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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第113話 オタクは、推しの情報と学校の予定表を並べるともう戻れない

 鳴海すばるは、並べてはいけないものを並べた時点で、だいたい終わると思っている。


 たとえば、推しの供給予定と自分の財布。

 たとえば、テスト範囲と自分の勉強時間。

 たとえば、深夜のテンションと通販サイト。


 そして今、自分がやろうとしているのは、それよりずっとまずい種類の“並べてはいけないもの”だった。


 学校行事の予定表。

 AstraLink大型企画の断片的な情報。

 久瀬湊人が最近ようやく共有してきた、危ない日の輪郭。


 それを、頭の中ではなく、ほぼ一つの盤面として並べようとしている。


「……やめたい」


 夜、自室の机に向かったまま、すばるは小さく呟いた。

 でも、その手は止まらない。


 スマホには学校から回ってきた行事予定の写真。

 別窓には、AstraLink関連で出回っている告知の時系列まとめ。

 そこへ自分のメモ帳。

 久瀬が言ったこと。

 駅前圏。

 夕方寄り。

 一人になる時間あり。


 前なら、ここでまだ“偶然かも”と言えた。

 でも最近は無理だ。

 違和感が積み重なりすぎた。

 しかも、久瀬自身が“前より多く話す”側へ寄ってきたことで、その輪郭は余計に現実味を持ち始めている。


「ほぼじゃん……」


 またその言葉になる。

 ほぼ。

 でも、まだ確定じゃない。

 確定ではないから苦しい。

 でも、ここまで来て“何も繋がっていません”の方が不自然だという感覚も、もう消えてくれない。


 オタクは、推しの情報を並べ始めたら強い。

 強いがゆえに、見たくないものまで見えてしまう。

 それが今の自分には、かなり厄介だった。


     ◇


 翌朝、すばるは教室へ入る前から妙にそわそわしていた。


 理由は簡単だ。

 昨夜、予定表と情報を並べたせいで、もう“ただの勘”の場所へ戻れなくなっているからだ。


 教室の扉を開ける。

 窓際の空気。

 日野はまだ来ていない。

 真白は席でノートを出している。

 紬希はいつもの静かな手つきで筆箱を整えていた。

 そして久瀬は、もういる。


 その事実だけで、また心臓が少し変な音を立てる。


「おはよ」

 声をかける。

「おはようございます」

 返ってくる、落ち着いた温度。

 その一言でまた、昨夜の情報の並びが頭の中へ戻る。


 時間帯。

 場所。

 動線。

 そして、この声。


「……鳴海」

 真白が横から言う。

「なに」

「今日ひどい」

 雑な言い方なのに的確だ。

 すばるは思わず苦笑する。

「自覚ある」

「何したの」

 そこは逃げられない。


「並べた」

「何を」

「学校の予定表と」

 そこまで言ってから、少しだけ言葉を切る。

「向こう側の情報」

 その一言で、真白の目が少しだけ細くなる。

 紬希も静かにこちらを見る。

 久瀬だけは、やや慎重な顔をした。


「で?」

 真白が聞く。

 その短さが、逆に逃げにくい。


「……もう、戻れない感じ」

 すばるは小さく言った。

「ほぼ、線になる」

 そこまで言うと、今度は日野がちょうど来て「朝から重いな」と笑う。

 でもその笑いも半分だけだ。

 最近のこの話題は、もう完全にネタでは済まないと分かっているのだろう。


     ◇


 一限目が終わったあと、窓際の空気は自然にその“戻れない感じ”の方へ寄っていった。


「どのへんが」

 日野が聞く。

「線になるの」

 すばるは少しだけ迷う。

 細かく言えば言うほど、自分の中で答えが固まっていきそうで怖い。

 でも、もうここまで来ると何も言わない方が変だ。


「学校行事の時間帯と」

 すばるは指を折るみたいに言う。

「うん」

「駅前圏って情報と」

「うん」

「学生層リーチ狙いの企画って流れ」

「……」

「あと、久瀬くんが“前より多く共有してきた”こと」

 そこまで言うと、真白が小さく息を吐いた。

「それは、かなり」

「でしょ」

「かなり」

 そのやりとりに、紬希も小さく頷く。

 日野だけが「オタクの怖いとこ出てる」と笑った。


「いやでも」

 すばるは続ける。

「今まではこっちが勝手に拾ってただけだったじゃん」

「うん」

「でも今は、向こうから出てくる輪郭まで噛み合ってきてる」

 そこが一番大きかった。


 もし久瀬が最後まで何も出さないままなら、まだ“こっちの見すぎ”で逃げられた。

 でも今は違う。

 本人が危険日を出してきた。

