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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第114話 配信の後輩は、憧れの先輩の現場に行くのが楽しみなはずなのに少し怖い

 小鳥遊絃葉は、楽しみと怖さが同じ大きさになると、たいてい眠りが浅くなる。


 前日からずっと、そうだった。


 来週の大型企画。

 街頭連動。

 現地稼働。

 AstraLinkの先輩たち。

 そして天瀬アルト。


 本来なら、楽しみの方が勝っていていいはずだった。


 同じ箱に入ってからずっと、憧れてきた先輩だ。

 声の置き方も、

 後輩への距離感も、

 現場での立ち居振る舞いも、

 何もかも“ちゃんとしていて、しかもやさしい”。

 ああいう人と同じ空間に立てるのは、配信者として普通に嬉しい。


 でも今の絃葉の中では、その嬉しさの横に、ずっと別の感情が並んでいる。


 学校行事。

 同じ日。

 同じ街。

 学校側の自分と、

 配信側の自分が、

 思っていたより近いところで重なってしまうかもしれない怖さ。


 しかも、その怖さを考える時に、どうしても一人の顔が浮かぶ。


 久瀬湊人。


 学校の静かな男子。

 話すと落ち着く。

 少しだけ安心する。

 そして、憧れの先輩のやさしさと、妙に似たところがある人。


「……ほんと、何なんだろう」


 夜、自室のベッドの上で膝を抱えながら、絃葉は小さく呟いた。


 アルトの現場に行けるのは嬉しい。

 でも、その現場が学校の時間と近すぎるのは怖い。

 しかもその怖さの中で、学校側の誰かのことまで思い出してしまう。


 楽しいはずの予定の前で、ここまで落ち着かないのは、たぶん初めてだった。


     ◇


 翌朝、教室の空気はいつも通りだった。


 友達が週末の話をしていて、

 先生が朝の連絡をまとめていて、

 来週の行事の話も少しずつ出ている。


 その“いつも通り”の中にいると、昨日までのざわつきも少しだけ薄まる。

 でも、完全には消えない。

 むしろ、普通の空気の中にあるからこそ、来週の重なりが余計に不自然に思えた。


「絃葉」

 友達に呼ばれて顔を上げる。

「来週の行事、班どうなるんだろうね」

「まだ出てないよね」

「だよねー」

 そんな何でもない会話。

 でも、絃葉の中ではその“班どうなる”が普通の行事会話では済まなかった。


 もし行動範囲が広ければ。

 もし駅前圏へ行く流れになれば。

 もし、あの企画の現場と近づきすぎたら。


 何も起きないかもしれない。

 でも、最近は“何も起きないかもしれない”を素直に信じきれない。


「絃葉、今日もなんか考えこんでる」

 友達が笑う。

「そんなに?」

「うん、最近ずっと」

 そう言われると、もう苦笑するしかない。

 たしかに最近の自分は、学校の中にいても心のどこかが別の予定表を見ている。


     ◇


 昼休み、絃葉は一人で別棟へ続く廊下の窓際に立っていた。


 人通りはある。

 でも教室より少し静かだ。

 最近は、こういう場所へ来る頻度が増えた。

 考えごとを整理するには、このくらいのざわめきの方がちょうどいい。


 スマホを開く。

 AstraLinkの共有チャット。

 候補日最終調整中のまま、細かい導線だけが少しずつ詰まっていく。

 つまり、大きくはまだ確定していないのに、現実感だけは増していく一番嫌な段階だ。


「……やだな」


 ぽつりと漏れる。

 嬉しい、もある。

 でも今は、怖い、の方が少しだけ強い。


「小鳥遊さん」

 後ろから声がして、絃葉は小さく肩を揺らした。


 振り返る。

 久瀬湊人だった。


「あ」

 最近の自分は、本当にこの一音ばかりだと思う。

 でも、名前を呼ばれた瞬間に少しだけ呼吸が楽になるのだから、仕方がない。


「こんにちは」

 久瀬が言う。

「こんにちは」

 絃葉も返す。


 その短いやりとりだけで、少しだけ気持ちが落ち着く。

 それが、最近の自分にはもうわりと当たり前になってきていて、逆に少し怖い。


「今日は」

 久瀬が言葉を選ぶ。

