第58話・天地開闢ノ創世歌
Aランク冒険者とSランク冒険者
この境目は想像した以上に深い。
Sランクになる者は皆、多大なる功績を残し、同時に秀でた力を持っている。
『剛力武天』のベラルト
『召喚魔法の鬼才』のアンルーフ
『最強の”第一世代”魔術師』のアポロ
では、アポロは何故その二つ名を送られるに至ったか。
当然、彼が優れた魔術師であることはもちろん――だが、それだけではない。
それは、彼の功績に由来する。
『逃げろ!もう、魔物がそこまで迫ってきているぞ!!』
今から、一年ほど前にアポロの故郷であるデュランクの街は迷宮の管理不足によって魔物が外に出てくる大氾濫が起こってしまった。
現れた魔物の数は数えられるだけで、三万以上
『どいてて、僕がやる。ないと思うけど、取りこぼしたら不味いから避難は継続してくれ』
それを当時Aランク冒険者だったアポロは――
『―――!!』
一度の魔術によって全て塵も残さず消滅させた。
***
僕を庇って、影山と呼ばれた男は致命傷を受け本に吸収された。
誰がどう見ても今までの行いから目の前の巨悪との対話は無意味と考えるだろう。
だが、しかし僕はそれでも彼女に問いかけなければいけないことがある。
「聞くぞ。お前に、今までの罪の全て自白し償おうとする意志はあるか」
「ふふっ、はははッ!!あると思ってるのかしら。じゃあ、逆に聞くわ。なかったら、貴方はどうするの?」
「殺す」
わかり切った応答、この世の何もかもを舐め腐ったような声色に嫌悪感を示しながら心の中で踏ん切りをつけた。
「殺す?まだ、殺すつもりがなかったって言うの……!!」
「ああ、最終的に死刑になるとしても、刑務所で遺族に謝罪させ、改心を促し、罪を贖わせるつもりだった」
「はっははははははは!!これは、傑作ね。私が改心するような人間だと思ってるのかしら」
「笑いどころじゃないぞ」
薄々、こうなることは理解していた。
それでも、僕は誰もが良い心を持っているという幻想を捨てきれず殺されかけた相手ですら僕は奥の手を出し渋ってしまう。
「でも、そうね。まさに、救世主よ。私の救世主以外でそんな純然たる心を持つ人間は初めて。汚したくなっちゃう」
「そうか、残念だ……」
彼女が何を言っているか、それを理解する必要はない。
怒りすら、今の僕は彼方に置いてけぼりにしてきた。
「でも、殺すとか簡単に言うけれど。それは、貴方が私に勝てたらの話じゃない。言っておくけれど、そこにいる他の仲間とまとめてかかって来ても私には勝てないわ」
「いや、もう……仲間の力も借りる必要はない。僕一人で十分だ」
「……は?」
本当に意味が分からなさそうに彼女は首をかしげる。
それと同時に舐められてるとでも感じたのか彼女の纏う気配がより一層凶悪な物へと変わった。
「ベラルトさん。他のみんなを連れて洞窟の外に出ていてください」
「ち、ちょっとアポロ!あたしも一緒に戦うわよ」
「待てアフェ嬢!アポロがやるって言ってるんだ。オレたちは邪魔だ」
唯一僕の表情を見れる方角にいたベラルトさんは何も聞かず、アフェを制止した。
そして、本当に彼は他の仲間たちを連れて洞窟を後にした。
「アポロ!ねえ、アポロ!!絶対に帰って来なさいよ」
「アポロさん……!ご武運を!!」
「勝ってください!!アポロさん!」
トラーレンドンの三人の声援を背に受け、無言のまま僕は彼女と相対する。
ベラルトさんが気を利かせてくれておかげで助かった。
もし、今アフェたちと話したら覚悟が何となく揺らいでしまったような気がしたから
「『初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった』」
「その詠唱はッ!?」
詠唱の始まり、第一節目。
これから呪文を紡いでいくという意味もある。
それを僕が口から唱えた途端に彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で数秒制止した。
ただ、彼女はヤバいという事だけは察したのかすぐ攻撃に移る。
「『提唱・次元切り拓く神の奇跡!!』」
「『”火”よ』」
掠りでもすれば、防ぐことすら叶わない必殺の魔法。
だけれど、距離を取りなおかつ魔力の反応から見えなくても発動してからでも躱すことは容易だ。
「『”水”よ』」
「当たらない。だったら、避けられないくらいの範囲攻撃で潰すまでよ『提唱・重責圧し潰す神の奇跡』」
確かに、範囲を絞らず自分がいる場所以外を対象にすれば僕に逃げる道はないのは知っている。
だが、その魔法が距離を取れば効力が薄まることも同時に知っているのだ。
(動きが全く鈍くならない。くっ、もっと近づかないと……いや、引き寄せる!)
