ笑った。


「……すみません」


「謝るより先に」


 真白は言う。


「おかえり」


 その言葉に、久瀬の表情が静かに揺れた。


 すばるも、紬希も、日野も、朱莉も、何も言わなかった。

 でも、そこには確かに同じ空気があった。


 戻ってきた。

 まだ話していない。

 まだ答えは出ていない。

 それでも、戻ってきた。


 その事実だけを、今はまず受け取る。


 そうして、学校行事と大型企画が重なった長い一日は、完全な正体バレには至らないまま、けれど全員の心に消えない断片を残して終わっていくのだった。

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