500、勝てば天国、負ければ地獄
闘技場は大興奮の幕開けとなる。
観客とバトルフィールドとの境は透明の魔障壁。もし攻撃が飛んできても障壁に阻まれてモンスターの攻撃は届かないし、万が一にも破壊されたとして3回まで障壁を張ることが出来る魔力の貯えがある。
魔障壁を突破出来るようないわゆる規格外のモンスターは闘技場では出場させないため、観客は比較的安全の中で賭け事に興じることが出来る。
貴賓室は更に頑強な造りとなっており、観客席が消滅するほどの力で攻撃されたとて無傷で生還出来るほどの硬い術式を施してある。その分魔力は食うが、観客席同様に開催前日に毎回魔力を満タンにするので絶対安全で過ごすことが可能。
砂塵が舞い、炎が空を焼き、氷柱が降り注ぎ、闇の刃が光を切り裂いたとて観客に影響はない。
口汚くモンスターを罵っても心が痛むことが無いのでストレスなく好き勝手に声援を送れるし、賭けの対象が有利であればあるほど観客のボルテージも上がっていく。能力が拮抗しているがゆえに熱いバトルを生み、ドラマをも呼ぶ。
セオドアは鼻で笑った。
「……ったく、本当に大熱狂だな。ここぞとばかりに人生賭けてる奴がわんさか居やがる」
「当然だ。今回は勝ち金が高い。俺が観客の立場でもこの日に賭ける」
シードルはモンスターの戦いよりも観客の興奮度合いを確認している。
「『パルナスタ』に住んでいれば、この大歓声に惹かれぬ人間はいない。いつしか熱気に当てられた者が『ちょっとだけ』という気持ちで手を出す。賭けの妙味を知った時、誰もその魅力に抗うことなど出来ない」
院長は身につまされる思いでさらに小さく縮こまる。シードルの発言から、闘技場はエンターテインメントに振り切れていることが分かる。特に賭け事に興じない連中も楽しめるようにここでしか買えないグッズや、ここでしか食べられない食事などを提供し、飽きさせないように努力する。いつしか自分も賭けてみようとなり、ギャンブルの沼に落ちる。
「勝てば天国、負ければ地獄。脳内快楽物質を如何に出させるか。如何に依存させるかが腕の見せ所となる」
その言いようにクレイが怒りを覚える。
「つまり搾取か」
「ふっ……人聞きの悪いことを言わないでくれ。我々は飽くまで観客の購買意欲を煽るだけ。それに戦いは時の運。どっちが勝ってもおかしくないのが闘技場の売りだ。本能のままに生きるモンスターにわざと負けろなどと学習させられるわけがない。せいぜい死んだふりでも覚えさせるくらいのものだが、死んだふりをするズル賢いモンスターは食物連鎖の下位に位置する。闘技場では使えん」
即座に八百長も否定された。言われてみれば、観客を喜ばせるだけの魔獣を連れてくるのも難しいのではないかと思える。ただ魔獣を拾って放っただけでは見世物小屋程度の価値でしかない。見世物小屋から賭け事にまで発展させるのは至難の業。ある程度知性があって大きく強い魔獣でないと話にならない。
八百長に関しても観客の目はシビアだ。魔獣を傷つけたり弱らせたりすればすぐに気付かれる。きちんと賭けとして成立するかどうかの見極めも鋭い。
嘘は暴かれた時が一番怖い。だからこそ誠実さは大事だ。
「これは国家プロジェクトなのでね。我がロドム地方の財政はここから賄われていると言って過言ではない。言い掛かりはよしてくれよ」
モンスターバトルはパルナスタ政府の肝煎り。魔獣や召喚獣の質もこだわりが強く、財政の半数近くを闘技場につぎ込む。ゆえに手抜きは許されない。
ここに難癖を付けようものなら即追放の後、ロドム地方への進入禁止くらいは覚悟するべきだろう。下手をすれば行方不明になる事例までありそうだ。
オーウェンはクレイを制するように声を上げる。
「いや、うちの者がすまない。賭け事はエデン正教では悪なのであってな。少々過敏になってしまった様だ」
「でしょうな。お宅らはお堅い戒律で我慢を強いる。だが、我慢させているだけではいつか爆発するぞ。どこで発散させているのか知らないが、人の心というものを理解した方が良い。……見たまえ、この景色を。皆の楽しそうな顔を。賭け事をせずとも、この施設を使って遊ぶのもまた一興」
シードルは身を乗り出し、セオドアを跨いでクレイとオーウェンを見る。
「如何かな? もしその気があるなら聖王国にここと同じ様な施設を作っては見ないか? 俺には実績がある。闘技場の建設なら素晴らしいものを建てると約束しよう。費用は俺が持つ。聖王国の雇用も増えるし、もちろん税金も納めよう。面倒なことは俺の主導ですべて解決する。大丈夫だ。賭け事をしなければ良いだけなのだから、皆の良い遊び場になり、ストレス発散にもなる。なに、少しくらい距離が離れていても問題ない。俺に全て任せてくれれば……」