 場所も時間帯も、前よりはっきりした。

 その結果、自分の中のAstraLink知識と繋がりすぎる。


「……もう、答えを聞くしかないのでは」

 ぽつりと、すばるは言ってしまった。

 その瞬間、窓際の空気がはっきり止まる。


 日野が「うわ」と小さく言い、

 紬希は目を伏せる。

 真白だけは、すぐには否定しなかった。

 そして久瀬は、明らかに少しだけ表情を止めた。


     ◇


 自分で言ってから、すばるは少しだけ後悔する。


 聞くしかない。

 それは半分本音だ。

 でも、半分は勢いでもある。

 本当にその場で答えをもらったら、自分はちゃんと受け止められるのか。

 そこまではまったく自信がなかった。


「……いや」

 すぐに言い直す。

「今じゃなくて」

 そこへ真白が低く言った。

「そう」

「え」

「今じゃない」

 その言い方は、すばるにとってかなりありがたかった。


 今、答えを聞くしかないのでは。

 そう思ってしまうくらいには追い詰められている。

 でも、今聞くのは違う。

 それを真白が先に言葉にしてくれたことで、少しだけ呼吸が戻る。


「たぶん」

 真白は続ける。

「聞くにしても、タイミングがある」

「うん」

 紬希も小さく頷く。

「今は、準備してる途中」

 その言葉が、今の全体像に少しだけ筋を通してくれる。


 そうだ。

 今はまだ、学校行事と企画がぶつかる前だ。

 危ない日の前。

 まだ全部が動ききっていない。

 そんな中で“答え”だけを引きずり出すのは、たぶん違う。


「……わかってる」

 すばるは小さく言う。

「でも、かなり近いとこまで来ちゃってる」

「うん」

 真白が返す。

「それもわかる」

 その一言だけで、少し救われる。


     ◇


 昼休み、すばるは一人でスマホのメモ帳を見つめていた。


 学校行事

 駅前圏

 学生層リーチ

 現地入り時間

 一人になる時間

 久瀬の共有


 文字にすると、本当にろくでもない。

 しかも、そこへ自分の中にある“声の癖”“間の取り方”“優しさの出し方”まで重なっている。


 もう十分だ。

 本来なら、ここまで来たら答えを求めてもおかしくない。

 でも、やっぱりまだ怖い。


 もし答えが本当にそうなら。

 推しとして憧れてきた時間も、

 学校で顔色を見てきた時間も、

 全部が一本の線へ収束する。

 それは、たぶん嬉しいだけでは終わらない。


「……ほんとに、どうすんの」


 小さく呟いた時、横から紬希が来た。


「鳴海さん」

「うわ」

 最近、よくびっくりする。

 でも、紬希の静かな気配は不思議と嫌ではない。


「さっきの」

 彼女が言う。

「うん」

「答えを聞くしかないって思ったの」

「……うん」

「それくらい、近くなってるんだね」

 その言い方は、責めていない。

 ただ、受け止めているだけだ。

 それがありがたい。


「近い」

 すばるは頷く。

「かなり」

「でも」

 紬希は少しだけ目を伏せる。

「私、まだ、本人の口からじゃないとこは壊したくない」

 その一言が、すばるの中で深く響く。


 そうだ。

 本人の口からじゃないとこは壊したくない。

 それは、自分の中にもずっとあった気持ちだ。


 オタクとして答えを知りたい。

 でも、学校の窓際の空気を、自分の推測だけで壊したくはない。

 だからこそ、ここまでしんどいのかもしれない。


     ◇


 放課後、五人で駅へ向かう途中。

 すばるは少しだけ吹っ切れた顔で言った。


「ねえ」

「なに」

 真白が返す。

「今日わかった」

「何が」

「私、答えが欲しいんじゃなくて」

 少しだけ間を置く。

「答えを聞く時の準備がほしい」

 その言葉に、日野が「おお」と言い、

 紬希は静かに頷く。

 真白だけは、少しだけ目を細めたあとで言った。


「そこまで言えたなら、たぶん前進」

 その評価は、今日のすばるにはかなりありがたかった。


「……かな」

「かなり」

 真白が返す。

「便利ワード」

「今日は許す」

 そのやりとりに、少しだけ笑いが起きる。


 笑える。

 まだ笑える。

 それだけで少し安心する。

 たぶん、今の窓際はまだ大丈夫だ。

 答えの輪郭がかなり近くまで来ていても、まだ壊れてはいない。


 オタクは、推しの情報と学校の予定表を並べるともう戻れない。

 でも、戻れない場所に来たからこそ、今度は“どう受け止めるか”の準備が必要になる。

 すばるはようやく、その段階に入ってきたのだと少しずつ理解し始めていた。

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