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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第120話 配信の後輩は、学校の静かな男子を思い出しながら先輩の背中を見る

 小鳥遊絃葉は、現場に入る直前の空気が少し苦手だった。


 配信そのものなら、まだいい。


 自分の部屋で、

 マイクの前に座って、

 画面の向こうのコメントを見て、

 声を整えてから始められる。


 そこには、自分の呼吸を作る時間がある。


 けれど現場は違う。


 スタッフの足音がある。

 関係者の声がある。

 誰かのスマホが鳴る。

 通行人の気配が近い。

 そして、自分がこれから“見られる側”へ入るのだという実感が、じわじわ肩へ乗ってくる。


 今日の現場は、特にそうだった。


 大型企画。

 街頭連動。

 駅前圏。

 学校行事と同じ日。


 頭では何度も確認してきた。

 でも実際にこの街のざわめきの中へ立つと、予定表で見ていた文字とは違う重さがある。


「小鳥遊さん、こちらで待機お願いします」


 スタッフに案内され、絃葉は小さく頭を下げた。


「はい、よろしくお願いします」


 返事の声が、少しだけ硬い。

 自分でも分かる。


 けれど、今日はそれをすぐに直せなかった。


 視界の端に、制服姿の生徒が見える。

 遠くで学校帰りらしい声がする。

 駅前の大型ビジョンには、AstraLinkの告知が流れている。


 配信側の現場にいるのに、学校の匂いがする。


 そんな感覚は初めてだった。


     ◇


 少し離れたところに、天瀬アルトがいた。


 帽子とマスク。

 現場入り用の目立たない格好。

 それでも、立ち方だけで不思議と分かる。


 もちろん、ファン向けの姿ではない。

 配信画面の中の王子様然とした姿でもない。

 それどころか、現場ではできるだけ存在感を消そうとしているようにも見える。


 でも、絃葉には分かった。


 あの人は、場の空気をちゃんと見ている。


 スタッフが少し慌ただしくなった時、声を荒げずに一歩引く。

 新人が通る動線をふさがないよう、さりげなく位置を変える。

 誰かが説明を聞き逃しそうになった時、言葉を挟まず、でも聞き返しやすい空白を作る。


 派手なことは何もしていない。

 それなのに、そこにいるだけで現場の角が少し丸くなる。


 やっぱりすごい。


 絃葉はそう思った。


 そして、その直後に別の顔が浮かんでしまう。


 久瀬湊人。


 学校の廊下で、

 渡り廊下で、

 階段の途中で、

 何度か短く話した静かな男子。


 大きなことは言わない。

 踏み込まない。

 でも、こちらが少し落ち着く言葉を、ちょうどいい場所に置いてくれる人。


 楽しみと怖さは、両方増える。

 それは、ちゃんと向き合ってる証拠。


 昼休みに言われたあの言葉が、今の現場のざわめきの中でまた戻ってくる。


「……なんで、今」


 小さく呟く。


 ここはAstraLinkの現場だ。

 自分は小鳥遊絃葉として、ライバー側の仕事をしに来ている。

 なのに、学校の男子のことを思い出している場合ではない。


 そう思うのに、止まらない。


 アルトを見るほど、久瀬を思い出す。

 久瀬の言葉を思い出すほど、アルトの背中がただの憧れではなく、もっと近い何かに見えてしまう。


 それが、少し怖かった。


     ◇


「小鳥遊さん」


 呼ばれて、絃葉は顔を上げた。


 天瀬アルトだった。


「あ、はい」


 返事が少し跳ねる。

 自分で恥ずかしくなるくらい、分かりやすい。


 アルトはそれを笑わなかった。

 ただ、少しだけ声の温度を下げてくれる。


「このあと、スタッフさんの合図で一度前へ出ます」

「はい」

「音が大きいので、聞き取りづらかったら、無理に返事しなくて大丈夫です。手元の合図を見ていれば問題ありません」

「……はい、ありがとうございます」


 すごい、と思う。


 今、自分が何を不安に思っているか、聞かなくても分かっているみたいだった。

 現場音。

 合図。

 聞き逃し。

 返事のタイミング。


 新人が不安になりやすいところを、先に軽くしてくれる。


 絃葉は、ぎゅっとスマホを握った。


「天瀬さん」

「はい」

「私、今日、ちょっと緊張していて」

 言ってから、少しだけ後悔する。

 そんなこと、見れば分かる。

 わざわざ本人に言う必要はなかったかもしれない。


 でも、アルトはやっぱり変に励まさなかった。


「緊張しているくらいで、ちょうどいいと思います」

「……ちょうどいい、ですか」

「ええ。緊張しない現場より、少し慎重なくらいの方が安全です」

 その言い方に、絃葉は思わず息を止めた。


 似ている。


 言葉そのものではない。

 でも、感情に意味を与える感じが。


 怖い。

 でも、それは悪いことじゃない。

 ちゃんと向き合っているからだ。