口を挟む間もなくスラスラと言葉の波を浴びせかける。クレイとオーウェンがたじたじになっていると、セオドアが足をかざしてシードルの視界を奪う。
「そこまでにしときな。七元徳相手に儲け話を振るとは間抜けもいいとこだな」
「……なんだと?」
シードルはセオドアを睨みつける。
「まぁそう怒るな。俺は事実を言ってるだけだ。エデン正教を取り込みたきゃ現教皇にあって話を通すんだな」
「そのための布石だ。七元徳から教皇に話を持っていってくれたら、話はもっと簡単に……」
「はぁ〜……マジかよ。お前もしかして今後も同じ様にコトが運ぶと思ってんのか? 世情に疎いのか、それともあえて無視してんのか。ま、後者だろうな。今もこうして闘技場を開いて客を呼んでる。今にも魔導大国がどうにかなるんじゃねぇかって時になぁ……」
セオドアは呆れ気味に、しかし鋭い目つきでシードルを牽制する。シードルは負けじと太々しく椅子にもたれかかり、鼻を鳴らして威圧した。
「……何が言いたい剣聖」
「これから先も自分の為すがまま、思うがままに生きてぇなら現実逃避している場合じゃねぇだろっつってんだよ」
「俺は説教など聞く気はない。貴様が言いたいのは魔導帝のことだろうが、俺にはほぼ関係がない。侵略者が力で国を乗っ取ったというのなら好きにしろということだ。最悪、ロドム地方を独立させて魔導大国の枠組みから外れるだけだからな」
「へぇ? それで? それじゃ結局ここも侵略されることになるじゃねぇかよ」
「そうかもしれんが、そうならない可能性もある。初手で戦いを挑むほど愚かなことはない。俺は根っからの商人なんでな。客商売は慣れてる。魔神だろうが何だろうが例外はない。物事は損得で決まるんだよ」
そういうとスッと立ち上がる。
「貴様の言いたいことは分かっている。魔神を倒すために手を貸せというのだろう? 貴様こそ世情に疎いのではないか? 魔導大国最強の魔導帝が敗れたんだぞ。何故そんな怪物と戦うリスクを取るのだ? 剣の道を極めると自殺願望でも芽生えるのか?」
シードルは話は終わりだとでもいう様に踵を返して部屋を出ていこうとする。だがセオドアは逃さない。
「へっ! 言ってくれるじゃねぇか。だが、やっぱりお前の方が見えてねぇよ」
売り言葉に買い言葉。ただの妄言だとは思いつつも足を止めて振り返る。
「ほぉ? この俺が何を見えてないと?」
「損得勘定で物事見てんならよぉ、どうして他の貴賓室に空きがあるんだ?」
その瞬間にシードルは閉口する。セオドアも立ち上がってニヤニヤと笑いながら猫背気味に見上げる様にシードルを覗き込む。
「逃げてんだろ? 金持ちがよぉ。そうでもなけりゃここぞとばかりに儲け話なんてしねぇよなぁ? あ、根っからの商人さんはどんな時でも儲け話に繋げられんのかな? それじゃ聞かせてくれよ商人。金持ちを逃してどうやって稼ぐつもりだ? 観客から小銭を巻き上げんのか? それでこの施設が成り立つのか?」
「それは……」
「さぁ、魔神のせいで経営破綻が見えて来たぜ商人。楽観主義を貫いて何回出来るかも分からねぇ闘技場を開くかい? それとも俺たちに恩を売って未来を掴むか?」
セオドアの質問でシードルの目に光が灯る。セオドアはそれを見逃さない。
「実は俺たちには財力において強力な後ろ盾があるのよ。お前の不安を解消出来る強力な助っ人って奴がな。もし俺たちに力を貸してくれるっつーなら計算機を叩きな。言い値でお前を雇ってやるよ」
「……ふざけたことを。魔導星である俺を買おうというのか?」
「というよりも雇用であり共同経営だ。俺たちは対等な関係でやっていくんだよ」
セオドアはグッと背を伸ばしてシードルと目線を合わせる。そして右手を差し出した。
「乗るか?」
その手をじっと観察し、セオドアの目を見る。
「……本当に言い値でいいんだな。俺は高いぞ?」
「上等だよ。そんだけの価値を見せてもらうぜ?」
シードルはセオドアとガッシリ握手を交わす。
「良いだろう。……一応聞かせてもらうが、パトロンの名は?」
「オジャノーイってんだ。オジャノーイ宛で請求書を『炎の魔導師』の役宅に送れ。俺が責任を持って金を払わせる」
その名にクレイとオーウェンが驚き戸惑ったが、既に交わした約束ゆえに見て見ぬ振りをすることにした。
『土の魔導師』シードル=クラウ=ガルフォードが仲間に加わった。




