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『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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112/125

第112話 お嬢様は、事故の前日に“動線”を奪いにいく

 御門朱莉は、偶然という言葉をあまり信用していない。


 人はよく「たまたま見かけた」と言う。

 「偶然近くにいた」とか、

 「なんとなく寄った」とか、

 そういう言い方で物事を柔らかくする。


 でも実際には、偶然にはだいたい土台がある。


 人の流れ。

 時間帯。

 導線。

 立ち止まりやすい場所。

 見上げやすいビジョン。

 寄り道しやすい店。

 そういうものが全部揃った時に、事故は“偶然”の顔をして起きる。


 だから、事故を減らしたいなら、感情をどうこうするより先に導線を奪う方が早い。


「……ほんと、面倒」


 前日の夕方、生徒会室から出た朱莉は、スマホの画面を見ながら小さく呟いた。


 学校行事の暫定ルート。

 集合時刻。

 解散見込み。

 班行動の範囲。

 そして、AstraLink側の現地稼働が入る駅前圏の地図。


 昨日までの共有で、久瀬湊人はかなり前より多く出してきた。

 時間帯。

 駅前圏。

 一人になるタイミングがあること。

 そこまで分かれば、あとは盤面として見られる。


 見られるからこそ、嫌でも分かる。

 危ない場所が、一か所だけ残る。


「ここよね」


 画面上の一点を指先で軽く叩く。

 駅前メイン通りから少し外れた接続路。

 学校行事の班行動で使いやすく、

 大型ビジョンの人混みを避けた生徒が流れ込みやすく、

 そのくせ配信側の裏動線とも近い。


 人はメインの危険地点ばかり警戒する。

 でも実際にぶつかるのは、たいていこういう“少し外れたちょうどいい場所”だ。


 朱莉は少しだけ目を細めた。


 だったら、そこを先に潰すしかない。

 学校側の動きも、

 街側の人流も、

 少しだけずらす。


 正面から「近づくな」と言う必要はない。

 自然に、別の流れへ乗せればいい。


     ◇


 翌朝、教室へ行く前に、朱莉はすでに二つ動いていた。


 一つ目は学校側。


 生徒会補助の名目で、校外行事の当日ルート確認に少し口を出す。

 正式な決定権はない。

 でも、混雑回避や安全面の提案なら通しやすい。


「駅前メイン通りは混むので」

 教師へ向けて、朱莉は淡々と言う。

「班ごとの流れを少し分散させた方がいいと思います」

 その言い方はあくまで生徒目線の安全提案だ。

 嘘ではない。

 そして、嘘ではないから強い。


 二つ目は街側。


 駅前圏の混みやすい時間帯と、抜け道になりやすい通路の確認。

 これは半分、自分で歩くしかない。

 放課後、制服のまま軽く回れば見えるものがある。


 どこに人が溜まるか。

 どこなら班行動の高校生が自然に吸い込まれるか。

 どこに立てば、危ない流れを別へ逃がせるか。


 そういうことを、朱莉は昔から考えるのが苦ではなかった。

 面倒ではある。

 でも、面倒と苦手は別だ。


     ◇


 昼休み、二年三組の窓際に顔を出すと、真白が最初に言った。


「顔」

「なに」

「もう動いてる」

 短い。

 でも正しい。

 朱莉は少しだけ肩をすくめた。

「当然でしょ」

 日野が笑う。

「最近の御門さん、完全に裏方ボス」

「その言い方やめて」

 すばるが言いながらも、ちょっと嬉しそうだ。

 紬希は静かにこちらを見ている。

 そして久瀬は、やはり少しだけ察している顔をしていた。


「で」

 真白が聞く。

「何が見えたの」

「まだ全部じゃない」

 朱莉は教室の後ろ扉近くに寄りながら言う。

「でも、一か所だけ残る」

 その言い方で、窓際の空気が少し締まる。


「どこ」

 すばるがすぐ聞く。

「駅前の裏導線」

 朱莉は簡潔に答えた。

「メインじゃない?」

 日野。

「メインは逆に人が多すぎて、みんな警戒する」

「なるほど」

「危ないのは、避けた先」

 そこへ真白が小さく頷く。

「それ、わかる」

 最近の真白は、こういう盤面の話もだいぶ飲み込みが早い。


「学校行事側の班が」

 朱莉は続ける。

「“人多いからこっち行こう”って流れやすい場所がある」

「うん」

「で、配信側の裏動線も近い」

 そこまで言えば十分だった。


 すばるが本気で顔をしかめる。

「うわ」

 紬希も静かに言った。

