498、白い巨城
ロドム地方の都市『パルナスタ』。そこに聳えるエデン正教の白い巨城、総合病院『サンクタム』。
今、一台の魔動車が入り口付近に停車した。
この場所で院長を務める牧師、アルマロス=フォールフェザーは深々と座って寛いでいた高級レザーの椅子から急いで立ち上がり、丸々太った腹を揺らしながら階段を駆け下りる。地面を擦りそうなほど長い白衣をマントの様にはためかせ、汗で服を濡らしながらも走るのには理由があった。
息を切らせながら到着した先に居たのは待合室の長椅子に体を投げ出して座るやたら態度の悪い男と、七元徳の2人。『忍耐』のオーウェンと『勤勉』のクレイ。聖王国の特権階級ともいえる雲の上の存在。そんな彼らを待たせることは自分の職を追われるだけでは済まない。そう考えての行動だった。
「クレイ様っ! オーウェン様っ! 遠路はるばるようこそいらっしゃいましたっ!」
手揉みをしながら張り付いた笑顔で迎え入れた。院長の対応にオーウェンが答える。
「邪魔するである。我らの訪問によって業務の妨げになってしまうかもしれないが、そうならないよう短期間で出るつもりであるから悪しからず」
「その間はよろしく頼むぜ院長」
オーウェンと違いクレイも軽口は叩く。しかし院長は嫌な顔一つせずにペコペコと頭を下げた。
「いえいえ、業務の妨げだなんてそんな……お気になさらずにですね……あの、じ、自分の家だと思って寛いでくださいね」
三下ムーブな上、半笑いで吃りつつ対応する院長に申し訳なさを感じたが、我が物顔で出入りするためには仕方がない。クレイやオーウェンはただ頷いたが、セオドアは片足を高々と上げて振り下ろすと同時に立ち上がる。背中を丸めて目線を院長に合わせながら何が気になるのか調べる様にジロジロと背中に回り込んだりして睨め付ける。
失礼な態度に流石の院長も困惑の眼差しを向ける。助け舟を出してもらおうとセオドアとクレイ、またはオーウェンに交互に目を向ける。2人もセオドアの行動には驚いていた。いったい何がしたいのか様子を伺っているとセオドアはスンスンと院長の匂いを嗅いだ。
「……臭えな」
その一言にはクレイもオーウェンも我慢ならない。
「おいっ! やめろっ!」
「失礼極まる……っ!」
しかしセオドアは2人に手をかざして制止する。院長は乾いた笑いを発しながらセオドアに返答する。
「はは……も、申し訳ないです。何分急いで来たものですから、少々汗を掻いてしまいましたね。シャワーを浴びれば多少はマシになるのですが……」
「そっちじゃねぇよ。……何でそこまで怯える?」
「……は? おび……え? い、いや、七元徳の方々が来られるなんてこれほど栄誉なことは……」
「俺たちが来ると知ってそこまで焦る必要があったか? どっしり構えて他の修道女に院長室まで案内させりゃ良いし、どうしても直々に顔を突き合わすんなら雁首揃えて出迎え入れりゃあ良い。それをバタバタと忙しなく……何がそんなに気になる?」
セオドアは院長の顔を覗き込む様に観察する。院長は探られたくない腹を隠す様に俯く。
「……七元徳に知られたくない事情がある様だな」
その問いに院長は言い当てられた様な戸惑いの眼差しをセオドアに向ける。分かりやすすぎる院長の行動にはクレイとオーウェンも顔を見合わせ、肩を竦める。
拠点に到着して早々の出来事に面倒を感じずにいられないが、無視することも出来ない事態に2人は軽い臨戦態勢に入った。
「……院長。我々はあなたが何に手を染め、何を行っているか知ろうとも思っていなかったが、こうなってしまっては無視は出来ぬぞ?」
「だな。エデン正教の関係者が悪に手を染める様なことがあっちゃダメだからな。院長室まで案内してもらおうか?」
明確に自分の上位者である七元徳に命令されれば従わないわけにもいかない。院長は渋々院長室に案内することにした。
*
『──さぁ出揃いました本日のモンスターバトルっ!! 実況は私ギリアムと……!』
『バッカスでお送りいたします』
『第一回戦、魔獣ケイオスポーラーと召喚獣ヘビーファルコンとの戦いとなりますが、バッカスさん。どちらに軍配が上がりそうでしょうか?』
『そうですね。まず見ていただくのは属性でしょう。魔獣ケイオスポーラーは氷と闇属性、ヘビーファルコンは炎と風の属性を操ります。属性はヘビーファルコンに軍配が上がりますし、制空権を握っているのも強い。しかしケイオスポーラーは多種多様な氷魔法を使用可能で、一度地上に引きずり下ろせば一気に形成は逆転します』
