501、卑小な君主
8人の魔導星の内、炎と土が仲間入りし水が絶望的となる中、レナールとブリジット、アドニスとクラウディアの4名は『森林の魔導師』に助力を要請するため、『ニグスブルグ』地方へと足を伸ばしていた。
ニグスブルグは魔導大国で最大規模の湖『カナン湖』があり、水源に恵まれている。その上、気候が温暖なこの地域は魔導大国有数の穀倉地帯であり、一年を通して様々な野菜が収穫出来るので農業が盛んに行われている。
この地で収穫された作物は魔導大国全域と、海を渡り他国へと行き来する貿易船に積まれ、帝国や聖王国、機械大国に主に輸出されており、そのためこの都市は『魔導大国の食糧庫』と呼ばれている。
総人口は50万人。種族は人族8割強、他種族2割弱程度。
特産物は麦や米、麦芽酒など。また穀物ほどではないが果樹園もあり、果実酒なども作っている。そしてさらに、そこまでの採掘量ではないが鉄も銅も取れる。
土地はそれなりに広く、魔導星が治める領土ということで知名度も高い。だが国力で換算するとかなり低い評価が弾き出される。四賢冠が評価した判定はD。
これはこの地を治める『森林の魔導師』に問題があった。
この地方で最も栄えた都市の名は『オロム』。
レナールたちは特に問題なく教会入りし、今後の方針を決める。『森林の魔導師』との謁見前に情報を集めることにし、街へと繰り出した。
「邪魔したねっ!」
レナールは『バットウィング』と呼ばれる酒場のスイングドアを押して陽気に出てくる。酒場のカウンターから「いつでもどうぞー」とうんざりしたようなバーテンダーの声が聞こえてきた。同時にブリジットが物陰からスッと出てくる。
「……酔っ払い」
ブリジットの呆れた声にレナールはニヤリと笑ってスキットルの酒を一口呷る。
「ぷはーっ! ここの酒は中々のもんだよっ。帰りに2、3杯は引っ掛けて行きたいねぇっ」
「は?……2、3杯じゃ足りないくせに。それで? 何か情報は得られたの?」
「そりゃそうさ。私が何のためにそこに入ったと思うのさ。酒飲みってのはね、酔って何でも話してくれんの。悪口や弱音、嬉しかったことや悲しかったことも全部ね。街の情報を知りたきゃまずは酒場の愚痴を聞けってのが私のやり方さ」
「……半分趣味でしょ」
レナールは言い当てられたことを恥ずかしそうに「てへへっ」と誤魔化すが、彼女を知る者なら誰でも分かる。いや、多分初見でも見抜ける。
気を取り直して教会へと戻る傍ら、手に入れた情報を共有する。さっきまで酒を飲んでいたとは思えないほどキリッとした顔でブリジットに話しかけた。
「ここの領主……いや、君主か。オドルって名前らしいんだけど、器の小さい男だと愚痴を聞かされたよ。自分のことばっかで碌に仕事をしやしない。だから下々の民はみんな愛想を尽かしちまってるんだってさ」
「……魔導星はみんなわがままだって言ってた」
「だね。オドルってのも例に漏れないってわけさ」
レナールは肩を竦める。
「軍事的には周辺都市にも劣るから、領民は勿論のこと、ニグスブルグの兵たちまでもがオドルに強い不満があるって聞いたよ。そんなんでもなれるマスターの称号ってどんなもんなのよ。まったく……」
「……聞いている限りじゃ話にならない。……けど、個人能力が頭抜けている可能性はない? レッド=カーマインがそんな感じでしょ」
「レッドか。確かに……」
日常ではパッとしなくても戦ってみたら化け物という例を知っている以上、評判だけで決めることは出来ない。四賢冠が選び抜き、与えた称号は本物だ。だからこそ魔神討伐に向けて力を貸してくれと嘆願しに行くのだ。
「……それで? 他に何か聞いてきたことある?」
「あっ! そうそう。オドルには3人の副官が居て、3人とも超優秀らしいのよ。全員女性ですんごい美人なんだってさ」
「……女性……。オドルの趣味?」
「あったりーっ! いい勘してるっ!」
レナールはひょうきんにおどけて見せた。ブリジットは教会の前でふぅっと疲れた様にため息をついた。
「……そんなことだろうと思った。もし私の勘がすべて正しければ、謁見はそんなに手こずらないかもね」
「え? 何でよ?」
レナールが教会の扉を開けて中に入ると、アドニスとクラウディアが立って待っていた。
「ようやく戻ったか」
「ちょっと、アドニス。……お待ちしておりましたわ。どうぞ中へ」
クラウディアは笑顔で出迎える。アドニスは不機嫌そうにしているが、それ以上嫌味を言うこともなく教会の長椅子に腰掛ける。
「ごめんごめんっ! ちょっと情報収集が長引いちゃってさ。なんかあった?」
レナールはブリジットが中に入ったのを見計らってすぐに扉を閉める。同時にクラウディアは鷹揚に頷いた。
「森林の魔導師との謁見ですわ。約束の時間までもう直ぐですので急ぎ支度をお願いします」
レナールはブリジットを見る。ブリジットはふんっと鼻を鳴らした。
「何に気づいたのか後で聞かせてもらおうかな。……私たちはこのままでいいからとっとと行きましょうよ。私が仕入れた情報も移動がてら報告するからさ」
アセリアが用意し、ここまで連れてきてくれた魔動車に乗り込み、森林の魔術師の役宅まで移動を開始する。レナールはその間に2人にもブリジットに伝えた情報を話す。レナールの話が終わった頃合いでアドニスが反応した。
「俺たちも教会関係者に話を聞いた。概ねその通りの様だ。どう思う剣聖? オドルは使えると思うか?」
「会ってみなくちゃ分からないってのが私らの見解ね。強くて頼れそうなら、勧誘もそれなりに力が入るってもんよっ」
確かにレナールの言う様に会ってみなくては分からないが、教会関係者という七元徳の身内同然であり、神を崇める敬虔な信徒にも遠回しに無能と言われる君主に何を期待しようというのか。少々どころか大分気がかりな今の心境に不安を感じずにはいられない。
──キッ
車が止まり、扉を開けてもらう。
降り立つと大きな屋敷が目に飛び込んでくる。
「俺はここまでだ」
アドニスは腕を組んで立ち止まる。
「ん? 何よ、どういうこと?」
「森林の魔導師の意向だ。男は入るなと言われている」
その瞬間にブリジットは「……やっぱり」と口にした。
「あ、そういうこと? こりゃちょっと面倒な相手かも……」
「ええ。そうですわね。貞操の危機を感じますわ」
クラウディアはしかめっ面で館を睨む。好色家の飢えた男性を想像して怒りが芽生える。
国の危機そっちのけで色に走るとは不貞の極み。時期と状況を選べと説教したくなったが、まずは話し合いから。
アドニスを除く3人は意を決して敷地内へと足を踏み入れた。




