第44話・橋から落ちた
アンルーフが本当に死んだのか、それをすぐ確かめるすべはない。
だが、少なくともカタリナの”解放の奇跡”が成功していないことに変わりないため、それを彼女に優しく教える。
「魔力の操作は前より洗練されていたけれど、またブレがあった。でも、何度かやれば絶対うまく行ったと思うよ」
「そ、そんな……」
ガックシと肩を落とす彼女だが、表情は死んでいない。
自分の中でも失敗したんじゃないかと言う感覚があったのか、失敗から得た物があったか
ひとまず、いい失敗を積み重ねることができたようだ。
***
早めの夕食を終え、カタリナとイージスは自分の部屋に戻っている。
奴隷紋を解除されたヴォカは未だ目覚めず、僕はリビングでその時を待っていた頃にクランハウスの扉が開かれた。
「ただいま……って、この子誰よ!?」
帰って来たアフェは適当に椅子に寝かせてあるヴォカを見つけて声を上げる。
「おかえり。彼女は、僕達を尾行してた子」
「び、尾行ね。いいわ。後で、詳しく聞かせてもらうことにする」
「そうしてくれると助かるよ。それで、首尾は?」
「一日丸々かけた分ばっちりよ」
彼女はグーサインまで見せて、今回の戦果を誇る。
その自信満々な可愛らしい顔につい僕もつられて笑みを漏らす。
だけれど、その表情には何か陰りがあるようにも見えた。
「一言で言うと真っ黒ね。あんたの予想通り、ルフトズと保険会社はグルよ。それも、ベスクワルがクランマスターになるよりも前からね。共謀して実力に相当しない保険をかけていたみたい」
そう言うと資料を渡してくれる。
そこには、直近3カ月分程度の被保険者の名が書かれていた。
「やっぱりか、イージスやフレムならまだしもザレクがゴブリン迷宮に巻き込まれてたのは不思議だって思ってたんだ」
基本的に冒険者にかけられる保険は死亡保険が中心だ。
それも、Bランク以上でなければ審査に通ることはほぼない。
「でも、わざわざどうして保険会社がそんな真似をするのかしら。単純に損じゃない?」
「実際はそうでもないんだよ。保険会社側からすれば、ルフトズは高い保険料を払う鴨を運んでくれるわけだからね」
イージスから保険料の支払いはクランではなく個人なことも確認済みだ。
ルフトズ側からすれば、いざと言う時に殺して保険金を得る。
保険会社からすれば、高い保険料を徴収できる。
「保険金の流れはどう?」
「遺族とクランで折半だったわ。なんていうか、悍ましい商売してるわね」
「遺族がいなければクランが丸儲けか……」
実際の現場を見ているわけではないが、大手クランと言う看板につられて来た新人冒険者たちが一体何人犠牲になったか。
ただでさえ、冒険者になる人間と言うのは親族がいない場合が多い。
どれだけ私腹を肥やし、思いを踏みにじって来たか――
「さて、どうするか」
正直、今すぐにでもギルドか治安局などなど公的な組織に駆け込んで告発してやりたい。
切り札はこちらにあるのだ。いくらでもやりようはある。
だが、切るタイミングを誤れば諸刃の剣になりかねないのも事実
「治安局やギルド……とにかく、トップに直接告発するって言うのはどうかしら?」
「いいと思う。そしたら、行くとしたらギルドだね。今日、ちょうどギルドマスターにあって来たんだ」
少なくとも王家の手紙を任されるような人間が一クランに従っているはずないだろう。
元騎士と言う経歴も信用に寄与した。
「ギルドマスターって、ファアネスさんのことなら会うのは難しいわね」
「どういうこと?」
「あの人は現場主義者で有名なのよ。色々な冒険者ギルドに自ら足を運んで監査をすることに拘るから同じ場所に留まることはあまりないの」
非効率的なことは否めないが、ギルドの質を一定に保つのには悪くない方法と言える。
だとしても、今の僕たちからすれば都合が悪いなんてもんじゃない。
「それって、今から行っても?」
「難しいでしょうね。あたしが帰る途中にギルドの前を通ったけど、ギルドの紋章が付いた豪華な馬車に乗ってどこか行っちゃったわ」
「そうなると、会うためには取り次いでもらう必要があるか。流石に、そこまで動けばバレるな」
察知されて妨害されるなら、まだやりようがある。
だが、逃げられでもしたら――元とは言えSランク冒険者だ。
見つけるのは至難の業であるし、何より奴によって犠牲になった人々が浮かばれない。
「……危ない橋だけど」
しかし、手が無いわけじゃない。
「一緒に渡るわよ」
「まだ、何も言ってないんだけど。だけど、僕は今回の橋にアフェたちを連れてく気はない。危険だからね」
「危険な目になら、これまでたくさんあって来たわ。それに、これまで散々巻き込んできたじゃない」
迷宮都市に来て、数日しか経過していないというのに僕たちはたくさんの事件に巻き込まれてきた。
だが、それは不可抗力だったり僕の近くの方が安全だと判断したからだ。
「だけど、今はイージスもいる。わざわざ危険な場所に飛び込むよりここで待ってた方が安全だ」
「それ、本気で言ってる?」
「本気も本気だ」
状況がこれまでとは違うのだ。
イージス程の盾使いがいれば、それこそSランク冒険者に攻められでもしない限り危険はない。
ベラルトさんの迷宮攻略の件は僕一人が行けば事足りだろう。
「アポロが、あたし達の心配をしてるのはわかってる。だけど、それと同じくらいあたし達もあんたのことを心配してるの」
「心配って、僕は大丈夫だよ。負けてるとこ見たことある?」
「そう言う事じゃない!!」
アフェを安心させるつもりで言ったはずが、むしろ声を荒げさせてしまう。
「なんていうか……その、危ういのよ。放っておいたら勝手にどこかで野垂れ死んでそうで」
「野垂れ死に、か」
酷い言われようだと思わず苦笑する。
だけれど、不思議と妙に腑に落ちてしまった。
「あたし達が足手まといになるのもわかってる。だけど、今のあんたにはそれが必要よ」
「でも……!」
互いに譲らぬ攻防
それは、心の底から相手を心配しているが故であった。
けれど、その決着は予想外の方向から付けられることになる。
「アポ、ロ?」
名を呼ぶ前に、アフェは力なく倒れる僕の体を抱き寄せる。
(何が起こった?)
意識はまだある。
だけれど、妙に薄まり始めているのは理解していた。
敵襲――ではない。
敵の気配も魔力も感じないからだ。
だとすれば、と思いあたる節が無いわけじゃない。
だが、原因を断定する暇すらなく僕の意識は闇の中に落ちていった。