『なるほどっ! 分かり易い解説をありがとうございますっ! どちらが勝ってもおかしくない戦いに闘技場の興奮も最高潮ですっ!!』
院長室に置かれた蓄音器の様なラッパ型のスピーカーから観客の声援が聞こえてくる。
『いやぁっ。今日は大熱狂ですねぇバッカスさんっ』
『最近観なかった大きい対戦カードですからね。当然でしょう』
『ええっ! まったくですねっ!──皆様バトルチケットはお忘れありませんかっ?! 今からでも遅くはありませんっ! 世紀の対決に是非チケットをお求めくださいっ! プロの目線から魔獣、召喚獣の強さを知り、賭けを有利に運ぶことの出来る雑誌を闘技場の売店にて販売中っ! さぁっ! みんなでお金持ちになろうっ!』
院長室に響き渡る陽気な声。重厚な机の上に散らばる『バトルチケット』と呼ばれる賭けのための券。券にはヘビーファルコンと思われるシルエットが描かれていた。闘技場限定の雑誌も3冊机上に置かれている。悪事が暴かれた子供の様に院長はしょんぼりした顔で床に正座している。
「んだよ賭け事か……。俺はてっきり反国家勢力とでも繋がっているのかと……」
セオドアは引き出しから新たに何枚かのバトルチケットを取り出して机に投げる。しかしエデン正教の教えから考えるとそれなりに不味い状況だ。
「戒律に従えばやるべきではないな。特に院長、お主は牧師であろう? 信徒たちに顔向け出来ないではないか」
「まぁ、俺個人としては自分の金をどう使おうが勝手だと思うが、職務中に賭け事するってのはいただけねぇよなぁ?」
2人に責められ、院長は「め、面目次第もございません」と小さく縮こまる。
「ガブリエル様に頂いたお役目、この地で長い間尽くしてまいりました。しかし聖王国の御家騒動によるガブリエル様のご退位で私の心は荒み、ストレスを感じておりました。そんな折、聞こえてきた歓声に興味を唆られ、バトルチケットを試しに購入してから私の中で何かが吹っ切れたのです。こんなことをしていてはいけないと思ってはいたのですが、それが背徳感に変わり、そのままズルズルと……もう決して賭け事は致しませんのでどうかこのことは黙っていてもらえないでしょうかっ?!」
院長はガバッと土下座をして許しを乞う。だが、クレイとオーウェンは首を横に振った。
「そういうわけにはいかないだろ。知っちまった以上は報告をする。それが道理だ」
「うむ。我らにお主の処分を決める権限はないでな。追って処分が下されるであろう」
「そ、そんなぁ……」
ヘナヘナと腰砕けになる院長を前にセオドアは鼻で笑う。『土の魔導師』を仲間に引き入れるために来たというのに、とんだ事件に巻き込まれたものだと迷惑に感じたためだ。
しかしその時、院長室に設置されてある蓄音機型スピーカーから聞こえてきた実況に耳を奪われる。
『──あっ! ご覧くださいっ! 本日は『土の魔導師』のシードル様が御観覧されておりますっ!』
その名を聞いた時の3人の視線はスピーカーに釘付けとなった。
『今回の戦いはシードル様もご興味がある様ですね。まさに今世紀一番の戦いと言えるでしょう』
いつまでもメソメソしている院長にセオドアが声を掛ける。
「おい、院長さんよ。この闘技場ってのはどこにあるんだ?」
「……へ?」
「闘技場だよ。闘技場。ここに俺らを案内しろ」
その発言にオーウェンが待ったをかける。
「お待ちをセオドア殿。職務中の彼を連れ出すのは不味い。特に闘技場になどと……今し方叱ったばかりではないか」
「だからこそだろ。よぉ院長さん。俺らを闘技場に連れて行き、『土の魔導師』に引き合わせろ。そうしたら今回の件は見逃してやる」
それは地獄に降りてきた一本のクモの糸。真っ白になっていた院長の顔色は徐々に血色を取り戻す。
「そんな勝手なことを……っ!」
「考えてもみろ。この街一番の病院を取り仕切る院長先生が会うってんなら、いくら魔導星でも無碍には出来ねぇだろうぜ。それによ、誰にだって魔が差すことがあるぜ。特に院長さんはつい最近まで戒律を破ることなく頑張ってきたんだ。少しくらい羽目を外しても多めに見てやろうぜ」
セオドアの提案は良案だ。これを逃す手はないが、見て見ぬ振りはどうも腑に落ちない。オーウェンとクレイは今回の件は懺悔という形で受け取ったことにし、二度目はないと言い含めつつ赦す方向に舵を切る。
「……つっても、『土の魔導師』に会えねぇならこの話は無しだ。失敗はイコール失職。あんたの命運を賭けて挑みな」
賭け事にのめり込んでしまった者の試練。
院長は自分の犯した罪を悔い改めつつ、闘技場に3人を連れて出発する。




