505、密売現場
路地裏の取引。誰も寄せ付けない危険な雰囲気。ゴロツキたちが放つ圧倒的犯罪臭。それは掌サイズの小さな小瓶に隠された青い粉に秘密があった。
「……どういうこった? 話が違うじゃねえか」
本革の高級そうなハットとレザージャケット、レザーのズボンを着込んだ全身革装備の男は葉巻を咥え、煙を燻らせながらサングラス越しに睨みつける。彼は裏社会でその見た目の通り『レザー』と呼ばれる名うての悪。表では『精肉店』の元締めであり、彼の掲げる看板はカムディア地方全土に渡る。カムディア地方の首都メイナーレでは本店を構え、都市内部の同業者を廃業に追いやった。今この街でレザーの扱う肉を食べない家庭はない。
「俺のビジネスは繊細なんだ。値上げも値下げもなし、その代わり20%の上がりをテメーらに献上する。変更するなら話し合いの場を設け、決定後はルール改定までの間は価格変更はなし。それがルールだ。その規定を破ろうってのか? 下っ端風情がよぉ」
葉巻を口から離し、火のついた先端を突きつけながらチンピラ連中を威圧する。しかしその手を払い除ける様に葉巻を払い落とす。地面に落ちた葉巻を見ながらレザーは怒りを滲ませる。
「なっ!? テメーっ!!」
「へっ、何を偉そうに。あんたも旦那に引き揚げてもらった口だろうがよ」
カムディア地方の精肉ビジネスをほぼ独占した男の正体はチンピラの成り上がり。成り上がれた理由も裏でゲムロンの配下が行なった同業者に対する嫌がらせの果ての廃業に過ぎない。
数で威圧し、暴力で脅しつけ、それでも立ち退かない場合は店に火をつける。親族や擁護する連中、果ては店の周りにまで暴行が波及し、自殺者を出しながら今の地位を築いた。いわばゲムロンの敷いたレールの上を走っただけの下っ端なのだ。見た目だけ取り繕い、悪の雰囲気を出したところでゲムロンの威光を出されたら何も出来やしない。
「……おいおい、舐めてもらっちゃ困るな。こちとら兄貴とはビジネスパートナーだ。俺の存在価値はテメーらとは比較にならねぇんだぜ?」
だが、その辺のチンピラと違ってビジネスを成功させた手腕は本物である。
実家が畜産農家であり全くの素人ではなかったことと、計算や資金運用に関してを頭脳明晰な部下に丸投げしたことが要因となっている。精肉店の経営をゲムロンに頼ることなく続けていけたのが評価され、他のチンピラとは一線を画す存在なり得た理由だ。
「今回の横暴は目に余る。このことは兄貴と話し合って決めることにするぜ。この取引はナシってことで終わりにしようや」
レザーは踵を返してゴロツキに背中を見せる。
「よぉ、待てよ。話はまだ終わっちゃいねぇぜ」
「ははっ……もし、テメーらみたいな木っ端が勝手に価格を変更しようとしたんだとしたら兄貴に殺されちまうなぁ。今ならちょっと頭を下げるだけで許してやっても……」
「妄言はそこまでにしときな。こいつは旦那の指示だ」
その言葉にピタッと足を止める。肩越しにゴロツキを見ると、小瓶をかざしてニヤニヤと笑い始める。
「『弾丸』。上物だぜこれは。今まで作ってきたもんとは桁が違うくらい純粋なもんだ。価格の変更じゃなく、別商品の変更ってのが今回の主題さ」
「何? そんなの聞いてねぇぞ。俺は『スカイハイ』を買いに来たんだぜ。使い慣れたもんじゃなきゃ消費者も手を出しづれぇだろうが」
「分かってねぇなぁ。流通させりゃスカイハイなんてお払い箱になる。こいつの依存度はスカイハイの比じゃねぇんだぜ」
違法薬物『スカイハイ』。その名の通り、使えば天にも昇る気持ちになれるドラッグ。使用者の脳内快楽物質を無理やり出させ、一時的に精神をわざと錯乱させる効果を持つ粉。食人植物から抽出された毒の成分を精製し、粉にすることで流通を可能にしている。
そのスカイハイの成分をさらに進化させたのが今回の『弾丸』。精製方法は秘匿されているが、この名前になった理由はまさに弾丸で頭を撃ち抜かれたと同じ、天国へ誘われる意味を持たせているとのこと。
「誰がそんなもんを……」
「聞いた話じゃ旦那の真のビジネスパートナーがこいつの生みの親らしいぜ。あんたと違って優秀なよぉ」
「……」
