503、3人の副官
『森林の魔導師』の副官、リゼット=フラウロンはアドニスを含めた4人を館の外まで見送り、そっと扉を閉じる。先ほどまでの柔和な笑みを殺し、黒い瞳から光を消し、漆黒の瞳へと変化させる。
その後即座に踵を返して2階へと上がった。廊下をきびきび歩き、目的の部屋に入る。
「お疲れぇ〜っリゼットちゃぁん」
猫撫で声で媚びる様に話しかける女性。3人の副官の1人、ソフィア=エンブレス。
年齢はリゼット同様20代後半くらい。黒髪ロングと白い艶肌に妖しい魅力の灰赤色の瞳。モデルの如きすらっとした長身とはち切れんばかりに豊満で柔らかそうな身体をした妖艶な女性。
「首尾はどうでしたか? リゼット」
同じく副官のマルゼラ=ヴァニティス。年齢は2人より1、2歳若く、二十代半ばくらい。
いかにもお嬢様らしいクリーム色に近い金髪ロングヘアーで、少し癖が付いている髪を後頭部の辺りで、落ち着いた赤色のリボンで結えている。
瞳は濃い茶色。2人とは違いスレンダーなシルエットで、お淑やかな雰囲気を醸し出す。
リゼットは2人を一瞥した後、そのまま窓際まで歩き、薄いカーテン越しに外の様子を伺う。魔動車の前で話し込んでいる4人を見ながら鼻で笑う。
「……中々に警戒心の高い方々でしたね。特に剣聖の方々は動きに隙がない。背後から仕掛けても対応されるでしょう。愛用の武器を持っていないのはわざと。味方であることをアピールするだけでなく、持っていると使いたくなるのでしょうね。『歩く破壊兵器』とは誰が言ったのか、言い得て妙です」
リゼットの分析にソフィアは感心する。
「へ〜。って、七元徳は? 見た感じ大したことなさそうって感じ?」
「まさか。彼らもまた面倒な方々ですよ。エデン正教を後ろ盾にどんな相手を前にしても武器を手放さない。教皇の武器たる彼らの身元は神によって証明される。疑うことは神を愚弄するも同じ。つまり魔導帝の前だろうと関係なく、常に最も強い装備でどこへでも入り込むことが出来る兵士たち。剣聖たちは実力で、七元徳は実力は剣聖に及ばなくても権威があります。どちらも相手をするのは避けるべきでしょう」
4人が魔動車にようやく乗り込み、帰るのを確認するリゼット。窓際に張り付く彼女を背後から見ながらマルゼラは肩を竦める。
「ならばここで減らしておくのも手だったのではなくて? なぜ耐性魔法を掛けるような真似を……放っておけばあの男の欲望の吐口ぐらいにはなったと思うのだけれど……」
「変に勘繰られるのも面倒でしたので、味方の振りをしておくのが最適だと考えたのです。特に『節制』は用心深い男。今頃は私の不意打ち気味の魔法の意味も好意的に捉えてくれる事でしょう。しかしまぁ、私が魔法を掛けずとも状態異常をレジストする魔法を既に纏っていた様です。つまりあの時、二重で強化効果が掛かっていたことになりますね」
「二重? なるほど、神聖魔術と森羅魔術の重ね掛けということですのね?」
本来魔術は同じ性質のものを重ね掛けしても効果はなく、より効果が高い魔法が優先される。その場合は低い魔法効果は打ち消され、上書きされるのがこの世界の常識だ。しかし例外が存在する。
それが一般的に魔法使いが使用しているとされる森羅魔術と教会側が使用する神聖魔術の重ね掛けだ。どちらも魔力に依存しているが、性質が異なるために打ち消されることなく強化を行える。冒険者パーティに神聖魔法を使用出来る僧侶系統を雇うのは何もアンデッド対策だけではない。
勘の良いことにオドルが何かを仕掛けてくると踏んでいたようだ。情報を集めてから謁見に望んだと見て間違いない。
先に情報を手に入れておくこと自体はさして変でもなければ突出してるとも言い難いが、オドルまたはオドルの配下が何か仕掛けてくると推測していたのは無視出来ない。何をされるにしろ、されないにしろ、警戒は怠らない。心身ともに己らを守りきった用意周到さは称賛に値する。
「でも~、そんなに用心深い人たちを遊ばせてるのは危険じゃないの? 私たちの今後の活動に支障を来たすんじゃない?」
「ご心配なく。最初に仕掛けた魔法に『追跡魔法』を仕込んであります。状態異常とは別なので今も正常に機能していますよ」
リゼットは眼鏡をクイッと上げて抜け目のなさをアピールする。
「つまりあの4人に限ってはどこに居るか把握出来ると。しかし今回のようにバラけたらせっかくの追跡魔法も意味がないのではありませんこと?」
「そこまでは預かり知りませんが、私の出来る範囲内で対処しました。後はあの方に報告を致しませんと……」
あの方と呼んだ存在を頭で思い描き、リゼットの頬は緩む。
「あ、それなら私がやったげるよ~。リゼットちゃんはこれからオドルさん係で仕事しなきゃだもん」
「ソフィア。ふざけるのも大概にしていただけますか? これはすべて私がやったことです。横取りは許しませんっ」
ソフィアは「え~?」と気の抜けたような声で苦笑する。ちょっとした冗談のつもりだったのか、本気にされたのが解せないようだ。マルゼラは2人の掛け合いを見てフッと微笑む。
「しかし、あの男もなかなかどうしてツイていますわね。先日の娼館の件で引導を渡せるはずが、こんな時に魔神襲来とは……。ニグスブルグを平らげる計画もオジャんですわ」
「だよね~。何のためにこんなとこにいると思ってんのって感じ〜」
マルゼラの愚痴に乗っかるソフィア。リゼットは窓から離れ、扉に向かって歩く。
「本当に運が良いのでしょうか?」
その問いかけに2人はリゼットに注目する。
「娼館の件ではまだ誤魔化せる段階にあり、今まで通りこの地方の君主として好き勝手に生きることが出来たでしょうが、これで完全に逃げ道が無くなったと見て良いでしょう。魔導帝も四賢冠も倒れた今、静観を決め込むことが出来なくなったのですから……」
「リゼットはあの男がどっちにつくか予想が出来ますの?」
「無論、魔神側でしょう。長いものには巻かれる性質ですし、あの男に情などありませんので……」
「それではもっと面倒になりませんこと? オドルが魔神の庇護下に置かれでもしたらわたくしたちの立場も危うくなるのでは?」
「そうなれば……」
リゼットは扉の前で立ち止まり、肩越しにマルゼラを見る。その目は深い闇が住う真っ黒な目をしていた。
「この世から退場してもらいましょう。すべては我ら機界大国の繁栄のために……」
そう言い残すと扉を開けて出ていく。リゼットの後ろ姿を見送った2人はお互いに視線を交わし合い、一つ頷き合う。決意を新たに3人とも仕事に戻った。