 久瀬の言葉と、アルトの言葉が、胸の中で少しだけ重なる。


「……そういう言い方、するんですね」

 気づけば、そんなことを言っていた。


 アルトが少しだけ首を傾げる。


「そういう?」

「いえ」

 絃葉は慌てて首を振る。

「すみません。変な意味じゃなくて」

「大丈夫ですよ」

 その返し方まで、やわらかい。


 大丈夫ですよ。


 その言い方に、また学校の廊下の空気が重なる。


 大きい予定って、近づくほど両方増えるので。

 なら、普通です。

 それならよかったです。


 もう、ただ“似ている”だけでは済まない気がしてきた。


     ◇


 現場の動きが少し止まった。


 スタッフの一人が裏導線の確認に入り、別のスタッフが誰かと連絡を取っている。

 どうやら、学校側の生徒らしき流れが一瞬近づいたらしい。


 絃葉は詳しい事情までは分からない。

 でも、現場全体の緊張が少しだけ上がったことは分かった。


 アルトも、それを見ていた。


 表情は変わらない。

 声も出さない。

 でも、視線の置き方がほんの少しだけ変わる。


 周囲を見る。

 スタッフの位置を見る。

 人の流れを見る。

 そして、自分がどう動くべきかを一瞬で決める。


 その背中を、絃葉は見ていた。


 落ち着いている。

 けれど、何も感じていないわけではない。

 むしろ、誰よりも神経を張っている。


 その感じが、また久瀬に似ていた。


 学校で、何かを抱えている時の久瀬。

 表面は穏やかで、会話にも入る。

 でも、目の奥だけ少し忙しい。

 何かを計算して、何かを守ろうとしている。


 絃葉は、胸の奥が冷えるのを感じた。


 待って。


 それは、似ているだけ?

 本当に?


 天瀬アルトの背中を見ながら、学校の久瀬湊人を思い出す。

 それが今日だけで何度目なのか、もう数えられない。


 声。

 間。

 気遣い。

 言葉の置き方。

 そして今は、周囲を見る時の慎重さまで。


 ひとつひとつなら、偶然かもしれない。

 でも、こんなに重なることがあるだろうか。


「小鳥遊さん、大丈夫ですか?」


 スタッフに聞かれ、絃葉ははっとした。


「あ、はい。大丈夫です」


 返事をしながら、心の中ではまったく大丈夫ではなかった。


     ◇


 少しあと、現場は再び動き始めた。


 絃葉の出番は短かった。

 指定位置に立つ。

 短いコメントを入れる。

 スタッフの合図に合わせて一歩下がる。


 緊張した。

 声も少しだけ硬かったかもしれない。

 それでも、大きな失敗はなかった。


 終わった瞬間、アルトが小さく頷いてくれた。


「大丈夫です。きちんと入っていました」

「……ありがとうございます」


 それだけ。

 それだけなのに、胸が熱くなる。


 憧れの先輩に認めてもらえた。

 その嬉しさは本物だ。

 嘘ではない。


 でも、その嬉しさのすぐ隣に、別の感情がある。


 学校で久瀬に「普通です」と言われて安心した時と、

 今、アルトに「大丈夫です」と言われて安心した時。


 その安心の形が、似ている。


 同じ場所に落ちてくる。


 絃葉は、そっと唇を噛んだ。


「……まさか」


 声に出た。


 ほんの小さな声だった。

 現場の音に紛れて、誰にも聞こえなかったと思う。


 でも、自分には聞こえた。


 初めて、その言葉がはっきり出てしまった。


 まさか。


 その続きは、まだ言えない。

 言ってしまったら、本当に何かが変わってしまう。

 でも、もう心の中では、その続きが形になり始めている。


 まさか、天瀬アルトと久瀬湊人は――。


 そこまで考えて、絃葉は慌てて首を振った。


 違う。

 まだ違う。

 顔を見たわけではない。

 証拠もない。

 ただ、似ているだけ。


 でも、その“似ているだけ”が、今日ほど弱く感じたことはなかった。


     ◇


 現場の休憩時間、絃葉は少し離れた場所で水を飲んだ。


 スマホを見る。

 学校の友達から、行事の写真が何枚か送られてきている。

 そこには、学校側の時間が映っていた。


 制服。

 班行動。

 駅前の風景。

 少し遠くに見える大型ビジョン。


 その写真を見た瞬間、絃葉の中で現場と学校がまた近づいた。


 学校の静かな男子。

 配信の憧れの先輩。

 同じ街。

 同じ日。

 似た言葉。

 似た間。

 似た背中。


 もう、ただの偶然だと言い切るには、材料が増えすぎている。


「……どうしよう」


 小さく呟く。


 答えが欲しいわけではない。

 少なくとも、今すぐではない。

 でも、気づいてしまったかもしれないものを、完全になかったことにもできない。


 配信の後輩は、学校の静かな男子を思い出しながら先輩の背中を見る。

 そしてその背中の向こうに、今まで別々に見ていた二人の輪郭が、ほんの少しだけ重なり始めていた。

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