「前より、また少し考えごとの顔ですね」

 その言い方に、絃葉は思わず小さく笑った。

「そんなに顔に出る?」

「少し」

 その“少し”が、やっぱりやさしい。


「来週のこと?」

 久瀬が続ける。

 そこで絃葉は少しだけ目を見開く。

「……わかる?」

「最近、みんなその話をしていますし」

 たしかにその通りだ。

 行事前なのだから、学校の中では普通のことだ。


「うん」

 絃葉は頷く。

「ちょっと、落ち着かなくて」

「楽しみじゃなくて?」

 その問いは、ごく自然だった。

 でも絃葉にとっては、少しだけ核心でもあった。


「楽しみ、もある」

 正直に言う。

「でも、それと同じくらい怖い」

 そこまで言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。

 こんなふうに自分の気持ちを学校の誰かへ話すとは、少し前なら思わなかった。


 でも久瀬は、やっぱりそこを変に重く受け取らない。

「そういう時ありますよね」

 静かな声でそう言う。

「大きい予定って、近づくほど両方増えるので」

 その言葉が、すっと入る。

 楽しみも、怖さも、両方増える。

 まさにそれだった。


「……うん」

 絃葉は小さく頷く。

「今ほんと、それ」

「なら」

 久瀬は少しだけ目を細めた。

「たぶん、ちゃんと向き合ってる証拠です」

 その返しに、絃葉は一瞬言葉を失った。


 ちゃんと向き合ってる証拠。

 それは、今まで自分が“落ち着かなさ”としてしか捉えられていなかったものへ、少しだけ前向きな意味をくれる言葉だった。


「……ずるい」

 思わず小さく漏れる。

「え」

「なんか、そういう言い方」

 絃葉は少しだけ困ったように笑う。

「楽になる」

 久瀬は一瞬だけ驚いた顔をして、それから少しだけ困ったように笑った。

「それなら、よかったです」

 また、その返し。

 やっぱり似ている。

 相手の緊張を少しだけ下げるこの感じが。


     ◇


 午後の授業中、絃葉はノートを取りながらも、頭の片隅でずっとさっきの会話を反芻していた。


 大きい予定は、近づくほど楽しみと怖さの両方が増える。

 それは、ちゃんと向き合ってる証拠。


 アルトも、たぶんこういう言い方をする。

 ただ慰めるだけじゃなくて、今の感情へ少しだけ意味を与える感じで。


 でも今の自分は、それを“先輩として憧れるやさしさ”だけでなく、“学校で少し安心する誰かのやさしさ”としても受け取ってしまっている。


 そこがややこしい。

 かなり。


 天瀬アルトの現場へ行くのが楽しみなはずなのに、

 その前で、どうして学校の静かな男子の言葉まで思い出してしまうのだろう。


「……変だな」


 心の中で呟く。

 でも、その変さが日に日に強くなっていることも、自分ではもう否定できなかった。


     ◇


 放課後、帰宅したあと、絃葉は配信準備のノートを開いていた。


 持ち物。

 タイムテーブル。

 現場入り想定。

 やることを具体的に書き出していくと、少しだけ落ち着く。


 でも、その途中で手が止まる。


 もし来週、

 学校の誰かが近くにいたら。

 もし学校行事の流れが現場圏に寄ったら。

 もし――久瀬くんが、あの日あの街にいたら。


 そこまで考えて、絃葉は自分で少しだけ息を止めた。


「……なんでそこで、久瀬くんなんだろ」


 口に出してみる。

 でも答えはすぐに出ない。


 話しやすいから。

 安心するから。

 最近よく思い出すから。

 たぶんそれだけでも充分なのだろう。

 でも、今の自分はその“それだけ”を、もう少し深く考え始めてしまっている。


「……もし、あの日近くにいたら」


 その続きを、絃葉は最後まで言えなかった。

 言葉にすると、いろいろなものが一気に現実になってしまいそうだったからだ。


 配信の後輩は、憧れの先輩の現場に行くのが楽しみなはずなのに少し怖い。

 そしてその怖さの中で、なぜか学校の静かな男子のことを真っ先に思い出してしまう自分にも、少しずつ気づき始めていた。

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