494、元学生たちの夢の跡
街外れに建てた工場。ディラードの肝煎りと称されるこの場所は昼夜問わず稼働し続けている。
しかし何を作っているのかは秘匿されていた。学園長ですら何を作っているのか把握しきれていないが、機界大国から『戎駆動機』を取り寄せたことは確かだそうだ。
『戎駆動機』とは、機械大国で発明された乗り物または機械のことを差し、主に魔動車などがそれにあたる。機械大国ならではの創造物であり、魔導大国、帝国、聖王国でも多く流通していて、古風な文化を重んじている龍球王国にもその技術の流れが伝わっている。
ディラードは『戎駆動機』まで取り入れ、この工場で生産される物質を独占しようと画策している。そのため、物質の生成プロセスは工場長だけに教え、それ以外の作業員は3交代制でコキ使っているのだと上流階級の間で噂になっている。
噂の出所はディラードに出資を持ちかけた金持ち。一枚噛もうと画策したが門前払いを喰らい、怒った金持ちがディラード周りの情報を断片的でも集めさせ、後悔させてやると意気込んで噂を流したそうだ。だが、すべては全くの無駄。上流階級の中では一介の金持ちに過ぎない者が領主に楯突くなど無謀ともいえる暴挙。
金持ちは御家断絶の危機にさらされ、シルヴァーシュ地方からの引っ越しを余儀なくされたらしい。
そんな工場をブルックとランドルフは建物の陰から遠目で確認し、人の出入りを見張る。学園長が学生たちの安全を考慮して危険から遠ざけていたのに対し、工場内は人で溢れ、大きな建物が生き物のように蠢いている。
「魔導帝の敗北騒動があったというのにお構いなしか。何が起こるか分からない状況で工場を停止させないとは……」
「この様子だと、魔神襲来を知る由もない一般市民の方がまだ危機意識がありそうですね」
「ああ。これもディラードの教育の賜物か。……チッ……言ってて吐き気がしてくる」
ブルックは眉を顰めて顔を背ける。この工場のことは大まかにだが学園長から説明を受けた。働いている彼らのことを悪く思ってもらいたくないという学園長なりの優しさというものだ。
学園長が言葉を濁してまで庇う工場勤務の彼らは、言うなればシルバーホーン魔導学園の恥といって過言ではない。
順を追って説明しよう。ディラードが『水の魔導師』となり、魔導学園で教鞭を振るうようになってから優秀な人材は爆増した。
シルバーホーン魔導学園の卒業生は魔法使いや研究者よりも軍属、錬金術師、魔導技師になる者が多い。というより、ディラードにとってはそちらの方が都合が良いので、学生には一般職や何年も閉じ籠もって研究に明け暮れる職について欲しくないと考えている。目に見える成果が欲しいのだ。
強大な力を欲っし、誰にも奪われない無二の国家を生み出そうと画策したディラードの意向で地方都市『ゼルフ』は軍事魔導都市へと改革が進んだ。
ディラードが介入し、成果主義を植え付けたことで他を押し除けて出世を第一に考える競争社会を作り上げる。その結果、教養と実務能力は飛躍的に向上。同時に国力の向上を目指したが、競争社会で育ったのは個人主義だった。才覚ある者が妬まれる社会では助け合いの精神などあってないようなもの。
結果、優秀な人材の爆増は同時に多くの落伍者を生む結果となる。
学園を卒業出来ない者や中退、もしくは除籍となった者たちは荷物をまとめて国を去るか、軍強化のために一兵士としてキツイ従軍を迫られる。もしどちらも断った場合、働き口はディラードの用意した工場に勤務する以外に選択肢がなくなる。
というのも、工場勤務となれば衣食住を約束され、同時に給金が発生する。その辺の店で下積みから始めるよりも手当てが良く、働きによって昇給も昇進もある。であるなら工場以外で働くのがバカバカしくなるのだ。
だが入ったら最後、外からの情報はほぼ遮断され、夢を淘汰し、逃げ道をなくされ、ディラードの言うことに肯定するだけの生き人形と化す。
思考し、自分で選択したと思える道は、ディラードが舗装した侘しい一本道。気付く頃にはキャリアはドブの中。
しかしそう悪いことばかりでもない。将来の夢も希望もなく、努力も出来ず、おまけに個人主義の自己陶酔型社会不適合者に成り下がった元学生たちを放逐するのではなく仕事を斡旋し、社会貢献させるのは称賛されるべきこと。
学園長も子供たちの未来を奪うやり方に賛同は出来ないと思いつつも、前に教育現場で匙を投げた不良少年たちをディラードの意向で工場に叩き込み更生した経緯があったので、やり方はどうあれ結果は間違ってはいないと思い至る。そのため強く出れず、工場を黙認していたと聞かされた。
自分本位に思考を誘導された可哀想な学生たちを思えば非人道的だと糾弾出来るが、人格形成してしまった責任を取っていると言えなくもない。
蓋を開ければただのマッチポンプだったと気付くのにそう時間は掛からないだろう。
「悲しいものですな。華々しい人生を夢見て有名な学園に入ったはずが、彼の御仁に未来まで奪われるとは……」
「いや、学園長も言っていたが最後に決めるのは彼らだ。もっとも、追いつめられた人間に選択肢があるかと問われると微妙なところだが……。どの道我々では何も出来ん。彼らのことは心の隅に留めておいて、まずは戦力強化を……」
ブルックは言葉を途切れさせる。お目当ての人物と思われる男が視界に入ったのだ。肩で風を切って歩く見るからに偉そうな壮年の男性。工場の外に一服しに来たのかと思えば、休憩中と思われる一団の元に行き、急に怒鳴り散らして工場に追い返す一幕を視認する。
横柄で誰も逆らえない状況を鑑みて工場長に違いないと確信し、ランドルフが動き出そうと身構える。その時、ブルックが右手をかざして制止した。ランドルフが一瞬怪訝な顔をするも、次に工場長の姿を見た時に氷解する。
そこには車高が低く平べったい見た目の魔動車があり、つい今しがた停車したのか中から男が出て来たのだ。さっきまで偉そうだった工場長も、彼の姿を見た途端に媚び諂うように身をかがめ、手揉みをしながら男に近付く。
「あの男は……っ!」
ブルックには見覚えがあった。
青緑色の髪。髪の色に合わせるかのように纏った青色のローブ。細身で長身のシルエット。そして何より細目で神経質そうな顔。
間違いない。彼こそ『水の魔導師』ディラード=クラウ=アヴァンチルその人である。
「間違いないのですか?」
「前に見た時分はもう少し若かったが間違いない。まさかここで見つけるとはな……」
「誘き出す手間が省けましたな。工場に乗り込みますか?」
「いや、あそこは奴の腹の中だ。敵と認識された時、工場で働いている連中全員が敵になりかねん。過って命を奪ってしまう事態になったら取り返しがつかない」
「……では、彼の用が済むまでの間は外で待ち構えますか?」
「ああ、そうだな。もう少し様子を見るとしよう」
ブルックたちはコソコソと建物の陰に隠れつつディラードの魔動車を目指して駐車場へと移動を開始した。




