第48話・冷静にぶっ飛ばす
怒りの業火に身を焦がしながらも、今はそれを胸の奥にしまうことにした。
「『徴兵命令・匂犬』」
詠唱と同時に黒い渦から現れた小型犬はアフェの物の匂いを辿りながら先頭を走っている。
一応、この場には僕とアンルーフ、ベラルトさんと途中合流して来たファナさん。
来ないでと言おうとしたら、有無を言わさずついて来たイージスと抱えられたカタリナの合計六人だ。
「でも、どうしてベラルトさん達が僕たちのクランハウスに?」
「ルフトズの件あっただろ。今日のうちに返事しておこうと思ってな。行って見たらカタリナ嬢の悲鳴が聞こえてな」
「そう、ですか。ありがとうございます。おかげで冷静になりました」
走りながら、軽くお辞儀しお礼を言う。
もし、あの場で魔術を怒りのままぶっ放していたとすれば攫われたアフェの手がかりを失い。
なおかつ、クランに物理的にも精神的にも大きな穴が出来ていたかもしれなかった。
「いや、構わん。本気で戦ってくれるならな。今度は王都から更に優秀な治癒士を呼ぼう!」
「……はい」
流石に、いいえと断ることはしなかった。
だけれど、ファナさんより優秀と言うことは今度は更に過激な戦いをしようぜと言う意思表示である。
(戦闘狂め。命がいくつあっても足りないよ)
そう思っているが、走りながら心の中で僕は初戦で負けた『リベンジ』を固く誓った。
***
夜の街を駆け抜けること数分後、やっと匂犬が歩みを止める。
「アンルーフ殿。本当にアフェ嬢はこちらに?」
「ええ、私も困惑していますが間違いなく匂犬はこちらにいると示しています」
目の前には他とは異彩を放つ魔力を纏うだけでなく、ダンジョン内部の植物が少し漏れ出している。
『D』と書かれた看板が闇に慣れた目にはきちんと入って来た。
「よりにもよって未踏破迷宮D。ムーンライトフォレストか……」
そこは、僕がベラルトさんとの戦いで賭けの対象になった未踏破迷宮の入り口だった。
「身を隠すのには理にかなっている……のでしょうか?」
ファナさんが自信なさげになるのにも無理はない。
確かに、ムーンライトフォレストは未踏破迷宮のため人が来ることは滅多にないが、その分だけ危険に満ちている。
「いや、もしや……」
「アンルーフ殿。もしや、何かわかったのですか?」
「はい。今回、貴方達を襲った愚息の部下は自身の名を冠した『粒子加速』と言う高速移動魔法を使うのです」
「高速、移動魔法だって」
人を攫うにはピッタリな魔法だ。
そんな魔法を使われて逃げ回られたら僕では到底追いつくことはできない。
その上、彼女がどれほどの使い手が全て測れたわけではないが、それこそ全ての戦闘を回避して迷宮の奥にたどり着いてしまう可能性もある。
『入れ、入れ』
声が聞こえた。
思わず顔を上げると、誰も何も言っておらず。
唯一話していたのはベラルトさんが確認するようにアンルーフに詰め寄っていたくらいである。
(僕は、何を……)
そうだ、僕は何を迷っている。
やるべきことなんてとうに決まっているはずだ。
「……ベラルトさん。迷宮には僕が一人で入ります。この場を任せてもいいですか?」
「冷静か?」
「万事冷静です」
先ほどの僕の暴走が尾を引いているのか変な聞き方に変な返答で返す。
間違いなく、僕は自分の口で言った通り冷静だ。
ばっちり、肝も頭も心も冷え切っているのだから。
「冷静かもしれんが、正気ではないな。だが……」
そう言いながら、自身を覗いてこの場にいる五人の顔を見回す。
「前衛、中衛、後衛が二人ずつ。全員で行くなら意外に悪くないと思わないか」
「は?」
「ま、マスター!?」
困惑の声と同時に、にやりとベラルトさんの口角が上がる。
「ちょうど、マジックバックもある。攻略の予定を多少前倒しにしても問題なかろう」
「だ、だけど、危険すぎる」
「お前一人行く方が危険に決まっているだろう」
「それは、そうだけど……」
まず、前提として未踏破迷宮はコストや難度など様々な面から攻略が困難とされて来たものが多い。
攻略するには十分な準備が必要になる。
だが、これ以上待てばそれこそアフェを連れ去ったタキオンごと魔物の餌になりかねないのも事実
(また、これか……)
天秤だ、天秤が見える。
まず、最もやってはいけないのはこの場の全員で向かってアフェも助けられず全滅。
そして、逆に利益が最大化されるのは全員無事かつアフェの救出だ。
(僕が一人で行けば最悪の状況は起こらない。だけど、アフェを救出できる可能性はグッと減る。だけど、全員で行けば……)
だが、その場合は最悪の状況になる可能性が生まれる。
ただでさえ、これから行く場所は未踏破迷宮なのだから判断は慎重にならなければならない。
(カタリナだけでも残らせるか。いや、だいぶ街の中心から離れたから治安がヤバい。それなら、僕達と行った方がまだマシか)
あらゆる可能性が頭に浮かび上がると同時に活路がまた一つ一つと光を失っていく。
「その、しかめっ面で何ごちゃごちゃと考えている。さっさと全員でアフェ嬢を救出に行くぞ」
「……ふっ」
何も考えてなさそうな一言――だが、今はそれがよかった。
確かに、自然と顔に力が入っていたらしい。
思わず漏れた笑みでやっと肩の力が抜けていくのがわかる。
(そうだ、そうだよ。何、ごちゃごちゃ考えてるんだ。全員で行ってアフェを取り戻して帰る。これが一番いいに決まってる)
騎士を辞めて、冒険者になって少し思考が弱腰になっていたのかもしれない。
「皆さん。これから、僕達全員で迷宮に入りアフェを救出に行きます。あ、アンルーフさんは別に同行して下さらなくても結構ですから」
「いえいえ、最後まで愚息がやらかした責任を果たさせてくださいな」
今から、危険な場所に行くのだというのにやけに余裕が感じられる。
だが、いいだろう。
(タキオンもアンルーフもこの際、ぼろを出すならまとめて全員ぶっ飛ばして豚箱で臭い飯食わせてやる)
それに、僕は騎士学校で誰かを見捨てて逃げろなんて教わった覚えはない。
魔物だろうが何だろうが全員ぶっ飛ばせば大体解決する。
「それじゃあ、行きましょう!!」
その後、準備を終えた僕たちは今一度、全員の顔を見渡してから未踏破迷宮D。
通称:『ムーンライトフォレスト』に突入した。