「それ、一番やだ」

「ええ」

 朱莉は頷く。

「一番やだし、一番起きやすい」


「……そこ」

 久瀬が口を開く。

「どのくらい避けられそうですか」

 質問がかなり実務的で、朱莉は少しだけ満足する。

 最近の彼は、ようやくこういう会話を“自分の外側の話”としてではなく、“一緒に潰す盤面”として扱い始めている。


「半分は学校側で削れる」

 朱莉が言う。

「残り半分は?」

 真白が聞く。

「当日の現地判断」

 その一言で、全員が少しだけ黙った。


 結局そこなのだ。

 どれだけ事前に整えても、最後は当日。

 人の流れは生き物で、完璧には制御できない。


     ◇


 放課後、朱莉は一人で駅前圏を歩いていた。


 制服のまま。

 スマホを手に、自然な顔で。

 学校帰りの生徒として、浮かない程度に。


 人の流れを見る。

 駅前ビジョン前の滞留。

 書店前の密度。

 カフェ前の列。

 脇道へ流れる高校生の集団。

 そして、裏導線へ抜けるとたん人が急に薄くなる感覚。


「……やっぱりここね」


 小さく呟く。

 危険地点は、思った以上に危険だった。


 理由は簡単だ。

 人が少なすぎる。

 少なすぎる場所は、かえって人を認識しやすい。

 制服姿の集団がいれば目立つし、

 帽子とマスクの人物がいればそれも浮く。

 しかも、メイン通りほど視線が散らない。


 ここで学校側と配信側がぶつかれば、メイン通りの雑音に紛れないぶん、逆に印象へ残りやすい。

 それが一番まずい。


 朱莉は少しだけ立ち位置を変えて、通路の幅と視線の抜け方を確かめた。

 この位置なら見える。

 逆にここへ一人立っていれば、双方の流れが近づく前に気づける。


「……なるほど」


 やることは決まった。

 当日、自分でここに立つ。

 少なくとも一番危ない接点だけは、自分の目で抑える。


 大げさな自己犠牲ではない。

 単なる配置だ。

 盤面の都合として、いちばんマシな位置に自分を置くだけ。


     ◇


 翌朝、窓際へその結論を共有した時、最初に反応したのは日野だった。


「え」

「なに」

「御門さん、自分で立つの?」

「立つ」

 即答だった。

 すばるが「うわ」と言い、紬希は少しだけ目を見開く。

 真白だけは、数秒黙ってから聞いた。


「本気?」

「ええ」

「危なくない?」

「だから立つの」

 朱莉は短く返した。

「一番危ない場所が見えたなら、誰かが見張るしかないでしょ」

 その理屈は、あまりにも朱莉らしい。

 感情で“心配だからやめて”とは言いづらいくらい、筋が通っている。


「でも」

 すばるが言う。

「御門さんまで巻き込まれるじゃん」

「今さら」

 朱莉は肩をすくめた。

「ここまで来て、私は外から見てるだけの立場じゃないわよ」

 その一言に、窓際の空気が少しだけ静まる。


 たしかにそうだった。

 最初は観察者に近かった。

 でも今の朱莉は、もうかなり内側にいる。

 盤面を整える側として。


「……ありがとうございます」

 久瀬が言う。

 その礼はかなり重い。

 でも朱莉はすぐ切った。

「礼は当日が終わってから」

「はい」

「終わらせる前提?」

 日野が笑う。

「当然」

 朱莉は平然と答える。

 そこへ真白が小さく言った。

「じゃあ私も」

「なに」

「当日、動けるようにしておく」

 それは宣言だった。

 感情ではなく、準備の言葉としての。


 紬希も静かに続いた。

「私も、班の流れ見ておく」

 すばるは少しだけ息を吐いてから言う。

「……私、推しを見に行くためじゃなくて、学校側の動線見る」

 その言い方に、全員が少しだけ笑う。

 でも、その笑いはかなり本気の覚悟を含んでいた。


 朱莉はその空気を見て、少しだけ思う。

 悪くない。

 かなり。

 最近の窓際は、もう“なんとなく支える”から一段進んでいる。


     ◇


 帰り道、朱莉は一人で思う。


 事故の前日に“動線”を奪いにいく。

 それはつまり、偶然へ先回りすることだ。

 しかも今回は、まだ完全には避けきれない。

 危険地点は見つかった。

 でも、見つかったからこそ分かった。

 そこ以外は削れても、最後の一か所だけはどうしても残る。


「……だから、当日ね」


 小さく呟く。


 お嬢様は、事故の前日に“動線”を奪いにいく。

 それは、ただ賢いからではない。

 大事なものが壊れる順番を知っているからこそ、壊れる前の一点へ、自分を先に置きにいくのだった。

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