496、水の星
ランドルフから持ち掛けられた話にディラードは思わず吹き出す。
「ふははっ!……いや、失敬。本気かい? あり得ないだろそんなこと……」
ランドルフの揺るがぬ視線に嘲っていたディラードも気を張る。
「……うん、まぁそうだよね。エデン正教の剣たる七元徳の君が言うのなら本気なんだろうね。……世界平和か。ちゃんちゃらおかしいよ」
ディラードは鼻で笑い、もたれかかっていた車から離れる。ランドルフに詰め寄るように近付く。
「風の噂で聞いているよ。君の国も被害を受けたとか。しかし君の所に来た侵略者は倒したんだろう? 凄いじゃないか。その力を是非僕たちの国にも使って欲しいね。世界平和のためにさ」
「もちろんそのつもりですとも。しかし我らの力では不十分なのです。勝利のために必要なのは、選りすぐりの実力者が一堂に会し、力を合わせて戦うことにあります。マスターの称号を持つあなたにも我々と共に戦って欲しいのです」
「ふんっ……僕に真っ先に声を掛けたのは感心するが、果たして戦いに参加するだけの価値はあるのかな?」
下から睨み付けるように問うディラード。ランドルフは眉を顰めながら「価値?」と疑問を投げかける。
「そう、価値だ。意味くらい分かるだろ?」
「はい。しかしあなたにとっての価値とはどういったものかまでは分かりかねます」
「決まってる。戦うことで得られる物があるのかどうかさ。死んだ後で勲章なんてもらっても意味はないだろう? 君らには殉教の精神が根付いているのかもしれないが、無駄死になんて御免だよ」
宗教は命を軽視するとでも言わんばかりのあまりに失礼な言い方にランドルフは眉根をコリコリと掻く。侮辱されたものと捉えて反論しようとした時、ランドルフの顔目掛けて人差し指を突き出し「アッ、アッ、アッ!」と威嚇でもしているように言動を封じる。
「もちろん、タダ働きもね」
言いたいことを言い終えたディラードは手を下ろしてニヤニヤと嘲笑する。ランドルフはイライラする気持ちを抑えてディラードを見据える。
「……そうですか。しかし死ぬとは限りません。御覧なさい。私は侵略者に対抗しましたが、このように生きています。あなたは何か勘違いをしているようですが、命を投げ捨てるのが教えではなく『自己犠牲の精神』が尊ばれるのです。それと、あなたが報酬を望まれるのであれば、こちらもそれなりに用意があります」
「用意だって? まさかこの僕を買おうってのかい?」
「金銀財宝を欲するのであれば対外的にはそうなるでしょう。それであなたが参戦してくれるのであればですが……」
その言葉にディラードはニヤリと笑う。
「ふふっ、分かっているね。正解だ。僕はお金に困っていない。欲しいものは自分で手に入れて来た。君たち如きでは僕を顎で使うことなんて出来ないよ。それじゃあね、僕はこれで失礼する」
「あなたはこの国を……民を見捨てるつもりですか?」
「愚者はいつもそれだね。情で訴えようとしてくる。でも分かるよ。もう君にそれ以外の方法が無いことくらいはね。だけど、あまりにも画一的だよ。もう少しバリエーションに富んだ勧誘方法を模索するべきなんじゃないかな? そんなんじゃ誰も味方になんてなってくれないよ?」
ランドルフを嘲笑し、気持ち良くなったディラードは踵を返して車の取っ手に手を掛けた。
「それで良いのなら結構っ。あなたは民の居ない国で君主を気取り、悦に入っていればよろしいっ」
「ははっ、面白い挑発だ。僕が言ったことを即座に実行出来るなんて優秀な生徒だよ。それが狙って出来たのなら点数は高いが、君の場合売り言葉に買い言葉だろ? この調子じゃ先が思いやられるね。第一、魔導星の勧誘なんて烏滸がましい真似はやめてくれないか? 迷惑だよ。誓っても良いが、どうせ誰も仲間にならないしさぁ」