「まぁ、名前の由来はよく分かんねぇが、とにかくぶっ飛ぶもんだ。旦那も早速こいつの効果を知りてぇからスカイハイの流通を一時停止した。スカイハイの在庫はねぇし、値段だって割増料金だが、買うだろ? 旦那きっての依頼だぜ?」
レザーはゴロツキに向き直り、供回りに顎で指示する。同時に供回りは革のトランクを差し出す。
「何でもかんでも革なんだな。信念って奴か? アホみてぇだが、ある意味尊敬するぜ」
ゴロツキは無造作にトランクに手を伸ばすが、それを横で見ていたルグラトスが止める。
「不用意に触れるなっ!」
その怒号にゴロツキはビクッとなって手を引っ込める。ルグラトスはトランクを持っているレザーの供回りを睨みつけ、その顔に指を差す。
「おい貴様。トランクを地面に置いて3歩下がれ。受け取ったところを攻撃しようとしているのは読めているぞっ!」
その瞬間に目を見開き、困惑して周りを見渡す。ゴロツキたちはまるで何も知らなそうに振る舞う供回りの男に怒りを滲ませた。
「な、何て野郎だっ! 旦那を裏切るつもりかっ!」
「えっ? い、いやっち、違うっ! 俺はそんなこと……っ!」
「馬鹿がっ! 隠せるワケねぇだろっ! この方は元第六剣聖のルグラトス=ズル=イーマさんだぞっ!」
腕を組んで顎を上げ、胸を張って鼻を鳴らすルグラトス。その名に当然レザーもビビる。
「な、なにっ!? 妙に堂々としている剣士がいると思ったら……っ! なんでそんな奴がこんなところにっ?!」
「当然だ。ブリットの売買を成立させる目的で私が間に立つことになったのだからな。不本意ながら仕方あるまい」
「そ、そうか。……いや、そうじゃなくてっ! 何でそんな大物が兄貴についているのかってことだっ! もしかして兄貴は既に……っ!」
「ん? 既に?……なんだ?」
ルグラトスはゴロツキをチラッと見る。察しの悪いルグラトスに教えるかどうか迷った末にレザーに伝える形で説明することにした。
「ふんっ、早とちりが過ぎるな。まだまだこれからだ。帝国は今後俺たちの手中に収める。ルグラトスさんの力を借りてな」
そこでようやくルグラトスも得心がいったのか、数回頷きながらレザーを見た。レザーは慌てて供回りからトランクを奪い取る。
「この馬鹿がっ! この俺に恥をかかせるんじゃねぇっ!!」
奪い取ると同時に罵倒を浴びせつつ供回りの男に殴りかかる。一発顔面に直撃を喰らわせ、転んだところを大袈裟に蹴って見せた。最初の一発以外は見せかけだけで本当に蹴っているわけではなかったが、ルグラトスの手前、責任を負わせる名目で追撃をして見せた。蹴られている間、供回りの男は謝罪しつつも言い訳を並べて困惑を隠せない様子。
ルグラトスはその様子を見て胸がすく思いだった。昨今のイライラがその男に集約され、浄化されていく気分は何とも心地よい。
剣聖として上に立っている時はそれなりに気分が良かったが、剣師たちの模範として破廉恥な行動は慎まなければならず、禁欲の日々はルグラトスの心を荒ませていたのだと今になって身に染みる。本当の自分は威張り散らして下賤の者たちを顎で使うために生まれてきたのではないかと感じるほどに良い気分だった。
「……もうそこまでにしておけ。あまり部下を辱めるのは品位を落とすことにしか繋がらんぞっ」
ある程度気分が晴れたからか、抜け抜けと言い放つルグラトス。レザーもその言葉にイラッとしたが、暴力の化身たる剣聖の前に「お前のせいだろ」など言えるはずもなく頭を下げた。
このまま取引を続ける雰囲気になったその時、背後から怒声を浴びせられる。
「ルグラトスっ!!」
ルグラトスはムッとして振り返る。せっかくのいい気分が台無しだと剣の柄を握っていつでも抜くつもりだった。
「誰の名を呼び捨てにして……っ」
背後に立つその姿を見た途端にルグラトスは硬直する。さっきまで目深に被っていたフードを取り払い、ツルッパゲの浅黒い男が咎める様な視線で立っていたのだ。その顔に見覚えがあったルグラトスの口から名前が溢れでる。
「デュラン……」
やはり間違いないと悟ったデュランはさらに眉間にシワを寄せて眉を吊り上げ、顔のパーツ全てが中心に寄るほどに力を入れる。
「下衆め……っ!!」
帝国の危機依頼ご無沙汰だった彼らは魔導大国という別の地にて再会を果たした。