「『”土”よ』」
「『提唱・希望引き寄せる神の奇跡』こっちに来い!!」
その判断は間違いではない。
引き寄せれると同時に強まった重力下で僕はまともに動けなくなるだろう。
だが、それは僕が想定していなかった場合の話だ。
既に、相手が詠唱する直前に僕は腰に下げていたレインボーソードを投擲していた。
「『”風”よ』」
「剣が飛んできた!?くっ、解除」
本来、重力下であればすぐに地面に落ちるはずの剣は引き寄せられたことによって重力に負けず直進していた。
それを前にして、咄嗟に引き寄せる魔法を解除すると重力の影響でレインボーソードはすぐ地に落ちる。
「ふふっ、やるじゃない。でも、そんな大層な詠唱して何をするつもりなのかしら?」
「『神は言われた『光あれ』すると光があった』」
「そんな詠唱したところで魔術である以上は私の前じゃ児戯でしかないわ!」
口は減らない、自分は負けるはずがないという彼女の絶対的自信がうかがえる。
確かに、彼女の言う通りどんな魔法や魔術であろうとも『提唱・幻想打ち消す神の奇跡』という最強の後出し魔法を使えば問題ない。
ただ、何事にもあるものだ――例外というのは
「なんなら、これで終わりにしてあげる!」
(知らない魔法が来る)
しかし、その前に彼女の魔力が最高潮まで上がるのがわかる。
「『最終提唱……』」
「『もはや死もなく、悲しみも、叫びも、苦しみもない』」
こちらも詠唱の完成は間近だというのに彼女が一歩早い。
ここまで、僕は長い長い戦いの末に知った魔法の弱点を突いたり、小細工を弄して何とか詠唱を続けて来たのだ。
(来い、最後の戦いだ……!)
だが、結局のところ最後に僕は今まで培ってきた経験と勘、そして運に文字通り全てを乗っけた。
「『破邪正神の大奇跡!!』」
光が、辺りを包んだ――
結論だけ言えば、僕はこの魔法を見切ることが出来なかった。
実際、結局のところ僕はこの魔法が何をしているのか僕には全く理解できない。
「左腕。持ってったわよ」
結果、この魔法を何とか左腕一本がなくなる程度の被害で済ませることができた。
それによって、肩からまるで噴水のように鮮血が噴き出してしまう。
彼女の勝ち誇ったような表情。
それもそうだ、魔術は精神的動揺をすれば失敗し最悪暴発して死に至る。
「動揺してない?」
だが、彼女の余裕な笑みはすぐさま消え去った。
何故なら、左腕を失ったはずの僕は一切の動揺を見せずにマジックバックから取り出した適当な紐で部位を縛り止血していたのだから。
(でも、まだ詠唱は完成していない。魔術には距離と範囲を言う必要があるはずだから……)
その瞬間、急に彼女の四方から魔力が立ち上る。
「これは、一体?」
「ナイフだよ。風刃絶剣の時、爆発するナイフと混ぜて投げておいたんだ。これの布石にするためにね」
「布石?」
そう、あの男を泥水のプールに引きずり込むために使った『風刃絶剣』の時点で準備は終わっていたのだ。
「四方のナイフには一つ一つ特別な刻印と僕の魔力が入ってる。それが、ビーコンになり距離と範囲の詠唱を肩代わりしてくれるんだ」
「詠唱の肩代わり、ですって!?」
「ああ、だからこれで終わりだ」
距離と範囲を言う必要が無いため、これが最後の一節となる。
彼女も自身がピンチである事を察してか範囲から脱出しようとするが、すぐに間に合わないと判断し防御の姿勢を取り始めた。
「『提唱・絶望斥く神の奇跡』『提唱・次元切り拓く神の奇跡』」
万物を斥ける斥力の力、同様に空間を切り裂く次元の壁。
それに加えて、魔術が放たれる瞬間にはあの魔術を打ち消す魔法を発動させるだろう。
だが――
この魔術は、その原型と言われる”神の歌”の再現である。
火、水、土、風。
この基本となる四つの属性を1 : 1.6:1:0.8の割合で融合させ、圧縮する。
許させる誤差は0.0000000000000001以下、これを間違えれば最低でも四肢のどこかが爆散してしまう。
精密をはるかに超越した精密の域に踏み込んだ人間しか扱えない絶技。
その使い手が、自身の片腕を失った程度で動揺するはずもない。
その御業こそ――
「『天地開闢ノ創世歌』」
興奮もなく、ただ深い悲しみをもって詠唱は今――完成した。
白い光が、四方のナイフの枠の中から立ち上る。
あらゆる、希望、絶望、過去、未来、今を無に変えるために
「『提唱・幻想打ち消す神の奇跡!!』き、消えな……」
「さようなら」
この魔術の前ではありとあらゆるものが『無』となる。
あらゆる防御も、次元の違いも、幻想を打ち消す魔法ですら意味をなさない。
使い方を誤れば世界を滅ぼす大禁呪。
――やがて、光は止み中には無だけが残る。
「……」
そこに次々となだれ込んでくる空気たちに背を押されながら、僕はその場で佇んでいた。
天地開闢ノ創世歌
アポロが使用する最強最高最大の呪文にして、本来人では届かないはずの神の御業の領域に魔術でたどり着いた到達点。
誰かを助けたい、悲しまないで欲しい――そのような願いを持った男の切り札は皮肉にも塵一つ残さない破滅の呪文であった。




