第52話・万事冷静、万事正気
タキオンとアンルーフの体を乗っ取った何者が戦っている同じ時間。
アポロ達は足跡を辿りながら、月の光を頼りに森を疾走していた。
***
足跡を見つけ、それを追って体感十分程度は経過しただろう。
それでも果てにたどり着く様子はない。
それだけ、このムーンライトフォレストが広く、タキオンの魔法が凄まじいことを意味している。
だが、それによって僕の中で静かに焦りが生まれ始めていた。
「おかしいな」
しかし、それ以上に違和感が僕だけでなく、僕達の共通認識として現れ始めていたのだ。
「やはりお前も気づいたか」
「まあね、ベラルトさんは最初以降森の中で魔物に一切出くわさないなんて話聞いたことある?」
「ないな。ファナはどうだ?」
「私も聞いたことありません。そもそも、迷宮で魔物に襲われなかった……なんて話も聞いたことないです」
ちらっとイージスと彼女に抱えられたカタリナの方を向くが首を横に振るばかり、アンルーフの方も同様だった。
僕も同じでこんな体験をしたのは初めてだ。
(魔力の反応を探って見てもいるはいるみたいだけど、こっちに来ない。魔物には人間を襲う習性があるはずなんだけど)
なんていうか、感覚的に追おうとしたが何かに阻まれて追うのをやめたような挙動に見える。
加えて、走っている道中に適当な木や石などに自分の魔力を込めているため迷う余地がない。
最初を除いて全くと言っていいほど脅威にさらされていないこの状況
まるで、何かに導かれているような悪寒が纏わりついたその時――
「森を出るぞ!」
先頭を走るベラルトさんの声と共に僕たちは森を抜けた。
そこに広がるなだらかな平原というかは森の中にぽっかり空いた穴である。
それだけではなく目の前にはつい見上げてしまうほど巨大な岸壁が立ち上っていた。
だが、そんな僕の景色への興味は一瞬で吹っ飛んだ。
「アポロ!」
「アフェ!?」
目の前に立っていたのはタキオンに連れ去られて行ってしまったアフェであった。
しかし、すぐに違和感に気づく。
(アフェの視線が僕からすぐに外れた。ちょうど、僕の後ろ辺り……驚いてる?)
だけど、僕は信じている。
こういう時にアフェなら短く、的確な指示を出してくれると
「アンルーフ。敵!!」
そして、アフェも僕を信じてくれていると
「わかった」
「なっ、何を……!?」
返事よりも早く、彼女の指示が耳に入った時には抜剣して迫る。
もちろん、奴の視点からはさっきまで仲良く迷宮を攻略していた――とは思っていないかもしれないが奇襲の形となった。
(召喚魔法を使われる前に意識を奪う!)
だが、剣の柄が奴の頭のすぐそこまで迫ったその瞬間だった――
「残念だったな」
感触が無い。
口角だけを上げた笑みと共にキラリと両眼が青く光ったかと思えば、剣の柄は奴の体を通り抜けていく。
次の瞬間、奴の体は黒い渦に飲み込まれ消えていった。
「あ、アポロさんがアンルーフさんを跡形もなく吹き飛ばしちゃいました!?」
「違うわよ。でも、これは一体……アンルーフが二人いるなんて」
「二人?まあ、少なくともこっちは本人じゃないね。召喚獣だ」
奴を飲み込んだ黒い渦はアンルーフやベスクワルが召喚獣を呼び出すときに使っていた物と同じだ。
僕が気配や魔力で判別がつかないほど使い手の姿を真似る召喚獣。
こんな物まであるとは、魔法というのは底が知れない。
「まっ、そんなことより本当に無事でよかったよ。アフェ」
「ええ、ちょっと体全身が痛いけど。それより、何でビーステッドのクランマスターとナンバー2がここにいるのよ?」
アフェが言ったクラン『ビーステッド』という名は迷宮都市で何度か耳にしたことがある。
だが、ベラルトさんのクランだというのは初めて知った。
「オレたちは色々あってアポロと知り合うことになってな。アフェ嬢が攫われたと聞いて手を貸したってわけだ」
「そう、ならトラーレンドンのクランマスターとして礼を言うわ。ありがとう」
「ああ、こちらとしても良い縁を結ばせてもらった。よし、それではさっさとこの場を脱出するか」
「わかった。アフェは僕が担いで行く」
アンルーフをぶっ飛ばせないことは多少モヤモヤが残るもののアフェさえ取り戻せれば当面は十分だ。
今後はじっくりと火で炙るように追い詰めてやればいい。
「待って」
だが、帰ろうとする僕たちをアフェが引き留める。
「あたしが閉じ込められていた洞窟で今、アンルーフとタキオンが戦ってるの」
「仲間割れってこと?」
「なんていうか、アンルーフだけどアンルーフじゃないみたいな。とにかく、そう言う事でいいと思う」
「……」
何故、このタイミングでアフェが言うのか。
その理由は聞くまでもなく、『助けて』ということだ。
一体何が起こったか、彼女が助けられたのか――まあ、そう言うことは一々聞き返す必要もない。
「アフェ。案内して……」
だが、問題は次だ。
正直、アフェを助けた今――ベラルトさんたちにこれから敵を助けに行くと言って協力する義理はなく。
というか、むしろイージスとカタリナを連れて撤退してもらった方がいいかもしれない。
ただ――
「その、ベラルトさん達も協力してくれない?」
そう言うことではないだろう――理屈じゃない。
「どうやら、今は万事冷静で正気らしいな!!」
「もちろん、私も協力しますよ!」
「私達もです!」
豪快に笑うベラルトさん。
そして、迷わず協力要請を承諾するファナさんとグーサインと決め顔で返事してくれるイージスとカタリナ。
「じゃあ、行こうか。お礼参りに!!」
***
そのほんの少し後――
アフェの案内で洞窟を見つけ出し、僕達は内部に突入した。
「お前、何やってんだ!!」
そこで、見たのは下半身を失い倒れるタキオンと、長い髪をまとめ雰囲気もまるで違うアンルーフの姿だった。
「息子の器!!」
愛が僕たちを出迎える。
アポロって意外と脳筋だよね。
話し合いも得意だけど、ぶっちゃけ脳内ではぶん殴った方が早いとか思ってそう。




