497、旅行気分
ブルックとランドルフが『シルヴァーシュ』へと向かった頃。セオドアとオーウェンとクレイは『土の魔導師』に会うために『ロドム』地方に向かっていた。
「見ろよこれ。俺たちが目指してる『パルナスタ』って都市は、最古の五賢者の一人の名前を冠してるらしい。きっと長い長い歴史があるんだろうな」
クレイはアセリアから渡された地図を見ながらオーウェンに話しかける。アセリアの用意してくれた魔動車の中で旅行気分のクレイの言葉にオーウェンは肩を竦ませる。
「で、あろうな。魔導大国建国の父たちの名前であるから、何を隠そう我らの聖王国よりも歴史は古い。長い長い歴史があるというのは年端の行かぬ子供でも推測出来るであろう」
オーウェンの皮肉混じりの言い方にセオドアは笑いを噛み殺す。
「何だよ。道中寂しくない様に俺が率先して会話してんだろ? せっかくの仲間集めだし、もう少し楽しく行こうぜ?」
「くくくっ……ポジティブだなぁ。七元徳の戦士はよぉ……」
セオドアはクレイを見て笑顔を見せた。
「剣聖には俺みたいなユニークなのはいないのかい?」
「ユニークねぇ……ユニークってだけならデュランがそれに該当するぜ。ただ、お前みたいなのはちょっと前にルオドスタ帝国から出て行ったよ」
「はぁ? 剣聖まで上り詰めたってのにその立場を捨てられんのか? 嘘だろ? 俺には無理だね」
「そうかい? 俺は時と場合によるぜ。どうしてもってんなら捨てることもやむなしだ」
クレイは信じられないと言った顔でセオドアを見ていたが、見かねたオーウェンが口を挟む。
「それは彼の第六剣聖ルグラトス殿のことで間違いあるまい。彼の御仁は由緒ある八剣聖から抜けた稀有な例。その理由はもちろん魔神の襲来。と、このようにアレン殿から聞いている」
「は? いつそんなん聞いたんだよ。俺は聞いてないぜっ」
「最初に説明があったではないか。彼らと力を合わせようって時に……。その時一番憤ってたのはお主だぞ?」
「あ、そうだっけ? そういやなんか思い出してきた。魔神戦を前にして逃げ出したんだったなっ」
ふんっふんっと鼻息荒く憤慨する。格好付けたがりのちょっとナルシストが入ったクレイだが、根は真面目で実直を絵に描いた誠実な男。致死に至る攻撃の眼前に盾として自分の身を曝せる勇気あるクレイにとって、ルグラトスの行動は憶病者以外何者でもない。
その湧き上がる感情を察してセオドアが冷ややかな視線を送る。
「アレンが何て言ったか知らねぇけど、あんま悪く考えねぇでくれよ? あいつはあいつなりの選択をしたんだ。生きるためにやったことを責めちゃいけねぇよ」
「でも……っ!」
「まぁそう熱くなるなよ。確かに戦いを避けたことによる裏切りの誹りは免れないさ。けど、全滅してりゃそこで終わりだった。結果的にどっちも生き残っちまってあいつの居場所はなくなったかもしれねぇが、俺は間違ってなかったって心から思ってる。アシュロフの旦那に説得されなきゃ俺だってあんなバケモンと戦わなくて良かったんだ。……ったく、俺も変なところで律儀っつうか何つうか……」
セオドアは当時のことを思い出して自嘲気味に笑う。そんなセオドアにオーウェンは大きく頷いた。
「分かる。分かるぞ、その気持ち。私もジャガラームからの移民ゆえ、ジャガラームの民からはきっと裏切り者のレッテルを張られていることであろう。悲しいことだが、逃げた者の末路など察して余りある」
オーウェンの同調にセオドアは訝しい顔を向けた。
「は? ジャガラームなんて目と鼻の先じゃねぇか。なんで聖王国に移住しただけで裏切り者扱いされるんだよ?」
その疑問にオーウェンは答えるべきか逡巡する。クレイは横から口を挟む。
「こいつ元々ジャガラームの王族だったんだよ。今のジャガラームの王様に国を簒奪されたんだ」
「んだそりゃ? おいっ、マジの話か?」
口の軽いクレイにオーウェンは呆れた目を向ける。「言っちゃまずかった?」とでも言いたげなジェスチャーにため息を吐く。
「いや、別に良いとも。先に口にしたのは私であるし、終わった話であるからな。家族もいない孤児の私を聖王国が拾い上げ、最終的に猊下の下で戦う拳となった。この栄誉を賜ったことで心の救いとなったのである。もはやあの国に未練はない」
凄惨な過去を断ち切り、身も心も山のように大きくなったオーウェン。その拳は自分のためではなく他者のためにこそ振るわれる。
「あー……その境遇と一緒にされるとルグラトスの立つ瀬はねぇと思うけど……まあいいか。今頃どこで何してんだろうな」
セオドアは雲を眺めながら感傷に浸る。ルグラトスのことは別に友達というほどでもないし、人間的に好きというわけではなかった。しかし同じ剣聖として肩を並べる仲間だった。剣聖の称号を剥奪されたが、剣の腕までは剥奪出来ない。その腕を買われてどこぞで食い扶持を見つけているのだろうと推測出来る。
「あっ! ほら、見えたぜ。あれが例の街だ」
クレイが指を差した先にいくつもの建物がひしめき合う巨大な街の風景が広がっている。
ロドム地方一の都市『パルナスタ』。いくつもの小さな街が寄り集まって出来た都市であり、その中心に位置する場所こそセオドアたちが目指している『土の魔導師』の本拠地。
この地は古くから評議会制が採られており、都市の実質的なリーダーは『土の魔導師』と定められているが、その補佐となる評議会の代表は各街の代表による投票決議によって決められている。よって、『土の魔導師』が不在の折は補佐が市長となって指針を定めていく。
これにはもう一つの利点があり、マスターに選ばれるものはいずれも若き才能の持ち主。経験よりも才覚が上に立つことが出来るシステムには政治が含まれていない。あくまで魔法技術の発展に必要な才能であり、政治に関してはずぶの素人が選ばれるケースがままある。それを補うための制度として初代『土の魔導師』が制定した。
特産品は岩塩、銅、麦など。
総人口は100万人。人族が9割を占め、亜人種が1割ほど。国力は『C 評価』。
特筆すべきは『闘技場』の存在である。闘技場では魔法競技や拳闘、スポーツ、美の祭典といった行事ごとで使われるのだが、最も盛んに行われているのはモンスターバトル。
実はロドム地方は魔法生物研究が盛んに行われていて、魔獣を使役し戦わせるモンスターバトルが国民を熱狂させている。魔法生物研究とは生息している魔獣のみならず、召喚魔法で召喚された召喚獣も含まれ、バラエティに富んだ戦いで飽きることなく楽しめる。
そんな街にセオドアたちは降り立つ。
「この街でエデン正教は病院の役割も果たしているらしい。とりあえずこのデカい病院を拠点に動こうぜ」
地図を眺めていたクレイの提案に2人は乗る。運転手に行き先を告げてこの町一番の病院に向けて車を走らせた。