車の扉を開けて乗り込もうとした時、ポツリとランドルフが呟く。
「アセリア殿は仲間になっていただけましたが……」
──バンッ
開けた扉を思いっきり閉めて肩で息をする様に上下に揺らす。首のコリを取る様にぐるっと首を回しながらランドルフに振り返った。
「……つまり僕よりも先にあの女の元に行き、すでに勧誘を済ませていたとでもいうのかい? この僕を2番手に置いたとっ!? そういうことかいっ?!」
先ほどまでの澄まし顔から一転、目を血走らせながら詰め寄る。ディラードのあまりの急激な変化に百戦錬磨のランドルフも気圧される。今にも攻撃が飛んで来るかという僅かな隙間にランドルフの言い訳が挟まる。
「……いや、アセリア殿は訳あって魔導大国に入る以前から協力関係にあります。言うなれば最初から我らの味方と言ったほうが正しいでしょう」
「なにっ?!……それでは君たちを手引きしたのはあの女か……?」
ディラードの怒りは少しずつ治る。
「ふんっ……あの女と共謀し、何を企んでいるかは知らないが、あまり夢を見ないことだね。相手は魔導大国最大戦力を倒した怪物さ。君だって本当は魔導帝を仲間に加えたかったはず。この僕を代替品にしようとした無礼はこの際許してあげるよ」
乱された精神を鎮める様にディラードはさっさと車の中に入る。ランドルフはいきなりキレていきなり冷静になった情緒不安定なディラードに困惑が隠せなかった。動力炉を動かすことなくじっとしているディラードを眺めていると、何を思ったのか窓を開けてランドルフを覗き込んできた。
「最後に一つ。無駄な戦闘は避けるに越したことはない。これは僕からの忠告だよ」
それだけを言い残してディラードは車を発進させた。
車を見送った後、ランドルフの背後からブルックが現れる。
「駄目か……」
「ええ。学園長が言うように確かに話になりませんな。あの方は既に答えを決めた上でこちらを値踏みしています。相手の真意を見抜こうとするよりも、自分の枠にはめて操ろうとする意志を感じました。そして自分の意に沿わないことが起きた時は相手を恫喝して委縮させる。見た目にそぐわず、精神は幼いのかもしれません」
「実力主義の弊害だな。我がルオドスタ帝国も見直すべき教訓かもしれん。……結果はどうあれマスタークラスに合えたのは僥倖だった。一旦引き上げるとしよう」
ブルックとランドルフはアセリアの館に戻るために移動を開始する。
「それにしてもどうして急に私だけに対応を任されたのでしょうか? あなたが声を掛ければあの方の心変わりを誘発出来たかもしれませんのに……」
「直感だ。あの顔を見た時、信用に足る人物かどうか見定める必要があった。そして私の考えは概ね正解だったと見て良い。ランドルフ殿が声を掛けた時、刺すような敵意を感じた。あの警戒心を考慮すれば2人掛かりで声を掛けた時、真意をひた隠しにするのは目に見えている。仲間になるかの答えを下手に濁されたら、この地に長期間釘付けになる可能性もあった。この非常時だ。時間は惜しい」
「なるほど……」
「それと、これは推測の域を出ないが、奴の話し方から察するに魔神に取り入ろうと考えているかもしれない。情報は出来るだけ小出しにする方が良いと判断した。ランドルフ殿には申し訳なかったが……」
ブルックがチラッとランドルフを見るとにこやかに笑い返す。
「いえいえ、お気になさらず。元より私の名前で合う手筈でしたから問題はございませんとも。それよりも問題なのは、もしもその推測が当たっていた場合です。人同士の争いなど無いに越したことはありませんからね。龍球王国の二の舞にならないことを祈りたいものです」
その言葉に「まったくだ」と返すブルック。
『水の魔導師』こと、『魔水』のディラードの勧誘は失敗。
今後も彼の勧誘を続けるかどうかについては一時保留となる。




