第30話・誇り高き盾の騎士
部屋が夜の闇に染まったまま、明かりも灯さず、無造作にベッドに体を預ける。
「……」
目に暗闇が満ちていく。
無言で天井を見上げると、さっきまで暗闇で何も見えない。
ただ、何回か瞬きすると物に線が入り木目が見えて来た。
(イージスさんが、あのクソ真面目騎士の妹か)
それを知った時、まるで走馬灯でも見たように記憶がフラッシュバックしてきた。
学校の同期でもあり、騎士になってからも同じ騎士団に配属された仲だった。
そして、彼女の姉を殺したのは僕だ。
ゆっくりと目を瞑ればその時のことは簡単に思い出せる。
あの日の雨の血の匂いとそれを流す雨の音も――
脳裏の奥の奥に残り続けている。
***
雨音が遠くなるほどの衝撃だった。
理解が数秒遅れ、実際に目撃するまで信じたくなかった。
それは、彼女がその事件に関わっているなんて想像もつかなかったからだ。
『なぜ、何故だ!!何でよりにもよってお前なんだよ!!』
『貴方に言ったって理解できないわ。ただ、仕方のない事だった。それだけよ』
『仕方ないことだと?そうだ、理解できるわけないだろ!!どこをどうやったら村に毒をまき散らす理由になるって言うんだ!』
思わず、感情を露わにして詰め寄ろうとする。
『誇り高き勝利ノ盾』
『ッ!!』
だが、その瞬間目の前に何か通り過ぎると同時に鼻先を掠めた。
淡い半透明な青色の半円状の盾が周囲に十枚展開される。
これこそ、彼女が継承した刻印の魔法である。
『むしろ、私の方が不思議だわ。貴方も魔王の術を受けたはずなのに、何も変化が起こらないなんて』
『魔王の術?それが、みんなをおかしくしたのか!!』
そう言えば、トドメを刺した瞬間に何か魔力を感じたが、結局何も起こらずそれで終わったはずじゃないだろうか。
『おかしくした。そう言えるかもしれないわね。だけど、ただ私たちは一つになっただけなのよ』
『意味の分からないことを……本当にどうしたんだよ!!』
だが、詰めよろうとした瞬間に盾が生き物のように動き出し地面を抉った。
『来ないで、貴方は殺したくない』
『殺せると思ってるのか。わかってると思うけど、君じゃ僕には勝てない』
『知ってるわ。だけど、貴方は甘い人よ、”かつて”の仲間を殺せるような冷酷な人間じゃない』
鋭く、軽々と僕のことを言い当てる。
伊達に、幼稚舎から続く十年以上の付き合いではないという事だろう。
ただ、それは数日前までの僕の話だ。
『……君が最後だ』
その一言に察したのか、大きく目を見開いた後、申し訳なさそうに視線を逸らす。
だが、すぐ僕の方を見て笑顔を向ける。
『団長にも勝つなんて凄いわね。流石、同期として鼻が高いわ』
『……っ、もう一度聞く。アテナ・スキュータムは、首謀者である団長ミラキュルム達その他と共謀し毒を撒いたのか!!』
『ええ、否認しないわ。証拠だってある。私が死んだら部屋を調べて頂戴』
言い淀むこともない、言い訳することもない、むしろ自らの罪を認めようとする姿勢だった。
『なら、僕が連行する』
『無理ね。私は全力で抵抗するから。だから、貴方も全力でかかって来なさい』
『この……くっ、クソ真面目がぁあ!!』
”かつて”仲間だった彼女との戦いは熾烈を極めた。
彼女が僕の癖を知っていたというのもあったし、単純に防御魔法を僕の使う基礎的な魔術では突破できなかった。
『『”火”よ。我が前方10ⅽm先に横25ⅽm、高さ25ⅽm、縦25ⅽmの”風”と混合、圧縮、激突次第解放せよ』』
『防ぎなさい。誇りの盾よ』
普段強力すぎて人には向けない爆炎の魔術が盾を襲う。
しかし、爆炎が晴れた後を見ても何事もなかったように盾は浮かんでいた。
正面からが無理なら、多角的に攻めたい。
だが、僕は知っているたとえそうしても十枚の盾は彼女の全方位を余さず守る。
『誇り高き勝利ノ剣』
その上、彼女の詠唱と共に十枚の盾とは別に十本の剣が展開される。
威力もとてつもなく、僕が作る土塊の壁なんぞ一瞬で塵に変えてくる。
まさに、攻防一体の魔法だ。
『私の負けね』
だが、僕の表情を見て何か察したのかぼやくように呟いた。
そう、結末は始まる前から既に決まっていた。
僕は、マジックバッグから数本のナイフを取り出す。
『”風”よ。我が得物に纏われ』
『風神絶剣ね。それで、私の盾を突破できるのかしら』
『それは、やって見ないとわからないだろ!』
相手の挑発に応えるように、僕は風を纏わせた手持ちのナイフを彼女に回り込むように投擲した。
『確かに貴方の風神絶剣は、ほぼ回避不可能の一撃よ。だけど、それなら避けなきゃいい』
『”風”よ。帰還せよ!』
『無駄よ。誇り高き勝利ノ盾』
僕が風神絶剣の構えに入るため詠唱を完了させ僕も詰め寄る。
だが、彼女も負けじと既に十枚展開されていた盾が更に増設されたかと思えば、先に放たれていた爆発するナイフが全て迎撃された。
『それで、どうする?他の絶技でも見せてくれるのかしら』
『In principio creavit Deus caelum et terram』
この時の僕はもう聞く耳すら貸さないほど容赦はなかった。
それは、ここに来るまで多くの罪を積み重ねて来たためである。
だから、この呪文を唱えるのだって何のためらいもない。
ゆえに、この結果は必然だ。
『は、ははっ……驚いたわ。何の躊躇もなくあの”奥の手”を使ってくるなんて』
彼女は倒れ、僕は立っている。
勝敗は決した。
『……ああ』
『やっとわかったわ。あの毒は本来人から人へ感染する物よ。本来なら、もっと広がって村一つで済むものじゃない』
『知ってるよ』
ご丁寧に、誰かさんが残してくれた毒の仕様書を見つけることができたため適切な対処を取れたのだ。
『貴方だったのね。感染した村の人間を全員殺したのは』
『ああ』
最悪な対処方法だったが、それでも小数を切り捨てれば多くを救えるとわかったならもうやるしかなかった。
幸いにも僕には毒だろうが何だろうが一辺に全部消せる”奥の手”があった。
『私たちが言えることじゃないけど。まだ、騎士を続けるの?』
『……もちろん』
自分が犠牲にした人たちの分も人を救わなければならない。
それに、まだ僕にはおばあちゃんとの約束と言う道標が残っている。
『おばあちゃん絡みでしょ。貴方って本当に自分のおばあちゃんの事大好きよね』
『悪いかよ』
『別に、ただもしおばあちゃんが死んだらどうするんだろうなって』
『……』
何も言えなかった。
そんなこと、考えもしなかった。
勝手に約束を果たすまで当たり前にいてくれると思っていた。
一体、僕はどんな表情をしていたんだろうか。
『……ごめんなさい。辛い顔をさせて』
そして、最後にそう言葉を残して彼女は目を閉じた。
空虚だった。
戦いで穴だらけになった街、崩れる瓦礫の音、そして落ち続ける雨音が無性に腹立たしかった。
『謝るくらいなら。最初からやるなよ……』
問いかけても返答は来ない。
水たまりに写る僕の両目の光はほとんど力を失い今にも消えそうなほどになっていた。
ただ、一つ――
最後の道標だけが僕の瞳を照らしていた。




